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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
四章 邪竜と賢者 〜東大陸 観光地レンデル 地獄の炎編〜
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〖第四十八話〗突然、それは始まりを告げました



 ディレザリサはフローラとミッシェルがいる部屋の扉をノックした。


「フローラ。ミッシェル。入るぞ」

「はーい!」


 少し軋む扉を開けると、そこには紛うことなき『女の子』がもう一人いた。


「どう?ディレ?見違えたでしょう?」

「は、恥ずかしいです……」

「ミッシェル…なのか?見違えたぞ!」


 縛っていた髪は解かれ、ブラッシングされて綺麗なストレートヘアになっている。服はフローラの私服だ。水色の一枚着で、より女性らしさが出ている。


「これでハイゼル様もイチコロだよ♪」

「そ、そうだと嬉しいけど……」

「そんな二人に朗報だが、今リビングにハイゼルがいる」

「「えっ!?」」


 急な来訪にミッシェルは「どうしよう!?」と狼狽えながら、フローラに助けを求めている。その表情は瞳が潤み、頬も赤らめていて、もう男ではなく一人の女のようだった。

 フローラはミッシェルの肩を掴んで「大丈夫!」と励ましているのだが、その表情には少し曇りがあった。


(大丈夫、か……。まあ、私に用がある訳じゃないし、後はミッシェルが何とかするしかないよね)


 フローラは、こんな嫌な心の声がディレザリサやミッシェルに届かなくて良かったと思いながら、ミッシェルの背中を押した。


「後は一人称を〝私〟に変えて、自分が女の子だって言い聞かせるだけ!! さぁ、行っておいで♪」


 トンっと背中を押されたミッシェルは、ディレザリサが立つ扉の前に立つ。ミッシェルの前にはディレザリサがいて、ミッシェルは改めてディレザリサの容姿よ良さに溜め息を吐いた。


「ミッシェル。チャンスはピンチの時にやって来るものだ。このチャンスを掴めないと、ハイゼルに近付けないぞ?」


 ディレザリサはミッシェルの緊張を解く為に、ニコッと微笑んでみせたが、それがかえってミッシェルを緊張させてしまったらしく、余計にオロオロと狼狽えている。


「で、でも……」

「全く……お前は何の目的でここまで来たんだ?ハイゼルに気持ちを伝えたくて来たんじゃないのか?」

「だ、だけど……」

「ミッシェル!大丈夫だって!一緒に行こ♪」


 半ば強引にミッシェルの手を取り、二人で階段を降りていく。ディレザリサはその二人の後を追うように、少し距離を置いて着いていった。


 リビングまで来ると、ハイゼルは座りながら、何かを考えているかのように、天井の一点だけを見詰めていた。


「ハイゼル様!お待たせして申し訳御座いません」

「───あ、ああ。フローラさん……と、そちらの女性は?」

「み、ミッシェルと申します……ハイゼル様」

「初めましてミッシェルさん。私は五将の一人、ハイゼル・グラーフィンと申します」


 ハイゼルは笑顔で自己紹介をしたが、その笑顔も直ぐにしまい、後ろから現れたディレザリサに目を向けた。


「ミッシェルさんもご一緒にお話しをしたい所ではあるのですが、至急、お二人に話さなければならない事があるので、失礼ではありますが、ミッシェルさんは席を外して頂けませんか?」

「え?ミッシェルは駄目なんですか?」

「至急の話……何か事件か?」

「ええ。事は一刻も争う事態になり兼ねないので、こうしている時間も惜しまれます」


 ハイゼルがディレザリサ達の家を訪れる時は、レウターのように遊びに来るような事は無い。何か用事があって来たのだろうとは思ったが、ハイゼルの言葉から察するに、何やら血腥いものを感じる……と、ディレザリサは思い、今日はミッシェルを帰そうと、ミッシェルを見た。


「ミッシェル。すまないがハイゼルは忙しいようだ。日を改めてもう一度紹介する。今日の所は申し訳ないが、帰ってくれ。フローラもすまない。私が無理を言ってここまでしてくれたのに」

「ぼ…私は大丈夫です。では、着替えて帰りますね?」

「ミッシェル……ごめんね」


 そして、ミッシェルは着替えを済ませると、リビングにいる三人にお礼をして、家から出て行った。


「申し訳ない事をしてしまいました……。このタイミングでなければ、ミッシェルさんのお話しを伺えたのですが……」

「ハイゼル様は悪くありませんよ。気になさらないで下さい」

「そうだな。無理を言った私が悪い」


 暫く沈黙が続いたが、頃合を見計らって、レウターから伝え聞いた事を二人に話した。ディレザリサの抑止力というのは省いて。


「私も……一緒に行くんですか?」

「えぇ。レウター様からはフローラさんにも同行して欲しいと聞いています」

「ディレ、どうしよう……」


(レウターめ……何か企んでいるようだな……。だが、フローラを戦場に招いたどうする?何が目的なんだ……?)


 暫く考えていたディレザリサだったが、ハイゼルが時間が無いと言っていたので、考えを途中で止めて、フローラに訊ねた。


「危険が伴うが……フローラはどうしたい?」

「私は……行きたい。もう、待ってるだけは嫌だから!」

「……と、言うことだ。ハイゼル、準備が終わり次第私達も向かおう。何処に行けば良い?」

「では、港で落ち合いましょう。私は一足先に行って、レウター様に報告して来ます」



 そして、港には『ハイゼル』『バリアス』『レウター』『ディレザリサ』『フローラ』が集まった。



 * * *



 潮風が吹き抜ける港は兵士達で溢れかえっていた。そんな中、今回一番の最年長であるバリアス・アンダーソンは、ディレザリサとフローラを見て、レウターに抗議している。


「レウター。貴様、このような女子(おなご)を連れて行くつもりか?」

「もちろんですよバリアス。彼女達は私と知恵比べして互角に張り合う程の知性を有するのですから」

「れ、レウター様?な、何を……?」


 フローラはその言葉を聞いて、今まで互角に張り合っていたのはディレザリサの方であり、自分は何もしていないと伝えようとしたが、それをディレザリサが阻んだ。


「初めまして、バリアス様。私はディレと申します。隣にいるのはフローラといいます。私が最も信頼している同居人です。この度はレウター様よりお話しを頂きまして、少しでもお力添えが出来ればと思っております」


 ちょこんと頭を下げるディレザリサを見て、フローラもそれに習った。


(ディレが礼儀正しい!? これも本で得た知識かな……私も、もっと読まないと!!)


「ふむ……レウターの知り合いにしては、礼儀作法をちゃんと弁えているようじゃな。儂はバリアス・アンダーソン。賢将として魔法を研究する者じゃ」


 自己紹介を軽く済ませると、船からハイゼルが駆け足で向かって来た。


「出航の準備が整いました!」

「そうですか。では、南大陸に向かいましょう」


 ハイゼルの後ろをレウター、バリアスが続き、最後尾にディレザリサ達が並んで歩く。


「フローラ。大丈夫か?」

「緊張で死にそうだよ……でも、頑張る」


 フローラから唯ならぬ覚悟を感じたディレザリサは「そうか」と一言だけ言い残し、船内へと入って行った。


 船は南に向かってゆっくりと進んで行く。この辺りは『ジーラスタ海峡』といい、海底火山の影響もあって比較的水温が高い。高いと言っても海なので、劇的な変化がある訳ではないが、そのせいか、この海域には魚が沢山集まり、漁が盛んに行われる。これまで幾つか漁船とすれ違ったが、どの船も大量の魚を積んでいた。


「久しぶりの海だねー」


 甲板に出て来たディレザリサとフローラは、その身に潮風を受けながら、久しぶりの船旅を満喫したいた。

 

「あまりのんびりはしていられないが……束の間の休息も大切だな」

「そうだね……これから、大変になるもんね」

「大変……で、済めばいいが……」


 南大陸に到着したら、これまで以上の『何か』が待ち受けているかもしれないという事は、二人ともレウターやハイゼルの表情を見て察していた。だから、今、この休息が最後の休息になるのかもしれないと、二人は甲板に出て、この休息を楽しむ事にしたのだ。


「ディレ、一つ聞いてもいい?」

「うん?どうした?」

「ディレは、ハイゼル様の事をどう思ってるの?」

「羽虫だな」

「即答!? 相変わらず辛辣だねぇ……」


 ……と言いつつも、ディレザリサの表情は何処か歯切れが悪い。ディレザリサ自身も、最近、自分の身に起きている現象についてまだ分かっていないので、これを『恋愛感情』と呼ぶ事は出来ないのだろう……と、フローラは察した。


「フローラはどう思ってるんだ?」


 少しからかい混じりで、ディレザリサはフローラに訊ねてみると、フローラは「うーん……」と暫く考えてみるが、現在雇い主が一応ハイゼルなので、それ以上の気持ちは無かった。


 ……の、だが───。


「立派な人だとは思うよ。だって、精霊王にも認められた人だし、家柄だっていいし、性格だって紳士で優しいし……ちょっと頼りない所もあるけど、それはそれで愛嬌があると言うか……あれ……?」

「ん……? どうした?」


 自分が今発した言葉は……まるでハイゼルに恋をしているような素振りではないか?と、フローラは頭を抱える。


(え?何で?どうして?私は……ハイゼル様に恋をしているの……?)


 今日、仕事の帰りに思った嫌な感情……それは、『自分がハイゼルに恋をしているから』なのかもしれないと気付いた。いや、認めたくなかっただけなのかもしれない。ハイゼルはディレザリサにゾッコンで、自分の事には興味無い。だから、ディレザリサに嫉妬していたのかもしれないと、フローラは気付いてしまった。


「ねぇ、ディレ……?」

「そんな深刻そうな顔をして、どうした?」

「私、もしかしたらハイゼル様を好きになっちゃってるかもしれない……」

「───え?」


 それは、あまりに突然で、あまりに素直で、あまりに理解の出来ないカミングアウトだった。


 【続】

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