〖第十七話〗私、気になりました
『トントン』と屋敷の扉を叩く音が、ディレザリサ達のいる部屋まで響いた。
「ごめんくださーい」
外からは大声で反応を伺う声が聞こえる。
「ディレ!来ちゃったよ!」
「もう来たの!?グラーフィン家ってやる事早い!?」
逃げるか否かを相談していた時間、約一時間くらいだろうか。その短期間にロブソンはメイドと引き継ぎを行って、メイドをこの屋敷に派遣したとなると、それはもう神速と呼べるに相応しいだろう。それ程、グラーフィン家という存在が、一つ頭抜けている証拠だった。
「すみませーん。あれ?居ないのかな?もしもーし」
「今開けまーす!」
フローラが大声で返事をすると、「ディレ、行くよ!」と、フローラはディレザリサの腕を掴み、強引に連れて行った。
急いで廊下を走り、エントランスまで着く。若干息を荒げながら、フローラは扉を開けた。
「こんにちは!」
「こ、こんにちは…?」
そこには、自分と同い年か、少し歳上の女の子が万遍の笑みを浮かべながら立っていた。肩くらいのブロンドの髪にヘッドドレス。丸いクリっとした目は、無邪気な子供のように爛々と輝いている。背丈は差ほど変わらないのだが、『ある一点』だけは、フローラとディレザリサよりも大きかった。故に、着ているメイド服がそこはかとなくキツそうで、そのせいか色気を帯びている。
「アリアンナです。宜しくお願いします!」
元気の良い挨拶と共に、大袈裟なくらいのお辞儀をされて、フローラとディレザリサは呆気に取られた。
「え、えっと…宜しくお願いします」
フローラもそれに習って軽く挨拶をしたが、ディレザリサだけは、アリアンナをずっと見ている。
「本当に、アナタがグラーフィン家のメイド…なの?」
「もちろんです!お世話頑張ります!」
「そ、そう…」
グラーフィン家とはこんなものなのか…?と、ディレザリサは思う。ハイゼルにしろ、ロブソンにしろ、変わった者だと思っていたが、このメイドはそれ以上に変わっている…と、ディレザリサは苦笑いを浮かべた。
「立ち話も難ですから、どうぞ…って、ここはグラーフィン家のお屋敷だから、アリアンナさんの職場みたいなものですよね…あはは…」
「ですね!お邪魔します♪」
そう元気に返答すると、アリアンナは屋敷の中へと入って行った。暫く屋敷の中を見渡し、アリアンナは何か呟いたのだが、フローラとディレザリサの耳には届かなかった。
「…それで、アリアンナさんは何をしてくれるんですか?」
ディレザリサはまだ警戒しているようで、その口調も少し刺々しい。だが、アリアンナはまるで気にしていない様子で、ニコッと笑いながら答えた。
「取り敢えず掃除ですね!」
「掃除って…一人でこの屋敷を?」
「はい!頑張りまーす!」
「よ、宜しくお願いします…」
フローラはお辞儀をすると、アリアンナは「おまかせあれ!」と、鼻歌混じりで屋敷の二階へと向かって行った。
「フローラ。何かおかしい」
「…え?何が?」
「何がって、アリアンナだよ…いくら変人が多いグラーフィン家でも、流石にアレは無い。そもそも、何で屋敷を管理しているはずのメイドが、私達が扉を開けるまで待機してる?鍵はロブソンから受け継いでいるはずだ。それなのに、私達が開けるまで待機しているという事は、鍵を所持していなかったって事になる…でしょ?」
「そうかなぁ…」とフローラは首を傾げる。
「そういう仕来りなのかもしれないよ?これも礼儀作法の一つかもしれないし」
「そうなのかな…?」
邪竜に人間の作法は分からない。ただ、アリアンナからは、何か違う空気を感じる…と、ディレザリサは思っていた。
「気の所為だといいけど…」
* * *
「ちょろ過ぎだね。本当にちょろ過ぎ。馬鹿なの?」
簡単に屋敷に侵入できてしまったアリアンナは、笑いを堪えるのに必死だった。
「でも、美人さんだったなー。特にあの髪長い方…欲しいなぁ…高く売れそう…」
そう呟きながら、近くの部屋へと入り、室内を見渡す。
「さぁて、サクッと貰えるもん貰って、ついでにあの子もパクってずらかろーっと♪」
そう。この者はアリアンナではない。
アリアンナに成り代わって、この屋敷へと侵入した『犯罪者』である。
「そう言えば、あのおばさんはどうだろう?年齢的にちょっと厳しいけど、見た目は美人だったし、マニアには高く売れるかもねー…っと、おお、これはなかなか…」
金品を物色しながら、ブツブツと呟く。どうやら引き出しの中にめぼしい物があったようだ。それを、胸の谷間に隠しておいた布袋に詰めていく。
「てか、あの二人。流石に不用心過ぎでしょ。この屋敷を一人で掃除なんて、出来るはずないじゃん。馬鹿なの?まあ、馬鹿は馬鹿で有り難いんだけどね」
めぼしい物を見つけては袋の中へ…そうして二階の探索を終えた頃には、布袋はパンパンになっていた。
「大漁大漁♪」
だが、あと一階と三階の探索が残っている。
(これは…欲を出してバレるより、早々に退散すべきかなぁ…でも、まだまだ有りそうなんだよなぁ…)
そして、閃く──────
「あの二人がいなきゃ、もっと楽に探索出来るじゃん!先にあの二人を売っちゃおう♪」
そう考えついて、女は窓まで近付き口笛を鳴らすと、一羽の鷹が上空から降りてきた。
「へへー♪今日も凛々しいじゃないのースフラット♪ゴロイを呼んで来て?」
スフラットと呼ばれた鷹は、その指示を聞くと、再び空へと飛び立って行った。
「ヤバい…ティミーちゃん。今日で大金持ちの予感?」
女盗賊・ティミー。
この都ではちょっとした有名人である。
仲間と連む事はなく、常に一人。
通り名は『鎌鼬』で、その素早い動きでなかなか捕らえる事が出来ないので、兵士達も手を焼いている。
「さて、アイツらが来るまで、もう少し探索してよっと♪」
ティミーは、再び鼻歌を歌いながら、屋敷の中を物色し始めた。
* * *
「レウター様!失礼します!」
「───ああ。ハイゼル君か。入りたまえ」
城の者でも、数人しか訪れる許可を得られないレウターの部屋にハイゼルは入る。
「レウター様…お話が───」
「ランダの事かな?いいでしょう。何が聞きたいですか?」
「───〝竜〟についてです」
「ほう…。それなら私よりも〝バリアス〟の方が詳しいと思いますよ?バリアスを訪ねてはどうかな?ハイゼル君なら、バリアスの部屋にも行けるだろう?もう直ぐ、君も〝五将〟の仲間になるんだからね」
だが、ハイゼルは首を振った。
「その事も踏まえて、レウター様にお話があるのです」
「なるほど…座ってくれたまえ」
「失礼致します」
ハイゼルは近くにある椅子に腰掛けると、単刀直入に切り出した。
「率直にお聞きします。レウター様は、あの事件の裏に蠢く〝何か〟について、確信をお持ちですよね…?私は真実が知りたく、失礼を承知でお伺いしました」
ハイゼルの額から、一筋の汗が流れる。
レウターは、ハイゼルの力を見抜いた張本人であり、親しい間柄ではある…だが、間違ってもそこには『位』があり、レウターとハイゼルの間には、越えても越え尽くせぬ程の『壁』があるのだ。遥か高みの存在、それが『五人の将を統べる者、レウター・ローディロイ』なのである。
そんな遥か高みの存在が、自分を構ってくれるのは大変有り難い事だが、それ故に、発言や行動には慎重にならなければならない。下手をすればこの場で首が地面に転がる…そうなってしまう事も十分にあるのだから。
「ふう…やはり、君はなかなかに〝面白い〟ですねぇ…いいでしょう。君だけに、私が感じた〝何か〟について、お話ししましょう…」
そして、ゆっくりと、レウターは語り始める。
この世界に今、何が起きているのか、を───。
【続】