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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
三章 邪竜と聖者 〜中央大陸 首都レイバーテイン 暴虐の牙編〜
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〖第三十四話〗ペテン師、月下で笑いました


「───は、白銀ッ!!」


 路地裏の一角でぐったりと倒れているのは、五将の一人である『魔将ゼル』だった。

 ゼルは壁に寄り掛かるようにして地面に座っている。その様子から察するに犯人に襲われたか…呼吸をする度に肩が上下に揺れている。

 ゼルが座っている所から、少し長い血の跡が擦るように残っている。きっと、這いつくばりながら今の場所まで移動したのだろう。


「…ディレ…ザリサか」


 ディレザリサの声を聞いて、ゼルはゆっくりと顔を上げた。息はまだ辛うじてある…だが、それも時間の問題だろう…ギリギリで意識を保っているようだ。このまま放置はすれば、間違いなく死んでしまう。早急に治療が必要だが…竜が使う『創造魔法』では『回復』が出来ない。竜は生命力が非常に高い生き物で、ある程度の傷なら一日経てば治ってしまうので、わざわざ魔法で回復をする必要が無いのだ。


「白銀…何があった…?」


 ゼルが意識を失わないように、ディレザリサは敢えて質問をした。今、ゼルの意識が無くなれば、確実にその意識が戻る事はないだろう。


「裏切り…だ…」


「裏切り?犯人は身内の誰かか!?」


 ゴホゴホと血を吐き出しながらも、ゼルはまだ生きる事を諦めてはいないようだ。


「あの…女…」


「あの女…?」


「あの…女の、名前は───」


「ゼル様!!」


 遠くからハイゼルが走って向かって来た。その後ろにはレウターと…ディレザリサが初めて見る女がいる。三人はディレザリサの方に駆け寄り、そして眼前

の状況に絶望した。


「そ、そんな…」


 崩れるように両手両膝を地面に着き、どうしてこんな事になってしまったのかと、ハイゼルは地面を叩いた。叩き付けた右手は悔しさのあまり、痛みすら感じる事はなかった。


「ハイゼル君、落ち着きなさい。ナターニャ、回復をお願いします」


「もちろんです!」


 ナターニャと呼ばれる白い聖職服を着ている女は、持っている杖をゼルに向けて、召詠を開始した。


「───精霊の光よ、此処に!」


 掛け声と共に、杖の先端が緑色の眩い光を放ち、その光がゼルを包み込んだ。

 白い杖の先端に付いているのは聖石だろう。この石が、魔力効果を倍増させているようだ。


「ナターニャ、どうですか?」


 レウターはナターニャに問いかけるが、ナターニャの顔色は優れない。


「傷の修復は大丈夫ですが、出血が酷過ぎます…ここまで出血すると、精霊の癒しの光でも…」


「一体誰がこんな事をッ!!」


 ハイゼルは声を荒らげる。


「ゼルはきっと大丈夫です。彼は頑丈な男ですから…それにしても、何故ここに貴女が?」


 レウターは少し驚いた顔でディレザリサを見る。


「全く…よくもそうぬけぬけと…」


「はぁ…。よく分かりませんが、貴女がいるということは、つまりそういう事と捉えて宜しいのですね?」


 レウターはにやけながらそう言うと、ディレザリサに近付き、耳元で囁いた。


(貴女の事は私とハイゼル君とゼルしか知りませんので、私に合わせて下さい)


 そしてディレザリサから離れて、治療を施しているナターニャの所へ行き、ナターニャを紹介した。


「今ここでセルの治療をしているのは、五将の一人、ナターニャ・フィクセスです」


 ナターニャは紹介されると、治療をしながらディレザリサの方を向いて「よろしくお願いします」と一礼した。そして、今度はナターニャにディレザリサを紹介する。


「ナターニャ。あちらにいるのは、いずれ〝ハイゼル君の奥方〟になるディレ・ザリサさんです」


「───んなッ!?」


「ディレさんは聡明な方でして、今回の事件の解決をする為に、自身でも調査をしているらしいです」


 ナターニャは「あら」と笑顔を零し「ハイゼルをよろしくお願いします」と、また笑顔を浮かべた。


「よ、よろしくお願いします…ナターニャ様…」


 レウターは「上手くいったでしょう?」と、ディレザリサに目配せをして合図をしたが、ディレザリサの心中は穏やかではなかった。


(やはりあの男…いつか殺す…)


 一方、そんな紹介をされるといつもなら慌てるハイゼルだが、今のやり取りを全く聞いてない様子で、辺りに何か手掛かりになるものがないか探していた。


「ハイゼル君…気持ちは分かりますが、焦っても良いことはありません。ここは先ず、もう一度作戦を整えましょう」


「・・・・・・」


 ハイゼルにはディレザリサの事が見えていないようだった。それだけ、今回ゼルが倒されたという事が衝撃だったのだ。

 これは、前代未聞と言ってもいい出来事だ。五将の一角が倒されるなど、絶対にあってはならない。何故なら五将は王の『盾』であり『剣』であり『頭脳』だからだ。それらが一つでも欠けてしまえば、それだけ国が傾くという事になる。故に、この場でゼルを死なせるわけにはいかないのだ。


「レウター様…ここは撤退しましょう。仕切り直した方が得策ではありませんか…?」


「ふむ…その心は…?」


「ゼル様に万が一の事があれば国が傾きます…その意味が分からないレウター様ではないですよね…?」


 確かにここで撤退するというのは得策なのかもしれない。ゼルがこの状態では、流石に動きも取れない。ハイゼルの言い分は正しい。だが、本当にここで退却するべきかレウターは悩んでいた。レウターは今回の作戦が仮に失敗しても良いと考えていた。だが、それはゼルがこのような状態になっていなければ…の話だ。このまま撤退をしたら、それこそ『五将が負けた』という民の不安を煽る結果になる。


 なにより、つまらない──────。


 レウターは、実はゼルが死のうがどうなろうが構わないのだ。民の不安など知った事ではない。そんなもの後でどうとでもなる。レウターは今、自分の脅威となり得る存在に対して、興味をそそられている。このチャンスを逃すのは、レウターにとって『退屈』なのだ。

 そう考えた結果、レウターは『ハイゼルを切り離す』という選択をした。


「ハイゼル君。ナターニャと共にゼルを城へと運んで下さい。私は、もう少し調査をします」


「な───ッ!?」


「何か不服ですか?」


「い、いえ…かしこまりました…」


 ハイゼルはゼルを担いだ。そして、レウターに一礼すると、そのまま城への道を走って行った。ナターニャもハイゼルを追うように、後ろからゼルに魔法をかけながら走って行った。


「ここで戦力を減らす…私は愚策だと思うが?」


 ディレザリサはレウターを睨む。

 五将の一人が倒された現状を考えると、相手は少なからず『ゼル以上の腕を持つ』と推測出来る。つまり、今戦力を減らしたら、勝機も減ってしまうのだ。特にハイゼルが持つ『精霊王の力』は、かなり強大な力で、この状況にはハイゼルの力が必須。そのハイゼルを戦場から離脱させるというのは、明らかな愚策である。


「愚策…ですか。そもそも私に策などありませんよ」


「なに…?」


「〝面白い〟か〝面白くないか〟…私にはそれだけです。ゼルを一撃で仕留めるような相手ですよ?〝対峙しない方が退屈〟だと思いませんか?」


 そう言うと、レウターはニヤッと歪んだ笑顔を浮かべる。


「そうか…そうだったな。貴様は…そういう男だった」


「ご理解、ありがとうございます…竜の王よ」


 実を言えば、ディレザリサもレウターの考え方が理解出来ない訳ではない。竜であった頃のディレザリサは、まさに今のレウターと同じ考え方だった。


「…して、生き残っている兵達はどうする?」


「全員撤退です。私だけいれば充分ですし。それに…犯人もそろそろ飽きてきてるはずです。手応えの無い兵士達を殺しても〝面白くない〟ですから」


「・・・・・・」


 本当にそうなのだろうか?と、ディレザリサは疑問に思う。仮に犯人がレウターと同じような、頭のネジが吹っ飛んでいる者だったなら、それも考えられる。然し、目的と信念を持つ者なら、これ以上の殺しをするとは思えない。それとも、もっと他に何か理由があるのだろうか…?ディレザリサはそこまで考えて、考えるのを止めた。憶測や推測で行動しても、事実は小説よりも奇なりなのだ。自分の考えとは全く違う考えで行動している可能性もある。


「ディレさん…愚策ついでに、一口乗りませんか?少し面白い事を考えまして…」


「面白い事?」


「ええ。とても〝面白い事〟ですよ───」


 月を背にして笑うその姿は、まるで悪魔のようだった───。


 【続】

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