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35. 素直な気持ち

「ごきげんよう、ベルカさん。」

「ごきげんよう、フォジュト様」

「少しお時間いただけますか?」

「…はい。」


 昼休み、多くの生徒の前で声をかけて来たリーデ。青髪に、グレーの瞳という冷たい印象を与えがちな容姿に穏やかな微笑を湛えたフォジュト侯爵令嬢は今日も皆の注目を集めていた。平民がその誘いを断るなんて選択肢はなく、リーデに付いていく。


「強引に誘ってごめんなさい。でも、ユディ達に頼まれたの。」


 カリスマ溢れる侯爵令嬢様がまず口にしたのは謝罪。この人は本来権力を振りかざすのを嫌う。けれどエヴァはテラスにも顔を出さなくなっていたから…。こんな風に身分に関係無く相手を思いやれるところもリーデが人気を集める理由の一つなのだろう。


「ユディが?」

「エヴァに伝えたい事があるのに全然話せないって。」


 それはそうだ。気まずくて最近ユディ達に声をかけられる前に逃げてしまっている。けれど、侯爵令嬢に呼び止められたら無視出来ない。ユディたちもそれを狙ってリーデに頼んだのだろう。


「私も話したいと思っていたしね。…それでエヴァは最近ヴィアとも話せてないの?」

「…うん。」

「じゃあ、ヴィアが嫌がらせを受けてることは知ってる?」

「えっ!?…あ、いや何でもない。」


 知らなかった。みんなを遠ざけている間にヴィアが嫌な思いをしていたとは。あれから会話する頻度は減っていて…夜眠る彼女を眺めては、ため息をつくのが日課のようになっている。とても心配。けれど、関わるべきではない。こんな風にヴィアから離れようとしているのだから。

 でも…ちらりとリーデの顔を伺ってしまう。


「ぷっ、はは。」


 エヴァの顔を見ていきなり笑いだしたリーデ。


「ごめん、ごめん。…だってすごく『気になってます!』って顔しているから。エヴァにそんな顔をさせられるのはヴィアだけね。」


 そんなにわかりやすかっただろうか?自分でも驚いて頰を触っていると、『なんだか安心したわ。』と言われてしまう。何が安心したんだろ?


「嫌がらせの相手はラザ先輩を慕っている人たち。ヴィア達が街で一緒にいるところを見られていたようなの。あの方はとても人気がおありだから…。」

「この前って、ラザさんが王都案内してくれた時…じゃあ私も?」


 エヴァには特に嫌がらせと感じるような出来事は無かったので、不思議に思っていると、


「エヴァは最近人を避けていたんでしょう?」


 こくりと頷く。確かに、最近休み時間は教室にいないことが多かった。


「他にも演習で私やグスタフ君と同じ班だったことも知っているみたいで、『平民のくせに調子にのるな』という趣旨のことを言われたようなの。そんなに平和な演習じゃなかったのは知ってると思うんだけど…。きっと何をしても気に入ら無いのでしょうね。彼女達は貴族令嬢だし、今のところ乱暴なことはされていないようだけど、陰湿ないじめ方する人が多いから心配だわ…。グスタフ様やユディ、アレシュ君も心配してる。何よりヴィア本人に元気がないし…」

「ヴィアが?」


 リーデがじっとこちらを見つめてくる。表情は真剣で目を反らせない。


「嫌がらせ自体に参ってるというより、誰かさんとうまくていっていないところに嫌がらせが重なって参っているみたいね。」

「——っ。」


(また、私のせいだ…。ヴィアを傷つけてばかり。)


 気遣わしげにリーデが問う。


「エヴァ、まだ仲直り出来ない?」

「仲直りは、もう出来ないの…。」


「どうして?」


 新たな声にぐるりと振り返ると、先程までいなかったはずのルクシアがいつの間にか現れていた。


「人間じゃないからとヴィアが貴方を拒絶したのですか?」

「——!!」

「ああ、ディエも貴方が人間じゃないことは知っているから気にしなくていいわ。それで、どうなのですか?」

「避けているのは、私の方…。だって危ないんですよ?いつかヴィアを襲ってしまうかもしれない。彼女の側に、いちゃいけない…」


 そう言い募るエヴァの言葉を静かに受け止めて、ルクシアは問いかける。


「離れることが、できますか?」

「……………。」


 いろんな感情がごちゃ混ぜになってうまく言葉が出てこない。その様子を見たルクシアは何か懐かしいことを思い出した時のような表情を浮かべる。


「…諦めた方がいい。貴方がそんな状態なら、離れるなんて無理です。ヴィアも離さないでしょう。——私もそうだったもの。」

「ルクシア様?」

「ねえ、エヴァさん。長い時を生きる種族は人間に比べると物事に執着しません。その代わり、一度執着してしまったら簡単には思いを断ち切れない。——悩む時間はいくらでもあるのだもの。でもね、人はそうではないのよ?」


 ルクシアの口が紡いだのは彼女が愛する人の言葉…


『シアがそうやってうじうじ悩んでる間に私は死んじゃうよ?もう会えなくなってから後悔したって知らないんだからね!』


「これは昔ゾエに言われた言葉。精霊の私がゾエの側に居ていいのか?って、悩んでいた時に。——これを言われた時はショックでボロボロ泣いたわ。」

「えっ。シア様が?」

「死んじゃうって言われたのよ?私だって泣くことくらいあるわ。まあ、それで悩んでた事なんてどうでも良いって思えたんだけど。」

「そんなことがあったんですね…。」


 少し複雑そうな顔のリーデ。


「どうしたの?もしかしてゾエに嫉妬した?」

「そんなことありません。」


 少し恥ずかしそうにそっぽを向くリーデ。ルクシアは上機嫌で背後からぎゅっと抱き付く。今のエヴァにはそんな2人の姿が眩しい。


「ふーん?」

「な、なんですか?」

「ディエ、可愛い。——心配しなくても、ディエのこと愛してるわ♡」

「なっ!?…もうシア様なんて知りません!」

「はいはい、怒らないのー。」


 随分と軽い口調で『愛してる』を言ったのとは裏腹に、ルクシアの眼差しは愛おしさと切なさを含んだ強いもので…。それを、エヴァだけが見ていた——

 

「エヴァさん、許されるかとか、正しいかなんてどうでもいいことです。」

「どうでもって…」

「自分の気持ちに素直になるといい。貴方とヴィアの気持ちが大切よ、2人の事なんだもの。納得いく答えが見つからないなら、案外答えはヴィアが持っているかも知れませんよ?…私の時みたいにね。」


 こちらを見据える金色の瞳。包み込むような優しい表情は、神がかったように綺麗で…『ゾエの精霊』として彼女が長く信仰される理由が、少し理解できた気がした。


 ——わたしの、気持ち。


「悩んでる間にヴィアがいなくなるのは、いや…。あの子が辛い思いをしているのも…」


 そう呟いたエヴァに、2人は優しい眼差しを送る。


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