表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
三章 邪竜と聖者 〜中央大陸 首都レイバーテイン 暴虐の牙編〜
37/66

〖第三十五話〗愛に生きる女の過去


 女は、神に愛された。

 女は、精霊にも愛された。

 女は、あらゆる者に愛された。

 然し、唯一愛さなかった者がいた。

 それは、『自分』だった──────。


「ナターニャ。貴女は神に愛され、精霊に愛された者。いつも笑顔を絶やさず、あらゆる者に優しさを与え、そして世界を憂いなさい。それが貴女の役目なの…ね、分かるでしょう?」


 幼き頃。

 ナターニャの母親は常にそれを言い続けた。まるで、ナターニャを呪うかのように、繰り返し、繰り返し、自分が死ぬ日までそれを言い続けた。

 ナターニャは母の言いつけを守り、全てを愛した。それが例え悪人だとしても、ナターニャは愛した。それが『愛されし者』の運命だと信じて疑わなかったのだ。自分に石を投げつけるいじめっ子や、気色悪いと悪態を吐く者、それらさえナターニャは愛した。


 戦で村が死に、母が死に、父が死に、いじめっ子も全員が死んで行った時も、ナターニャは泣くことを許されず、笑顔を絶やす事はなかった。だが、自分でも分かっている。それは『異常』という事に。然し、気付いてもそれを変える事を許されない。


 いつからか、ナターニャはそんな自分を嫌った。


 腕を斬り裂き、足を傷付け、至る所に傷を付ける。

 痛みはあった。その痛みに安堵する事もなかった。

 然し、傷は直ぐに消える。

 神の愛が、精霊の愛が、ナターニャの傷を許さない。


 そして、精霊は『痛み』も奪っていった。

 何度身体を傷付けようが、何度崖から落下しようが、痛みを感じる事はなく、傷すら付かない。神と精霊は、ナターニャが痛みに苦悶する表情さえ許さないのだった。

 いつしかナターニャは、自分が自分ではなくなるような恐怖を感じるようになる。周囲、全てがお墓になった村から出る決意をし、ナターニャは旅に出る事にした。


 そして、ナターニャは出会う。

 運命の相手に───。


「ねぇ…なんで泣いてんのさ?」

 

「───え?」


 旅の途中に寄った街を彷徨っていたナターニャに声を掛けて来たのは、褐色肌で、自分よりも背が高く、健康的な身体をした金髪の女性だった。


「私は、泣いてませんよ…?」


「嘘だね。あんたさ、表面だけ繕ったって、その表情の裏ではボロボロに泣いてるじゃない」


「あ、あ、ち、違う…私は泣いてない…泣いては…いけない…」


「話し掛けるつもりはなかったんだけど…流石にそんな顔してたら、無視出来ないよね。私の名前はフィクセス。フィクセス・アンブラウン。旅の剣士さ。あんたは?」


「ナターニャ…アンデルセンです…」


「そっか。それじゃ、取り敢えず呑もっか!」


「…へ?」


 強引に連れられた酒場で、二人は意気投合した。これまでナターニャに何があったか、フィクセスがどういう人生を歩んで来たか…。


 そしてその夜、気が付けば身体を重ねていた。


 同性での行為は、仮にも聖職であるナターニャには許されない行為だったが、初めて自分を受け入れてくれたその人に、いけないと思いつつ、恋をしてしまったのだ。それは、フィクセスも同じで、二人はその夜、激しく愛し合った。


 それからの日々は、ナターニャにとって宝石のように輝いて、素晴らしい日々が続いた。二人で冒険をしながら、夜には愛を確かめ合い、許されない行為と知りながら、許されない愛に溺れていった。


 だが、そんな日々は直ぐに終わりを告げる。


「フィー…どうして…?」


 宿を探し求めて立ち寄った町で、フィクセスは強姦に合って、ボロボロの姿でその命を落とした。犯人は翌日、直ぐに見つかった。


 背後から、大振りの刃物で斬り裂かれ絶命したらしく、無残な姿で発見されたのだ。この強姦を殺した犯人は見つからなかったが、そんな事はどうでも良かった。愛した人は、もう…いないのだから。


「許さない…男なんて…」


 全てを愛した女は、この日を境に全てを愛する事を辞めた。


「男なんて…全員死ねばいい…」


 そう呟いた時、一振りの大鎌が、どこからともなく目の前に現れた。まるでその鎌は『死神の鎌』のように大きい。そして、それを手にした時、妙に手に馴染む事に気がついた。


 まるで、昔から使っていたかのように───。


「知らなければ良かった…」


 女は呟いた───。


「気付かなければ良かった…」


 女は嘆いた───。


 そう。村の皆を殺したのは戦ではない。


 大鎌を使う、自分だったのだ──────。


 今までの事が、まるで走馬灯のように頭の中に流れてくる。


 母と父を斬り裂き、いじめっ子達をを斬り裂き、村の人々を次々に斬り裂いていった…まるで、子供が虫を殺して遊ぶかのように、万遍の笑みを浮かべて。

 そして、愛する人の命を奪っていったその男も、ナターニャは笑いながら斬り裂いていた。


 そう。これも愛なのだ──────

 神が女を愛し、精霊が女を愛した結果なのだ。


 無意識の内に呪っていた相手達を、神と精霊がナターニャの願いを聞き入れ、今、自分が手に取っている大鎌で、それらを排除したのだ。


 そして、ナターニャは気付いたのだ。

 この世界を歪めている存在に…。


 それは『男』なのだ。

 男がいなくなれば、世界は救われる。


「私はもう…ナターニャ・アンデルセンじゃない…。〝ナターニャ・フィクセス〟よ…」


 これが、やがて『聖母』と呼ばれ五将入りをした、『愛に生きる女』の物語。

 愛故に愛を拒み、愛故に愛を受け入れた女の過去の話である。


 【続】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ