〖第四十九話〗私達、ガールズトークしました
フローラの告白は、ディレザリサを困惑させるには充分過ぎた。一番不明瞭なのは『どうして好きになったのか』だが、それに対してフローラは言明していない。『もしかすると好き』という、実に曖昧な表現だけに、ディレザリサもどうして良いものかと悩む。そして、そんな自分はどうなのかと考えてみたが、ディレザリサには『恋愛感情』というものが一体どういう感情なのか分からず、結局何も分かっていないのでフローラにどんな言葉をかけるべきか……と、黙ってフローラを見詰めていた。
「あはは……そんな困ったような顔しないでよ……」
苦笑いを浮かべながら、フローラは船の甲板の落下防止の手摺りに背中を預け、小石を蹴るかのように足を軽くブラブラと振った。
「ディレはどうなの?ハイゼル様の事……好き?」
「そ、そういう感情に疎いのは知ってるだろ……」
「駄目だよディレ。逃げるのはズルい」
「ぐぬぬ……」
最近、ハイゼルと顔を合わせるのを避けていたのは確かだが、それが『恋愛感情によるもの』と結び付けられない。それはディレザリサの『人間』という『経験』が、あまりに無さ過ぎる為でもあった。レウターに借りた本にも人間について記されていた物があったが、それが自分の理解に繋がる事はあれど、文献に記されているものは『文字』に過ぎず、それ以上を知るには『人間をやる』しかない。人間の経験を積んで、初めて『自分の解釈』に到達出来るのだ。
「もっと自分の気持ちに素直になりなよ。〝番〟って言葉じゃなくて〝恋〟って言葉を、ディレはもっと考えた方がいいかもね」
「恋か……」
「折角女の子として生まれてきたんだもん!やっぱり恋愛はしないと勿体無いよ!」
「そ、そうなのか……?」
いつの間にか『フローラ先生の恋愛講座』になって話に花を咲かせていたが、そこに一人の男がディレザリサ達に話し掛けてきた。
「何やら楽しそうじゃな」
白く長い髭を生やした老人。五将の一人であり賢者、バリアス・アンダーソン、その人である。
「バリアス様。ご機嫌は如何ですか?」
ディレザリサはいつもの『背伸び言葉』に戻り、まだ未知の人物を警戒しているようで、その言葉に少し冷たさを感じる。
「若い頃は船旅をしていたのじゃが、歳はとりたくないものじゃな……波が腰に響いていかん。良い〝回復役〟がいれば、この痛みもどうにかなるのじゃがなぁ……」
「ナターニャ様がいれば、痛みも緩和出来たのでしょうね」
「……ほう。ナターニャとも知り合いなのか」
「……えぇ。親しくさせて頂いております」
ディレザリサは、今『しまった』と心の中で思った。この男は、ディレザリサ達が敵ではないか、探りを入れに来たのだろう。
「そう身構えなくて良い。儂はただ、お主達がどんな人間なのか、話をしに来ただけじゃからな」
「は、はい……」
フローラは緊張しているようで表情が硬い。本来、五将に会う機会なんて、普通の民間人では滅多に無い事だ。それこそ『賢者、バリアス・アンダーソンに会う』なんて、魔法研修者でもない限り、会う機会の無い人物なのである。
「あ、あの……バリアス様。一つお聞きしたい事がございます」
それでも、フローラはここで負ける訳にはいかなかった。自分がディレザリサと共に歩くという事は、こういう高貴な相手と話す機会も増えるという事になるのだから、自分もそれに慣れる必要がある。
「ふむ。儂が答えられる範囲ならお答えしますぞ」
「〝魔法〟とは、何でしょうか?」
その問いに対して、バリアスは『ほう』と、何やら一人で納得し、二人を見詰めていた。
「その質問は、精霊云々の話ではなさそうじゃな?」
「ば、バリアス様は〝魔法の深淵に最も近付いたお方〟として有名ですから、バリアス様のお考えをお聞きしたいんです」
ディレザリサは静かな顔をしているが、内心ではかなり驚いていた。まさか、フローラがそんな質問をするとは思っていなかったのだ。確かにフローラは竜が使う『創造魔法』が使える。魔法に興味があっても不思議ではないのだが、今の今まで『恋』だのなんだのと話していただけに、そのギャップは凄まじいものである。
「儂が思うに、魔法とは即ち〝生命そのもの〟だと思っておる。先ず〝生きている事自体〟がそもそも魔法なのじゃよ。魔法も生命も、長い年月をかけてゆっくりと育むものじゃ。それは先程お二人が話していた〝恋愛〟に通ずるかもしれんな。人と人とが出会い、そしてその間に生まれるモノ……不透明で形の無いモノであり、それは魔法も同じ。傷付け、壊し、欺き、滅ぼす事もあれば、癒し、生かす事も出来る。これは人間も同じじゃな。つまり魔法とは〝生命そのもの〟という事じゃ……ちと分かり難かったかの?」
「いえ。とても素敵なお考えだと思います」
魔法が生命と同じなら、竜はどうなのだろうか…と、ディレザリサは思う。竜は存在自体が『天災』とされ、忌み嫌われてきた存在だ。向けられる感情は『殺意』や『憎しみ』や『恨み』といった負の感情のみだ。
(なるほど……だから私は人間の恋愛感情を理解出来ないのか……)
ハイゼルから愛の告白をされた時に、心臓が跳ねたのは『知らない感情』をぶつけられたから。今まで孤独に生きてきたディレザリサにとって、それは『未知』であり、『恐怖』だったのかもしれない。
(もう少しだけ、〝恋〟という感情に踏み込んでみるか……)
ディレザリサの自問自答は、甲板に出て来たハイゼルによって遮断された。
「皆様!間もなく南大陸に到着します!上陸の準備をお願いします!」
そう一言だけ残し、ハイゼルはまた船内へと入って行った。
「全く……いつから英雄は船員になったのじゃろうな……」
「フフッ……これもハイゼル様の良い所ではありませんか」
「そうかもしれんな。じゃが、今のままではいかんな……」
「……?」
何やら意味深な事を呟いたバリアスだったが、それ以上言及する事もなく、三人は上陸の準備をする為に船内へと入って行った。
* * *
「目の前に見える島が、南大陸です。中央大陸よりは小さい島ですが、暖かい気候で果物が豊富な大陸です。この島で取れるグァナナと呼ばれる果実は、近年人気になり、この島から輸出されるグァナナは、ほぼこの大陸から輸出されています。他にもカーシィという苦味のある飲み物や───」
上陸する前に船員の一人が、この大陸について説明をしている。
「ねぇ、確かランダにいた果物商の人も、南大陸出身って言ってたよね?」
「ああ、名前は確か……エドとか言ったか。会えたら改めて礼がしたいな」
「そうだね♪」
まるで観光でもするかのように話している二人だが、上陸したらゼルが率いる隊と合流し、現状報告とこれからどうするかの作戦会議が始まる。故に観光している暇など一秒足りとも無いのだが、新しい土地に浮かれる気分も分かり、ハイゼルは苦笑いしながらも「私もお会いしたいです……時間があれば探してみましょう」と言っていた。
「これより先は、いつ襲われてもおかしくありません。皆、慎重に行動をして下さい。特にディレさんとフローラさんは、ですよ?」
レウターは二人の会話を聞いていたのか、予め釘を刺した。
「分かってますよ!ね!ディレ!ハイゼル様!」
「わ、私も含まれているんですか!?」
ハイゼルは頭をブンブン振りながら「ち、違います!違いますから!」と抗議しているが、それがかえって逆効果で、レウターから白い目で見られている。
「まあ、二人の事はハイゼル君にお任せしますよ。でも、両手に花で浮かれるようであれば、任を解きますからね?」
「……かしこまりました」
バリアスは大きな溜め息を吐き出し、情けない……とでも言いたそうな顔をしている。
「では、行きましょうか……」
船はゆっくりと速度を落とし入港した。
そして、ディレザリサ達は再び、戦乱の渦に巻き込まれて行くのである……。
【続】




