12. 彼女の日記
——あれから半年が過ぎ、季節は冬を迎えていた。——
もう少しすれば雪も降り始める。ロダ村の辺りは、雪が多い時には外へ出れない日もあるし、道もあまり整備されていないので、行商人は雪解けまで来れなくなる。
そうなる前に皆、冬仕度をする。手のかかる作業は村の働ける者が集まって共同で行い、作ったものは皆で分けるのが決まりだった。
今日は、干し肉作りと、革製品作りの二手に分かれて作業が行われた。干し肉は冬の間の貴重な栄養源になり、革製品は村で使う分以外を売り払って、備蓄用の食料に変えるのだ。
一緒に暮らす彼女は干し肉作りに、手先が器用な自分は革製品作りに向かった。
今日の作業は縫製がメインだった。狩猟の後に剥ぎ取った動物の皮は、塩漬けにしたり、植物と一緒に水に浸けてなめすなど、処理を済ませて保管してある。それを作業に慣れた人が裁断してくれるので、お手本を見ながら縫い合わせていく。
作業が一段落すると、集まった全員分の昼食を革の縫製作業の者達で作り、干し肉作りをしている人たちにも届けた。
干し肉作りは村の外れに集まって行われる。あらかじめ漬け込んだ大量の肉を小さく切り分けて、紐で縛って繋げる。それを何台か用意した燻製器の中で香り付けし、乾燥させるために吊るしていく。単純だが1人でやるのは大変な作業の繰り返し。それをみんな協力して進めていく。出来上がった干し肉も皆で分ける予定だ。
流れ作業を止めると終わるのが遅くなるので、食べ易いサンドイッチを用意して渡す。燻製作業の影響で、辺りには煙が漂っていた。
革製品作りは、昼を過ぎて少しすると作業が終わって予定よりも早めの解散となった。家に帰りながらふと気づくと、吐き出す息が白くなっている。昼間でも寒い季節がやって来ていた。
家の中は静まりかえっていた。干し肉作りはまだ終わっていないよう。冷たい部屋に入ると急に寂しさを感じる。最初の頃は別として、近頃は1人でいることにも随分慣れてきていたと思っていたのに——
帰りを待つ間に、暖炉に火を入れる、水を張った鍋を暖炉にかけて湯も沸かしておく。室内で作業していた自分と違って、1日中外にいた彼女は、冷え切ってしまっているだろうから。
(帰ってきたら、暖かい飲み物を作ってあげよう。夕飯も暖かいスープがいいよね。)
そんなふうに今日の献立を考え、それも決まると手持ち無沙汰になった。1人でいると、いろんなことを考えてしまう…。
バルト王国の西に広がるヴィルシュタットの森、『魔の森』と呼ばれる広い森の北側接する小さなロダの村は、この国の中でも寒さの厳しい地域であるらしい。
けれど体験したことはない。…というより、覚えていない。この国のことも、寒さのことも、冬支度のことも、エヴァに教えてくれたのは、ヴィア。
記憶が始まるのは彼女と出会ったところから——場所はロダの近くで。目を開くと、1人の少女がこちらを覗き込んでいた。『覚えていることは?』と聞かれて、何も思い出せなかった。どこから来たのかも、家族も、自分の名前さえ…。
1つだけ、自然と口から溢れた言葉は『ヴィア』。どうしてそう言ったのかさえわからなかった。そんな自分に差し伸べられた手——その手を取った。
それは、雛が親鳥を見つけて懐くのに近いものだったのかもしれない。唯一縋れるものだったのは確かだ。
けれど、『エヴァンジェリン』という名を口にした彼女が、寂しそうに顔を歪めるのを見て手が伸びた。そうするのがとても自然なことのように思えた。知らない人のはずなのに、彼女が側に居るだけで不思議なくらいに安心した——離れてはいけないのだと、思った。
村に着いた時、ロダの人たちはヴィアの帰還を心から喜んでいた。戻らない彼女を心配して、何度か捜索を行ったのだそうだ。けれども見つかったのは弓矢だけ。手掛かりもなく、1週間近く経っていたことから、死んでしまったのではないかと思い始めていた…
それが元気に帰って来たのだから大喜びだった。知らない娘が一緒にいて、さらにその娘が記憶も無く、言葉も殆ど離せないと知ると、困惑した表情になったけれど。
森で起こったことや、村に辿り着くまでの経緯を村人に語ったヴィアは、エーファを村に迎えてくれるように皆を説得してくれた。そして、殆ど言葉も話せない私を自分の家へ迎えて、家族のように一緒に暮らし始めた。物の名前や生活の仕方を、身振り手振りで一つずつ教えてくれた。
優しい彼女が自分にとって大きな存在となり、大切な人になるのはすぐだった——
ヴィアと早く話せるようになりたくて、一生懸命言葉を覚えた。子供1人で私のことまで引き受けてくれた彼女の力になりたくて、家事や裁縫を練習した。出来ることが増える度、彼女は『すごい!』と褒めてくれた。
けれど、少しずつ村での生活に慣れるのにつれて、心の中では不安が広がっていた——