〖第十八話〗私、残念でした
「ここなら問題ないでしょう」
ロブソンはあの屋敷から離れた『南区域』に建てられている『ある家』の前に来ていた。差ほど広くなく、二人いれば掃除等も事足りる、二階建ての小さな家だが、ロブソンにとっては少し思い出深い家である。
「この家も、随分と小さくなりましたか…」
それは、家が小さくなった訳ではなく、自分が大きくなった…という意味だ。それ程に、ロブソンとこの家は親密な関係にあるのだろう。ロブソンは家の扉の把手を、大切そうに撫でる。その表情には、先程ディレザリサ達と相対した表情ではなく、心穏やかな、それでいて少し寂しそうな表情を浮かべていた。
この家は、ロブソンが育った家なのだ。
「少し古い建物ですが…それは許して頂こう…」
この家が、誰かにの持ち物になるのは少し寂しい気もするが、家というのは人が住んで、始めてその真価を発揮するものだ。こうして眺めるだけでは、この家も喜ばないと、ロブソンは踵を返して、ディレザリサ達がいる屋敷へと足を急いだ。
道中、何やら騒ぎが起きていた。ロブソンは何事かと近くにいた男に訊ねた。
「暴行事件だってよ。身ぐるみ全部剥がされてやがる…まだ息をしてるらしいが」
この都も最近は物騒になって来たか…と思いながら、野次馬達を掻き分けて、円の中心に倒れている人物を見た。
「んなッ…アリアンナ!?」
どうしてアリアンナがこんな所で、しかも裸で倒れているのだろうか。きっと兵士が布を用意してくれたのたろう。アリアンナの身体には黒い布が巻かれている。そして、兵士達はアリアンナを担架で運ぼうと乗せた。
「お待ち下さい!これは…一体何が!?」
「ん…貴方は確かグラーフィン家の執事か?では、この女性は…」
「はい。私の部下にあたる人物で、アリアンナと申します」
「そうか…。アリアンナさんは、持ち物を全て奪われ、数箇所に打撃痕有り…きっと〝奴ら〟に目を付けられ、攫われたが抵抗し、この有様になったのだと推測される…所で、貴方は今までどちらに?」
兵士はロブソンに訊ねた。
「私は、ハイゼル様のご友人方を、この近くにある家へ住まわせる為に、あの家へ行っていました」
ロブソンは、今来た道の奥に指を指した。
「それで、状態も良好だったので、急いで屋敷に戻るはずだったのですが…その屋敷に向かっていたアリアンナがどうして此処に…ま、まさか」
「───その可能性は高いでしょう。私も一緒に参ります。行きましょう!おい、お前達はその女性を病院へ運べ!私はこの執事と共に屋敷へ向かう!」
兵士は「行きましょう」と走り出そうとした。
「少しお待ち下さい。もしハイゼル様をお見掛けしたら、この事をお伝え願いますか?」
奥の、アリアンナを担架で運んでいるもう一人の兵士に訪ねると、「会えたら必ずお伝えする」と約束してくれた。
「すみません。では、参りましょう!」
ロブソンと兵士は、走って屋敷へと向かって行った。
* * *
一方、ディレザリサ達にも危機が迫っていた。
「フローラ。何か来る」
「何かって…何が?」
「男が六人か…あの風貌からするに、お客様じゃないようだな…」
屋敷の外、六人の男達が屋敷に向かって歩いて来る。
「そうなの…誰だろう?」
「あまり流暢に事を構えている訳にもいかないようだぞ。フローラは上の階にいるアリアンナに声を掛けてくれ。私はあの男達と話をつけてくる。その隙に、この屋敷の裏から逃げろ」
「わ、分かった!!」
フローラは駆け足で部屋から出ると、階段をドタドタと登って行った。
「さて…楽しくなって来たではないか…丁度、苛々していた所なんでな…」
ディレザリサは屋敷の正面の扉から出ると、これからこの屋敷に来るであろう六人の男達を見た。男達もどうやらディレザリサに気付いたらしく、ニヤニヤと笑いながら近付いて来る。そして、門の前まで来ると、容易く門鍵をこじ開けた。
「おやおや、こりゃご丁寧に出迎えありがとうございます…アハハッ!!」
六人の男の内、最も体格が良く、力が有りそうな男は、嫌味垂らしく笑う。
「兄貴。〝鎌鼬〟の奴が合図してたのは、コイツですかね?」
こちらは如何にもザコと言える、ヒョロっとした体型で、腰にナイフを数本仕込み、方には大きな麻袋を二枚担いでいる。
「おい。ここの当主は何処だ」
兄貴と呼ばれた男と、ザコの間から顔を覗かせたのは、左目に大きな傷がある男だ。
(ほう…少しは出来そうな奴がいるな…)
「おい〝番犬〟。それじゃ小猫ちゃんが小便ちびっちまうぜぇ?」
更に奥から銃を構えた男達が三人現れる。その中でも声を発した者が、『番犬』と呼ばれた男の肩を叩いた。
「なぁ…お嬢様よぉ…?あまり抵抗してくれるのなよ?〝商品に傷が付いたら売り物ならねぇ〟からな?」
「なるほど…お前達は〝奴隷売人〟か」
ディレザリサは不敵に笑う。
「なんだ、てめぇ…そんな余裕ぶっこいて、怖くねぇのか?」
「怖い…?私がお前達を…か?羽虫に毛が生えた程度の分際が怖いと?」
「おい…言葉には気を付けろ」
ディレザリサに三つの銃が向けられた。
「あと一人いるんだろ?何処にいやがる」
兄貴と呼ばれた男が、ディレザリサに詰め寄って来る。
「さぁ…知らんな」
「そうか…んじゃ、屋敷の中を探し───ッ!?」
急に、腹を抉られるような衝撃が襲い、兄貴と呼ばれた男は数メートル吹き飛ばされた。
「───グホェッ!!」
「あ、兄貴!?」
仲間達が兄貴に駆け寄る中、左目の傷の男だけは、ただディレザリサを睨んでいる。
「お前はそこに転がってる〝ゴミ〟を気遣わないのか?」
「───何を、した?」
「さあ?そこに転がるゴミが、ただ転んだだけではないか?」
「なるほどな…」
ただ一言、それだけ呟き、剣を抜いた。
「おや…珍しい剣だな…剣の刃の中に〝聖石〟を埋め込んである剣は、始めて見るぞ…?」
「少し違う。コイツに埋め込まれているのは聖石ではない…〝魔石〟だ。この剣の名を〝魔剣・ケルベロス〟と言う」
(魔石…?あれが魔石か…然し、剣の名がケルベロス…そして番犬か…安直だな)
「悪いが、アンタには死んでもらうしかないらしい。おい、お前達、それでいいな?」
後ろを振り向かず、そう吐き捨てる。
この男は理解した。
今、向き合っているのはただの少女ではない、と。
故に、目を離した瞬間、殺されると。
(なかなかの洞察力だが…その程度か…つまらん)
「ならば殺してみせろ。私をな?」
「行くぞ───ッ!!」
脱兎の如く地面を蹴り、一瞬にして間合いを詰め、横に一閃、剣を振った。だが、その刃がディレザリサに当たる事はない。
(消え、た───?)
「何処を見ている?」
「───ッ!?」
一瞬、この少女は確かに消えた。だが、今、目の前にその姿がある。
「化物か…ならば使うッ!!魔石解放!!」
剣の刀身に埋め込まれた石が、禍々しいオーラを放つと、剣を包み込んだ。
「───なんだ、それだけか?」
「余裕を言っていられのも、今のうちだ!!」
もう一度、地面を蹴って間合いを詰め、今度は上段からの袈裟斬りを放つ。
(何の芸当も無い…)
ディレザリサはその一撃をひらりとかわした…のだが、その後から二つの黒い刃が追って振り下ろされる。
(ほう…なかなかだが…甘いな)
傷の男はこの一撃で、ディレザリサを斬り捨てたと思った。
然し──────
「な、何故だ…何故当たらない…!?」
ディレザリサはその刃すら、軽くかわして見せたのだ。
そして──────
「残念だったが、ここまでみたいだぞ?」
「な───ッ!?」
魔剣ケルベロスの刀身に纏っていた、暗黒のオーラが跡形もなく消えていた。
「魔石…というには程遠い偽物だ。少し力を入れれば粉々に砕ける…こんな具合にな?」
次の瞬間、刀身に埋め込まれていた魔石は、粉々に砕け散り、空気中を漂って消えた。
「け、ケルベロスが…壊された…だと?」
呆気無い終わりだった。
傷の男は戦意喪失し、その場に崩れる。
そして、後ろで二人の戦いを見守っていた男達も、この状況がどういったものなのか、実感したのだろう。
これが邪竜と人間との、埋まらない溝。
圧倒的な力の差である──────。
だが、この形勢を全く危機と感じない者がいた。
「はいはい、そこまでねー?」
ディレザリサが後ろを振り向くと、そこには刃物を突き立てられたフローラと、アリアンナの姿があった。
「大人しく、しててくれるよねぇ…お馬鹿さん?」
【続】




