〖第六十二話〗乙女心講座、また始まりました
ミッシェル・バークレイズ。
彼は男でありながら、容姿は女性に近く、中性的な顔立ちは、パッと見で『男性』と判断出来る者はいなそうである。
もし『女性用の衣服』を身に纏っていたら、誰もがミッシェルを『女の子』と見間違えるだろう。
そんな彼の悩みである『女性になりたい』と『ハイゼルに想いを伝えたい』を叶える為、ほんの少しだけディレザリサ達は力を貸した事がある。然し、その後に現れたハイゼルにより、ディレザリサ達はミッシェルの願いを叶える事無く中途半端に終わってしまっていた。
ミッシェルはディレザリサ達が住む家の扉の前で、緊張しつつベルを鳴らす。
ミッシェルが緊張しているのには理由があった。
今、着用している衣服が自分に似合っているのか──もし『似合わない』と言われたら──そう考える度に胃酸が逆流しそうになる。
それでもミッシェルは自身の掲げる目標に向かって、一生懸命に努力を重ねてきたのだ。
「はーい……ん? ミッシェルか?」
ディレザリサは扉を開け、目の前にいる女の子が、一瞬、誰だか分からなかった。
ミッシェルは緑色のワンピースを着ていて、その濃い緑がミッシェルの可愛いらしさを引き立てている。
「ディレさん!! こ、こんにちはっ!!」
「う、うむ。取り敢えず中に入ろうか……」
ミッシェルは「お邪魔します」と礼儀正しく挨拶をして家の中に入ると、顔を真っ赤にしながら「が、頑張ってみました……」と小声で呟き、ディレザリサに目で「どうでしょう?」と訴え掛けた。
「私は似合っていると思うぞ?……その格好で来たのか?」
「は、はい……恥ずかしかったです……」
頬を染め、モジモジと身体をくねらせている様子を見ると、相当な羞恥を我慢して来たのだろう。
ディレザリサは「似合ってい──と思うぞ?」と声をかけてやると、ミッシェルは嬉しそうに微笑んだ。
玄関先で何やら楽しそうな会話が聞こえたフローラは、台所にある食材チェックを途中で放棄して、「どうしたのー?」と早歩きでやって来た。
「……その子、誰?」
この反応は予測していたが、まさか本当に誰か分からないと言われると、流石のミッシェルも涙目になりながら肩を落とした。
「ほら、以前に紹介したミッシェルだ」
「──え!? あのミッシェル!?」
「ど、どうも……。お久しぶりです、フローラさん……」
フローラは「全然分からなかったよ」と驚きを隠せず、ミッシェルの右手をブンブンと振っている。
確かに会うのは二回目だし、再び会うのも久しぶりだ。フローラがミッシェルと気付いかないのも頷けるが、流石に『その子、誰?』等と言われると、幾らミッシェルが男だからと言っても可哀想だ──と、ディレザリサは、ミッシェルが不憫に思えてならなかった。
フローラはミッシェルをリビングに案内すると、スリータを淹れる為に台所へと戻る。
その間、ディレザリサは近況報告を聞く事にした。
ミッシェルは学生で、この容姿が元で数人から囲まれて虐めを受けていた。それを助けたのが出会いの馴れ初めだが、その後、虐めはどうなったのかも気になる所である。
ディレザリサは単刀直入に、その事を尋ねてみる事にした。
「その後、奴らから暴行は受けているのか?」
「えっと──」と、暫し沈黙が流れて、モッシェルは言葉を整理しながら答える。
「あれからは特に何かされるような事はありません。多分──ディレさんにやられて懲りたんでしょうね」
確かに、知り合いにあんな事をする人間がいると分かれば、その後に手出しするのは躊躇うだろう。それ以上に、自分達が恥をかかされた事にショックを受けたのもあるだろが。
然し、話を聞いているとそれだけではなさそうだ。
「何かあったのか?」
「えぇ……その……あの中にいた一人から、告白されてしまいまして……」
「……何? まさか、そいつと付き合ってるのか?」
「いや、そうではないんですけど……。毎日付き纏われてます……」
どうやら虐めメンバーの中に、『好きだからこそちょっかいを出す』ような奴もいたらしい。
「へぇー、ミッシェルってモテモテなんだね」
いつの間にか話に加わっていたフローラは「はい。どうぞ」とスリータが入っているカップを差し出して、興味津々とでも言うように身を乗り出しながら「それで?」と、話の続きを催促していた。
「確かに僕は〝女の子になりたい〟と思ってるんですけど、やっぱりハイゼル様を忘れる事なんて出来ないですし……」
ここに来てフローラの顔が曇った。
「あ──そっか、ミッシェルはハイゼル様が好きなんだったよね……」
フローラ自身もハイゼルに想いを寄せている。
つまり、目の前にいるミッシェルは恋敵になるのだ。
ミッシェルは男だが、身長はディレザリサと同じか少し大きいくらいで、もっと女を磨けば、容姿はディレザリサに匹敵しなくもない。
つまり、ハイゼル好みの『同性』になる可能性も充分考えらえる。
フローラはかつて、ミッシェルを応援すると言ってしまっている。それだけに複雑な心境でミッシェルを見ていた。
それは、ディレザリサにも容易く察する事が出来る。
フローラは船の甲板で、ディレザリサに告げているのだ──気付いてしまった心内を。
それ故に、自分が板挟みになっていると言う事にようやく気付いたディレザリサは、なんとも言えない居心地の悪さを覚える。
「つ、つまりだ──」
ディレザリサはこの雰囲気を変えるべく、話題をすり替える事にした。
「ミッシェルに纏わりつく奴をどうにかしたい……という要件でいいか?」
「いや、それは自分で解決しないと……なんですけど、こう言う事には経験が無さ過ぎて、自分でもどうすれば良いのか分からないんです」
それに関しては、ディレザリサもフローラも経験など無かった。
ハイゼルはディレザリサに告白をしているが、纏わりつくような事はしていないので、経験とは呼べない。
「やっぱり、もう一度話し合う必要があるんじゃないかな?」
フローラの提案はごもっともである。だが、それで解決しないからこうして悩んでいるのだろう。
違う解決方法は無いものか──、と悩んでいたら、ミッシェルは溜め息混じりで「やっぱりそれしかないですよね」と意気消沈してしまった。
「もう一度話し合ってみます」
「──それは多分、無駄に終わるぞ」
「ディレ……?」
世の中には『こうだ!』と決めたら梃子でも動かない者が多い。
自分の間違いを指摘されても、答えを変えない愚か者もいる。
そいつらを黙らせるには、そいつら以上の力で捩じ伏せるしかない。
勿論、それは武力ではなく、圧倒的な言葉によって叩きのめす必要がある。
それがミッシェルに出来るのか───と、ディレザリサは問う。
「……つまり、状況は以前と大差無いんだ。どんな好意であれ、それを望まないのなら、な」
「じゃあ、どうしたら……」
「これは知り合いの下衆な男の考え方だが──」
こう言う場面でレウターの右に出る奴はいない──と、レウターが考えそうな事をディレザリサは伝える為に頭を働かせた。
「最初に相手が望む言葉を与え、相手の心を開くんだ。どんなに頑丈な城壁でも、小さな亀裂から崩壊を招くなんてのはよくある話だからな。そうやって開いた心を閉ざさないようにしながら、言葉の要所に毒を盛る。毒には即効性のある物と、徐々に効いてくる物がある。この場合は後者、徐々に相手を蝕むような言葉を与えてやる。そして、油断しきった相手に、とどめの一撃……つまり、こちらから相手の心を強引に閉じてやるんだ。強引に閉じられたらどうなると思う? それは相手が閉じたのではなく〝自分から閉じた〟と錯覚するだろう。その後は、受け入れてしまった毒に蝕まれて……さよならだ」
「何となく誰が考えそうなのか予想出来るけど、交渉術としてならかなり役に立つね!」
「注意しなければいけないのは、常に自分が優位になるように事を運ぶ、だが……」
気の弱いミッシェルにそれが出来るのかと言う疑問が、ディレザリサとフローラの頭を掠めるが、ミッシェルは先程の提案で何か掴んだようで、「やってみます!」と、決意した。
「その知り合いの方は、とても聡明な方なんですね! 一度会ってみたいです!」
「「会わない方がいい」」
「──えぇッ!?」
こんな考えをしそうなのが五将総括だ──なんて言えるはずもない。
レウターに関しては、なるべく知らない方が幸せだ。
黙ってさえいれば、それなりにいい男なのだから──。
「それにしても──」とフローラは切り出す。
「どうしてその服装で来たの?」
「確かに、私も気になっていた」
「す、少しでも女の子に近付きたくて……ずっと憧れていたし、でも憧れは憧れだけにしていたら、絶対に前には進めない……そう思って実行しました!」
「その通りだよ! じゃあ、これからは呼び方も〝ミッシェルちゃん〟にするね!」
ミッシェルは「はい!」と元気良く答えると、頬を紅く染める。
行動や考え方、そして容姿──それらを統一すれば、ミッシェルは充分女の子として生活出来るだろう──と、ディレザリサは言葉にせず、ただ頷きだけで返した。
「後は、化粧の仕方とかも教えてあげないとね! ミッシェルちゃん、頑張ろうね! それと言葉遣いもね! フローラ先生に任せなさい!」
「はい!」
どうやらフローラも吹っ切れたようだ。
それはきっと、人には言えない悩みを打ち明ける事が出来た、ミッシェル自身の力かもしれない。
「──程々に、な?」
「ディレも受ける?」
「私は遠慮しておこうかな……」
それからリビングでは、フローラ先生による『乙女心講座』が開かれ、ディレザリサは苦笑いしながらその様子をただ眺めていた。
夕焼けが部屋の中を照らす頃、二人は一段落したと言わんばかりに大きく背伸びをした。
「今日はここまでにしようか、ミッシェルちゃん!」
「はい! ありがとうございました!」
よくもまあ、ここまで集中力が続くものだと呆れ混じりの関心をしながら、ディレザリサは「お疲れ様」と声を掛けた。
「そろそろ時間も遅いから、ディレ、送ってあげられる?」
「そ、そんな!! 大丈夫ですよ!?」
「この都も安全ではないしな……分かった。ミッシェルを送ってくる」
ミッシェルは「すみません」と申し訳無さそうな顔をするが、ディレザリサが一緒なら絶対に安全だろう……と、少し安堵した。
「また来ますね! 先生!」
「いつでもおいでねー!」
フローラに手を振りながら別れを告げて、中央通りをディレザリサと並んで、東地区へと向かって行った……。
【続】
読んで頂きまして、誠に有難う御座います。
文章には色々な書き方があるんだなって、最近は特に思います。それらの良い所をどんどん取り込んで、これからも《私、元は邪竜でした》を書いて行こうと思いますので、応援頂けるのであれば『感想、ブックマーク』宜しくと願い致します!
by 瀬野 或




