38. 灰かぶり姫
いつものテラス。そこでエヴァはヴィアを膝に乗っけてニコニコと幸せオーラを放っている。ユディが持ってきた人気洋菓子店のクッキーを手に持ち、ヴィアに『あーん』させている。モグモグとクッキーを食べるヴィア。広がる甘〜い空気。
「なんで2人はこんなにいちゃついてるのかしら?」
「あー。離れてた分の気持ちが爆発しちゃったみたいだよ?」
アレシュは全く気にしていないかのように、みんなの分のお茶の用意をしている。彼が入れるハーブティーは特に美味しいけれど、今日はクッキーに合わせて紅茶。
「そのうち落ち着くでしょー」
妖精たちと戯れながらお茶を待つユディ。——ああ、2人は朝からヴィア達を見ていて慣れてしまったのね…。
「あ、リーデちゃん!エヴァったら昨日からずっとこうなんだよ…。」
どうやら今まで以上に過保護になっているみたい。ヴィアはちょっと助けを求める眼でこちらを見るけれど。実際、満更でも無さそうに見えるのよね。
「やっと仲直りできたんだから今日くらいそうしていたら?」
「ヴィア、嫌?」
「うー。恥ずかしいから今日だけだよ?」
「ふふ。」
しゅんとしたエヴァの顔を見て慌てるヴィア。ヴィアがOKを出した途端ぱあっと明るい表情になる。その表情は反則だわ…美人が全力で破顔すると威力が凄まじい。
「甘ったるいなーもう。そういえばルクシア様は一緒じゃないのー?」
「用事があるみたい。」
聖霊様の用事ってなんだろ?と不思議そうなユディ。リーディエも用事の中身は知らない。
「グスタフ君は?」
「紹介したい人がいるって言ってたわ。」
「紹介したい人?気になるー。」
グスタフ君の親しい人って誰だろう?という話題で話しが広がる。ゴリゴリの筋肉いっぱいな先輩とか、実は可愛い弟とか…みんなアレコレ想像して盛り上がる。なんとなく連れてくる人物に見当が付いているリーデは必死に笑いを抑えた。
彼が来る前に自分の要件を済ませてしまうことにして、エヴァの手に封筒を握らせる。
「リーデちゃん!あの…いいんですか?」
手渡したのは例の夜会への招待状。エヴァはびっくりした顔でこちらを見る。
「もちろん。私も参加できればよかったのだけど…。」
「それは仕方ないよー。ドレスは私とリーデちゃんに任せてね。」
パチリとウィンクするユディ。今回の夜会の主催者は伯爵家でフォジュト家とは特に深い親交のない家。フォジュト家の方が格上なので割込めないことは無いのだが、出席するとちょっと微妙なのだ…。仕方なくユディやアレシュと一緒にお留守番することに。代わりと言ってはなんだけれどエヴァが一緒なら少し気が楽になるだろうと、招待状を1枚手に入れておいた。
「僕は何も出来ないけど…。姉さんに夜会のこと頼んだから困ったことがあったら気兼ねせずに聞いてね。飛び切り美味しいハーブティを用意して待ってるから、頑張って!」
ん?アレシュ君のお姉さんって貴族なの?という顔のみんな。
「確か王宮魔術師をなさっているのよね?」
「うん、昔から魔法がすっごく上手だったんだ。平民だけど王宮遣えしているし、婚約者のシモン兄さんが次期子爵だから夜会にいけるんだよ。」
「え。もしかしてアレシュ君のお姉様ってサシャ様?」
「そんなに有名な人なの?」
ユディはちょっと興奮気味に説明する。
「そうだよー!平民出身なのにエリート集団の王宮魔術師になったの。さらにすっごく美人でまさに庶民の『憧れの人』だよ。」
「王宮魔術師の中でも特に優秀で美しいと有名な方よ。」
「「すごいんだね。」のね。」
「う、うん。まぁ?姉さんも最初は貴族の作法とか戸惑っていたから、力になってくれるはずだよ。」
「いいなー。今度サシャ様のお話も聞かせてー。」
「いいけど、特に面白い話はないよ?僕にとっては普通に良き姉だから。」
はにかむアレシュ。姉弟仲が良いのはいいことだ。我が家とは大違い。シア様がいてくださったから寂しくはなかったけれど。
「グスタフ君たち来たみたい。」
「あれ?マッチョじゃなかったね。」
「ぷっ。ユディ笑わせないで。」
グスタフが女性を伴ってこちらに歩いてくる。やはり予想した人物で間違いないみたい。さっきのユディ達のデタラメな予想を思い出して、思わず吹き出してしまう。
「遅くなった。こちらはアレナ・ジャネタ・コチー嬢だ。…俺の、婚約者だ。アレナ、俺の友人達だ。」
「グスタフ君!婚約してたんだね。」
「まあな。」
「初めまして。アレナ・ジャネタ・コチーと申します。どうぞアレナとお呼びください。グスタフ様共々、よろしくお願いいたしますわ。」
優雅にカテーシーを作って挨拶するコチー嬢。その姿はまさに淑やかなお嬢様。
(これが本当のお嬢様だわ!)
間違いないわ!と1人心の中で納得してしまう。こんな撫子みたいな人を捕まえているなんてグスタフ君も隅に置けない。まあ彼は元々一部では人気があったし、最近は神経質な印象も薄れて密かに人気が上がっているらしいけれど。
みんな自己紹介を済ませる。アレナ様は丁寧に応対してくださった。ザイーツ家が選んだご令嬢だから、貴族至上主義かと思いきやそんなことはないらしい。…よかった。
「今度の夜会だけど、俺がずっと付いてるわけにもいかないし、離れてる時はなるべくアレナか、アレシュの姉君の側にいるようにするんだぞ。」
「困ったことがあれば我慢せずにおっしゃってくださいね。」
「「ありがとうございます。」」
グスタフ君はあの課外授業からは考えられないくらいに平民に対して優しくなった。特にヴィアに対しては兄のよう。もちろん、口に出しては言わないけれど。
さて、それはそうと夜会までにできる限り作法を教えないと。普段貴族らしくないとはいえ、上流貴族で常に人目に晒されてきたリーディエの作法はかなりハイレベルだ。ポイントを押さえて教えれば付け焼き刃でも多少様になるはず。
「それじゃあ、これからエヴァとヴィアはマナー講座ね?」
「「えっ?」」
驚く2人。そんなにびっくりしなくても、私は厳しいタイプじゃないから大丈夫なんだけどな。
「一緒に頑張りましょうね。」
「アレナ様も協力してくださるんですか?」
「ええ、ぜひ参加させてくださいな。」
穏やかに微笑む彼女はやはり完璧な淑女だった。
*****
「はぁ……」
「緊張してるのね。でも大丈夫。ヴィアは1人じゃないからね。」
「う、うん。」
化粧が崩れないように、エヴァがそっと抱き寄せてくれる。今日はリーデとユディのおかけで貴族令嬢らしく変身していた。
オリヴィアは、ウエストの切り返しから下にふんわりとボリュームを持たせたベルラインのドレスを纏っていた。深い緑の生地には金糸の刺繍が入っており、スカート部分のドレープから覗くのはアイボリーのレース。繊細なレースが深い色合いのドレスに華やかな印象を与えている。髪の毛は緩く編み込まれて、紫色の髪飾りと耳飾りが揺れる。ブレスレットを外したくないと言ったオリヴィアのためにリーデが選んで貸してくれたものだ。高いヒールに、初めての香水——
『ヴィアちゃん、すっごく可愛い!やっぱり私の見立て通りだね。』
『ええ、とっても似合ってるわ。』
『ヴィア、とっても綺麗だよ。』
夜会の支度を終えて満足そうに言ったユディとリーデちゃん。着飾った姿を見たアレシュ君も、少し恥ずかしそうにしながら褒めてくれた。
アレシュ君はリーデちゃんとアレナ様のマナー講座の時にも一緒に参加して、優雅な紅茶の入れ方をマスターしていた。そのマナー講座おかげで、今ヒールを履いても安定して歩けている。今日の私は魔法をかけられたかのよう。
ふぅっと深呼吸をしてエヴァを見る。今日の彼女は大人っぽい。オリヴィエのものより全体的にすっきりとしたエンパイアラインのドレス。クリーム色で裾に向かって金糸の刺繍が入っている。チョーカーのように首を飾るレースの先は背中に流れ、歩くたびにヒラヒラと揺れる。両腕には肘から下を覆うレースの手袋。——じっと見つめたくなるくらいに綺麗。
「どうしたの?」
「ううん、ただエヴァ綺麗だなーって思って。」
ほんのり頬を染めて『ヴィアも綺麗よ』と言うエヴァ。
緊張したりエヴァに見惚れたりと、忙しないオリヴィアをどこか懐かしそうに眺めているのはサシャ・ジヴニー様と、婚約者で次期子爵のシモン・ヴァシュト・ミゼラ様。今日は学院まで馬車で迎えに来てくださった。
アレシュ君の頼みで夜会に参加してくださることになったお姉さんのサシャ様は物静かでクールな雰囲気の方。逆にシモン様はとっても穏やかで親しみやすく、第一印象だとシモン様の方がアレシュ君と似ているような気がした。クールなサシャ様に初めは緊張していたけれど、彼女は口数と表情が控えめなだけで、アレシュ君と同じように優しい方だった。
「ふふ。その様子ならもう大丈夫そうかな?」
「僕たちも付いてるからね。」
——そうだ。1人じゃないから大丈夫。こんなにも多くの人が力になってくれた。自分に自信が持てなくたって、みんながくれた今日の『私』には自信を持てる。みんなの顔を思い浮かべると元気が出てきた。
「はい、ありがとうございます。どうかよろしくお願いいたします。」
教わった通りに笑顔を浮かべ、精一杯優雅に見えるようにカテーシーをする。




