〖第三十四話〗ペテン師、月下で笑いました
「───は、白銀ッ!!」
路地裏の一角でぐったりと倒れているのは、五将の一人である『魔将ゼル』だった。
ゼルは壁に寄り掛かるようにして地面に座っている。その様子から察するに犯人に襲われたか…呼吸をする度に肩が上下に揺れている。
ゼルが座っている所から、少し長い血の跡が擦るように残っている。きっと、這いつくばりながら今の場所まで移動したのだろう。
「…ディレ…ザリサか」
ディレザリサの声を聞いて、ゼルはゆっくりと顔を上げた。息はまだ辛うじてある…だが、それも時間の問題だろう…ギリギリで意識を保っているようだ。このまま放置はすれば、間違いなく死んでしまう。早急に治療が必要だが…竜が使う『創造魔法』では『回復』が出来ない。竜は生命力が非常に高い生き物で、ある程度の傷なら一日経てば治ってしまうので、わざわざ魔法で回復をする必要が無いのだ。
「白銀…何があった…?」
ゼルが意識を失わないように、ディレザリサは敢えて質問をした。今、ゼルの意識が無くなれば、確実にその意識が戻る事はないだろう。
「裏切り…だ…」
「裏切り?犯人は身内の誰かか!?」
ゴホゴホと血を吐き出しながらも、ゼルはまだ生きる事を諦めてはいないようだ。
「あの…女…」
「あの女…?」
「あの…女の、名前は───」
「ゼル様!!」
遠くからハイゼルが走って向かって来た。その後ろにはレウターと…ディレザリサが初めて見る女がいる。三人はディレザリサの方に駆け寄り、そして眼前
の状況に絶望した。
「そ、そんな…」
崩れるように両手両膝を地面に着き、どうしてこんな事になってしまったのかと、ハイゼルは地面を叩いた。叩き付けた右手は悔しさのあまり、痛みすら感じる事はなかった。
「ハイゼル君、落ち着きなさい。ナターニャ、回復をお願いします」
「もちろんです!」
ナターニャと呼ばれる白い聖職服を着ている女は、持っている杖をゼルに向けて、召詠を開始した。
「───精霊の光よ、此処に!」
掛け声と共に、杖の先端が緑色の眩い光を放ち、その光がゼルを包み込んだ。
白い杖の先端に付いているのは聖石だろう。この石が、魔力効果を倍増させているようだ。
「ナターニャ、どうですか?」
レウターはナターニャに問いかけるが、ナターニャの顔色は優れない。
「傷の修復は大丈夫ですが、出血が酷過ぎます…ここまで出血すると、精霊の癒しの光でも…」
「一体誰がこんな事をッ!!」
ハイゼルは声を荒らげる。
「ゼルはきっと大丈夫です。彼は頑丈な男ですから…それにしても、何故ここに貴女が?」
レウターは少し驚いた顔でディレザリサを見る。
「全く…よくもそうぬけぬけと…」
「はぁ…。よく分かりませんが、貴女がいるということは、つまりそういう事と捉えて宜しいのですね?」
レウターはにやけながらそう言うと、ディレザリサに近付き、耳元で囁いた。
(貴女の事は私とハイゼル君とゼルしか知りませんので、私に合わせて下さい)
そしてディレザリサから離れて、治療を施しているナターニャの所へ行き、ナターニャを紹介した。
「今ここでセルの治療をしているのは、五将の一人、ナターニャ・フィクセスです」
ナターニャは紹介されると、治療をしながらディレザリサの方を向いて「よろしくお願いします」と一礼した。そして、今度はナターニャにディレザリサを紹介する。
「ナターニャ。あちらにいるのは、いずれ〝ハイゼル君の奥方〟になるディレ・ザリサさんです」
「───んなッ!?」
「ディレさんは聡明な方でして、今回の事件の解決をする為に、自身でも調査をしているらしいです」
ナターニャは「あら」と笑顔を零し「ハイゼルをよろしくお願いします」と、また笑顔を浮かべた。
「よ、よろしくお願いします…ナターニャ様…」
レウターは「上手くいったでしょう?」と、ディレザリサに目配せをして合図をしたが、ディレザリサの心中は穏やかではなかった。
(やはりあの男…いつか殺す…)
一方、そんな紹介をされるといつもなら慌てるハイゼルだが、今のやり取りを全く聞いてない様子で、辺りに何か手掛かりになるものがないか探していた。
「ハイゼル君…気持ちは分かりますが、焦っても良いことはありません。ここは先ず、もう一度作戦を整えましょう」
「・・・・・・」
ハイゼルにはディレザリサの事が見えていないようだった。それだけ、今回ゼルが倒されたという事が衝撃だったのだ。
これは、前代未聞と言ってもいい出来事だ。五将の一角が倒されるなど、絶対にあってはならない。何故なら五将は王の『盾』であり『剣』であり『頭脳』だからだ。それらが一つでも欠けてしまえば、それだけ国が傾くという事になる。故に、この場でゼルを死なせるわけにはいかないのだ。
「レウター様…ここは撤退しましょう。仕切り直した方が得策ではありませんか…?」
「ふむ…その心は…?」
「ゼル様に万が一の事があれば国が傾きます…その意味が分からないレウター様ではないですよね…?」
確かにここで撤退するというのは得策なのかもしれない。ゼルがこの状態では、流石に動きも取れない。ハイゼルの言い分は正しい。だが、本当にここで退却するべきかレウターは悩んでいた。レウターは今回の作戦が仮に失敗しても良いと考えていた。だが、それはゼルがこのような状態になっていなければ…の話だ。このまま撤退をしたら、それこそ『五将が負けた』という民の不安を煽る結果になる。
なにより、つまらない──────。
レウターは、実はゼルが死のうがどうなろうが構わないのだ。民の不安など知った事ではない。そんなもの後でどうとでもなる。レウターは今、自分の脅威となり得る存在に対して、興味をそそられている。このチャンスを逃すのは、レウターにとって『退屈』なのだ。
そう考えた結果、レウターは『ハイゼルを切り離す』という選択をした。
「ハイゼル君。ナターニャと共にゼルを城へと運んで下さい。私は、もう少し調査をします」
「な───ッ!?」
「何か不服ですか?」
「い、いえ…かしこまりました…」
ハイゼルはゼルを担いだ。そして、レウターに一礼すると、そのまま城への道を走って行った。ナターニャもハイゼルを追うように、後ろからゼルに魔法をかけながら走って行った。
「ここで戦力を減らす…私は愚策だと思うが?」
ディレザリサはレウターを睨む。
五将の一人が倒された現状を考えると、相手は少なからず『ゼル以上の腕を持つ』と推測出来る。つまり、今戦力を減らしたら、勝機も減ってしまうのだ。特にハイゼルが持つ『精霊王の力』は、かなり強大な力で、この状況にはハイゼルの力が必須。そのハイゼルを戦場から離脱させるというのは、明らかな愚策である。
「愚策…ですか。そもそも私に策などありませんよ」
「なに…?」
「〝面白い〟か〝面白くないか〟…私にはそれだけです。ゼルを一撃で仕留めるような相手ですよ?〝対峙しない方が退屈〟だと思いませんか?」
そう言うと、レウターはニヤッと歪んだ笑顔を浮かべる。
「そうか…そうだったな。貴様は…そういう男だった」
「ご理解、ありがとうございます…竜の王よ」
実を言えば、ディレザリサもレウターの考え方が理解出来ない訳ではない。竜であった頃のディレザリサは、まさに今のレウターと同じ考え方だった。
「…して、生き残っている兵達はどうする?」
「全員撤退です。私だけいれば充分ですし。それに…犯人もそろそろ飽きてきてるはずです。手応えの無い兵士達を殺しても〝面白くない〟ですから」
「・・・・・・」
本当にそうなのだろうか?と、ディレザリサは疑問に思う。仮に犯人がレウターと同じような、頭のネジが吹っ飛んでいる者だったなら、それも考えられる。然し、目的と信念を持つ者なら、これ以上の殺しをするとは思えない。それとも、もっと他に何か理由があるのだろうか…?ディレザリサはそこまで考えて、考えるのを止めた。憶測や推測で行動しても、事実は小説よりも奇なりなのだ。自分の考えとは全く違う考えで行動している可能性もある。
「ディレさん…愚策ついでに、一口乗りませんか?少し面白い事を考えまして…」
「面白い事?」
「ええ。とても〝面白い事〟ですよ───」
月を背にして笑うその姿は、まるで悪魔のようだった───。
【続】




