10. エーファの秘密
——レフォア亭のお風呂でそのまま眠ってしまったオリヴィア。
翌朝、ぐっすり眠ったオリヴィアは少し日が高くなってから目を覚ました。朝食の時間は過ぎていたが、どうやって会話したのか、エーファがベーコンとチーズを挟んだパニーニをもらって来てくれていた。
「ヴィア、今日、街?」
「エーファ、話せるの?」
「ちょっと。」
エーファが人差し指と親指を突き出して、2本の間に少し間を空けて『ちょっとだけ』のジェスチャーをする。昨日人が話している会話を聞いて少し言葉を覚えたらしい。
綺麗で冷たい印象を与える顔立ちのエーファが、辿々しい単語で話す姿はギャップがあってすごく可愛い。『わあ。すごい、すごい!』と思わず飛びつくと、うっすらと口元を緩めながら受け止めてくれる。
昨日買い物を済ませた2人は、街へ出かけることにした。エーファは街を歩く時は、繋いだ手を離さないようにオリヴィアに約束させる。昨日、物珍しそうに辺りを見回していたオリヴィアは気になる露天を見つけるとエーファの手を引き、キラキラした目で商品を眺める。
お昼には、露天でスープとパンを買って2人で分けて食べた。相変わらず全部オリヴィアに食べさせようとしてくるので、ちゃんと食べるように言うと渋々1/3くらい食べてくれた。
「エーファ?」
「どれ?」
お昼ご飯が済むと、今度はエーファがオリヴィアをアクセサリーの露天へ連れて来た。どれか選ぶようにとアクセサリーを指差す。一通り眺めたオリヴィアは、金色の2連のブレスレットを手に取る。
片方は金の鎖のみで、もう一方にはエーファの瞳の色に似た紫の石が混じっている。シンプルだけど可愛くて、華奢なそのブレスレットが気になっていると、エーファがヒョイと横から取り上げる。同じデザインで石が緑のものも手に取り、2本で少し負けてもらって購入した。
受け取ったブレスレットをオリヴィアに見せると、
「待つ。いい?」
「ん?うん。」
エーファは、ブレスレットをそのまま自分の鞄に仕舞い込んだ。その後もいくらか街を見て回り、夕方には宿に帰る。
夜、オリヴィアがスヤスヤと寝息を立て始めた後——エーファはそっとベッドから抜け出し、鞄からブレスレットを取り出して備え付けの机の上に置く。彼女が手を翳すと手元から柔らかい光が漏れる。
次々と色を変える光に合わせて何か口ずさむと、言葉がそのまま光の文字になってブレスレットに吸い込まれてゆく。その光景はとても神々しいものだったが、誰の目にも止まることはなく——やがて光が鎮まると彼女もブレスレットを鞄に戻す。
*****
「ヴィア、…ヴィア。」
ゆさゆさとエーファに揺さぶられて目を覚ます。早朝、ヴィアの住む村へ向かう荷馬車に同乗させてもらうと、ヴィアはまた眠ってしまっていた。
「お嬢さんたち。この道をまっすぐ進めば着くよ。大人の足で歩けば昼過ぎには着くから、よっぽどゆっくりしない限り2人の足でも大丈夫だとは思うが、暗くなる前にたどり着くようにするんだぞ。」
「はい。ありがとうございます。」
ここから村までは徒歩だ。同乗させてくれたに馬車の持ち主にお礼を言って、エーファと2人順調に進んで行く。途中で休憩を取りながら歩き、昼を少し過ぎた頃にはロダの村の近くに辿り着いた。
今日のエーファはいつも以上にヴィアを見つめては名前を呼ぶ。少し話せるようになったのが嬉しいのかもしれない。
村が見えて来た辺りでふとエーファが立ち止まる。不思議に思って彼女を見ると、鞄からブレスレットを取り出して、ヴィアの腕に紫の方を付け自分の腕には緑のブレスレットを付けた。
彼女がヴィアの腕に手を翳すと、ブレスレットが1度淡く光る。
「ヴィア、危ない、光る。」
『わかったか?』と言う顔のエーファに頷くと、満足そうに頭を撫でられる。原理はわからないけど、光ったら危ないから気をつけるようにということらしい。
(でも…どうしてロダに着く直前の、今なの?)
ブレスレットなら昨日の夜でも、今日の朝でも、ロダについた後でだって渡せるはずなのに。
「エーファ?」
何となく不安になってしがみつくと、ぎゅっと抱きしめ返して頭を撫でてくれる。それがかえってオリヴィアの不安を煽り、腕の中で離れまいとグリグリ頭を擦り付ける。暫く好きにさせていたエーファだが、頭をゆっくり引き離すとオリヴィアと目を合わせる。
「ヴィア。…エーファ、このまま、だめ。だから…」
「な、なに?どういうこと?」
「エーファ、ヴィア、好き。」
エーファは微笑むと、オリヴィアの額にそっと口付けて、オリヴィアにはわからない言葉を口ずさみ始める。すると、言葉が光る文字になってエーファの周りに溢れ、円を描くと何重もの魔法陣になって強く輝き出す——
「エーファ、だめ!」
エーファが何をしようとしているのか理解できない。『待って!やめて!』と、訳も分からず叫んで、グイグイと体を揺する。けれど彼女は止まってはくれなかった…
目を向けた先で、今までで1番優しく微笑むエーファ。
穏やかなその表情が泣きたくなるくらい綺麗で。
(ああ、やっぱり天使様みたいだ…)
なんて、今はどうでもいい考えが頭に浮かんで——その後は眩し過ぎて目を開けていられなくなった。