2-26.「戦闘のあと」
「怪我はしてないか?」
「は、はい! でん……お兄様」
庇っていた妹のチェリンに尋ねる。
悪魔に攫われた彼女だが、人質として丁重に扱われた様で無傷だ。
まだ小さな女の子なんだ、傷付かなくてよかったよ。俺は幼さと裕福さの証である柔肌を見て、無事を確認する。
「これからは『殿下』と呼ぶなよ? 君にそう呼ばれるのは嫌だから」
「はい。お兄、……ちゃん」
「お兄様とお兄ちゃんで迷うなら、お兄って呼んでくれ。兄と呼びたくないならジークエンスって呼んで」
同じ親を持つ兄妹なんだし、王族への敬称で呼ばれるのは絶対に嫌なんだよ。
世間一般や貴族の常識なら庶子と嫡子の違いは気にするだろうけど、その子供達がその違いを気にして恭しくなるなんて馬鹿馬鹿しいよな。
今まで俺たち兄弟がスキンシップ多めで馴れ馴れしい関係だった訳じゃないけどさ。
俺たちは氷のシェルターを出て、誰もいないスラム街に立つ。
そして、悪魔達が知らぬ間に置いていった薄型爆弾を思い返す。
思い返せば悪魔数人よりも、アレが一番の脅威なんじゃないか?
もしアレが量産出来るってなると、悪魔が侵入してセットするだけで都市が落ちてしまうし。
悪魔と戦う前、遠くから確認出来た爆発音がこの爆弾だとしたら相当な量が使われた事になる。
夜暗くて眠いという事で、チェリンをお姫様抱っこの形で抱える。
そしてスラム街の出口。来た方向に向かって走っていった。
『ドゴォォオオン』と後方から別の爆発音が聞こえて来た。
「な、なに!?」
「さあ、なんだろうな……」
また後方で爆発したみたいだ。
チェリンの耳を軽く押さえながら爆発音を聞くと、また違う爆弾なのか音が違って聞こえてくる。
だからチェリンはこんなに驚いたんだろう。
しっかりと妹を取り戻せたし最優先は妹の安全なので、俺はスラムの出口に向かう。
悪魔ダエーワとは別個で敵がいるようだけど、後は本職に任せておいて良いよね。
◇
子供一人を抱えているので少し遅くなったが、身体に負担をかけないように10分ゆっくりと走っていると、スラムの出口が見えてきた。
そこの周辺、スラム街の端から平民街の間にはスラム街の住民らしき人達が集まっていた。
総数は数百人くらい。かなりの人数だ。
王都の端に、これだけの人が暮らしているんだな。
俺はそんな事を思いながら、彼らの住んでいたスラムの街をみる為に振り返る。
「うわあ」
「燃えていたのか。チェリンは気づいていたか?」
「ううん」
俺の問いに首を振って否定するチェリン。
火は収まりつつあるが、街の所々で燃えている。俺たちは氷結魔法の冷気で気付かなかったのだろう。
俺たちは正面に視線を戻して、人集りを回り込んでスラム街の出口に向かう。
すれ違う人達の表情は暗い。その顔を見ていると、俺のせいじゃないのに罪悪感を感じてしまうな。
「待ってくれ! 貴方に話したい事がある」
「君、……か」
チェリンをを抱えて人を避けながら進む俺を、屈強な奴隷の少年が呼び止めた。
◇
奴隷の彼らも俺たちもスラム街に住んでいる訳じゃない。
長居は無用って事で、人が多いスラム街の入り口付近から離れて平民街を歩いている。
「貴方の奴隷にして下さい! お願いします!」
俺の横を歩いてた中の一人。金髪の女の子が唐突に切り出した。
俺は何の話だか分からずに振り向いて、他の子たち。
屈強そうな金髪の男。血色の悪い色の薄い金髪男。一番頭が良さそうな金髪青年。一番ガリガリに細い黒髪男。
顔と体の肌荒れが目立つ金髪少女。半分死んだ目の黒髪の女。
そして再度、話を切り出した金髪の女の子に視線を戻す。
皆の顔を見て確認してみるが、最初のこの子の発言に異論は無さそう。
「何故なんだ? 首輪は外したんだから、自由に生きていけば良いじゃないか」
「ーーすみません。貴方は親切で首輪を外してくれたのに、無駄にしてしまった」
「私達は、生きる方法を知らないんです」
頭が良さそうな青年と金髪少女が答える。
生きる方法、生き方か。
俺も俺の腕の中で眠そうにしているチェリンも、人生のレールが敷かれてるけど彼らは違う。
奴隷から解放されたばかりの、ただの少年少女だ。その不幸な境遇に同情もする。
だが何故、奴隷にして欲しいのかは全く分からないが。
「何故、私の奴隷なんだ? 奴隷商人から逃げて来たんだろう?」
「私には身を立てる方法が体を売る以外にないと分かってます。だから羽振りの良さそうなあなたに買ってもらえればって。
それにその剣、あなた騎士様でしょう? お願いします、私達を買って下さい」
「だから、何故私の奴隷になろうとする」
俺の質問に、最初に話を切り出した金髪の女の子が語る。
職業選択において、能力がない女性の働き口は確かに少ないだろう。
男性、恐らく並みの女性よりも筋肉のない彼女は単純労働もできないし。可哀想ではある。
「もう良いよ、分かった。今日は宿で休め、明日にでも君たちに仕事を紹介してやる」
「あ、ありがとうございます!」
「それに私の奴隷となる必要はない。奴隷なら奴隷商人から買えばいい。逃げ出してまで奴隷でありたくなかった人を奴隷にしたりはしないから」
「えっ……」
俺の考えは以上の通り。
彼らが奴隷から市民になりきれてなかったとか、俺に庇護されるつもりだったから迫って来たのかとも考え付いた。
でもそれが関係ないなら仕事紹介するだけで全て解決する。
俺の将来の領地『アテン ザ ミステル』なら、俺からも提案出来そうだし、その気があるなら迷宮都市で探索者にでもなれば良い。
そこまで考えた俺の言葉に、金髪の女の子は驚いていた。
「あ……ありがとう」
「いいよ。私の奴隷になりたくない者が奴隷にならずに済んだのだから」
似たような話を繰り替えしている間に、興味がなかったらしいチェリンは眠ってた。
寝顔が可愛いので、頭を撫でながら考える。
まずはこの7人を一泊させる宿が必要だな。
宿泊施設は平民街にもある。どこかは知らないけど。




