不自然な点
金井が去っていく佐久間先輩を廊下まで見送り、姿が見えなくなるのを確認すると戻ってきた。
椅子に戻ると紙コップにお茶を注ぎ口をつけ一息つく。
「さて、一息つきましたら早速打ち合わせといきますか」
「そうですね。今回はちょっと厄介そうですから、入念な打ち合わせが必要ですね」
「……厄介なのか?」
依頼主がいなくなり、はりつめた空気が無くなったので俺は机に置かれたマカロンを頬張りながら聞いた。
「水澤君は県外から来たので分からないかもしれないですが、ちょっと引っ掛かるところがあったです」
「図書館の所?」
月城は紅茶に口をつけながら聞いた。
「私もそこが気になりました。市立図書館って言ってましたよね」
図書館がどうしたのかと疑問を浮かべていると、月城がデスクから白紙の用紙を一枚持ってきて、何やら書き出す。
「転校してきたばかりだから分からないと思うけど、こっちで図書館と言ったら、市立図書館と県立図書館の二つがあるんだよ」
市立と県立と書いた建物を紙に描くと、二つを線で結び、線に四本縦線を入れる。
「県立図書館はF駅から徒歩十分くらいの所にあって、市立図書館はそこから五つ先松木駅にあるんだよ」
松木駅は知らなかったが、F駅なら知っていた。新幹線も止まる街中にある大きな駅だ。図書館の横に駅名を書き丸で囲む。
「それから時風と清心高校の場所がこれ」
市立図書館からさらに線をつけたし、縦線を二本書き足し、時風と書かれた学校らしき絵を描く。
俺に分かりやすいように絵で教えてくれる辺り、やはり月城は親切なやつだな。
「時風はF駅から八駅先で、市立図書館からは三駅先にある。そして……」
今度は県立図書館の横に清心と書かれた学校らしき絵を描く。
「清心高校はF駅の近く徒歩県内にある。もちろん県立図書館にも徒歩で行ける距離にあるんだよ。どうだ? 分かったか?」
と、言われても。俺がこの絵からわかったことと言えば……。
「お前、絵下手だな」
「……ッ! それは今関係ないだろ!」
月城が書いた位置情報の地図は線は波打ち、建物の絵は潰れた段ボールのようによれていた。シンプルなのに、絵の下手さが全面に溢れていた。
「いいか、僕が言いたいのは、通っている学校の近くに、蔵書数も市立より豊富な県立図書館があるのになぜ市立図書館に行ったのかと言うことだよ」
俺は腕くみし情報を整理する。
「まあ、確かにそうだけど、西根の家が市立図書館に近いからじゃないのか?」
俺の発言に金井が答えた。
「その可能性は限りなく低いと思います。まず一つ目に佐久間さんは中学の時から放課後は殆ど毎日市立図書館に行っていたんです。つまりは学区内に市立図書館が会ったと言うことです」
「……当たりです。佐久間先輩の中学は松木駅の近くです」
パソコンを弄りながら日向は答えると、パソコンの画面を俺達に見せる。
そこには三年一組データと書かれ、名前と部活、中学名、連絡先が打ち込まれていた。ちなみに佐久間先輩は帰宅部のようだ。
「次に西根さんの中学を佐久間さんが知らなかった。学年は違っても一年下の生徒の顔なら多少は見覚えがあるはずです。けれど知らないとなると、学校が違う可能性が大ですね」
「ちなみに付近の他の中学から市立図書館に向かう場合、徒歩で三十分以上は間違いなくかかるです」
金井の情報の補足をした。
「水澤さんなら蔵書数も豊富な学校から徒歩で十分程度の県立図書館と、蔵書数で劣る家から徒歩三十分以上はかかる距離にある市立図書館のどちらに行きますか?」
この質問には考える必要はなかった。
「県立に行くな」
即答する。
「それなのに西根さんは私立図書館に来ていた。ここが引っ掛かるんです。さらに……」
金井は月城からペンを借り紙にある言葉を書き足す。清心高校の横に、市内トップの進学校と。
「清心は進学校です。うちより偏差値も高いですし、真面目な生徒が大半を締めます」
「因みに男子校です。男の花園です」
今度は必要なのか不必要かは分からないが、うっとりした顔で補足した。
「……ああ、そうか」
月城が何かに気づいたかのように声をあげた。
「進学校の生徒なのに……天麩羅が読めないのはおかしいね」
「ええ。まあ、進学校でも茜みたいな馬鹿もいますから、必ず読めると言うわけではありませんが、やはり引っ掛かりますね」
「……」
俺は友人を馬鹿呼ばわりする貴女の方が引っ掛かりますね。
「僕は西根君の髪の色も引っ掛かるね。清心みたいな進学校に髪を染めている生徒はまずいないはずだよ」
「……」
確かに西根は焦げ茶色の髪をしていたが……少し前まで赤い髪を見た後だとその感覚も鈍るな。
「話を要約すると……どう言うことだ?」
図書館の事と言い、髪の色や漢字が読めなかったからどうだと言うのだ。
「つまりです……西根さんは本当に清心高校の生徒なのかって言うことです」
「えっ?」
俺は間抜けな声をあげる。違う学校の生徒ならなぜ偽る必要があると言うのだ?
「大抵の浮気問題なら、相手の学校を張って跡をつければすぐに尻尾を掴めるですが、今回は学校が違う可能性が大……厄介です」
厄介と日向は言っているが、顔は遠足前の小学生のように、楽しみを圧し殺せずにいた。それは日向だけでなく月城もそうだった。
そして……書く言う俺も、あんなにも探偵倶楽部に入るのを拒み、脅されて無理矢理入れられたと言うのに……佐久間先輩には悪いが胸の高揚を抑えられずにいた。
これから何が起き、何を行うのか想像すると、俺の胸は更に高鳴っていった。




