役割分担
「それで、今回の役割分担はどうするですか? 水澤君も増えた事だし少し弄るですか?」
日向の質問に金井は唇の下に指を当て宙を仰ぐ。
「そうですね……今回は基本はいつも通りの役割分担にして、状況に併せてフレキシブルに変動させましょう」
「了解です。それなら私は西根君の学校を探ってみるです」
日向は四人並びの狭い席から、向かいの空いた席に移ると、机の上を広く使いキーボードを弄り始める。画面を見つめる目は真剣そのもので、まるでゲームのボス戦に挑む子供のような目だった。
「それでは私達は水澤さんに役割の話をしましょうか。私一人の説明では伝わりにくい点があるかもしれませんので、月城さんにもお手伝いをお願いできますか?」
「それはもちろん。けど、祥子ちゃんの説明で伝わらなかったら、それは水澤の理解力が乏しいからだよ。馬鹿なだけだから、祥子ちゃんに落ち度は一切ないからね」
親切なやつと言う思いは瞬く間に消え失せた。意地でも理解してやるからな。
「まず探偵部の役割は大きく二つに分けることが出来ます。それは調査と情報収集です。調査は尾行張り込み、場合によっては潜入する事もあります。情報収集は今、彩香がやっているように、パソコンを使ったり、聞き込みをして情報を集めます」
話だけ聞くと探偵事務所のようだなと俺は思った。
「因みに水澤さんを除いた五人には得意分野の関係で役割は大体決まっておりますね」
金井はそう言うと白紙の用紙を取りだし、俺も含めて六人の名前を書いた。
「まず先に調査の詳しい説明をしますね。調査を担当するのは茜と月城さんの二人です。茜は尾行と張り込みを得意としています。視力が2.0ありますし、離れた位置から対象を観察できますので尾行張り込みのスキルは部内随一ですね」
木ノ実の名の横に尾行張り込み係と書く。
話と目で確認できるので、俺は大いに助かった。もう一度教えてなんか言ったら、月城に馬鹿認定されてしまうからな。
学力には自信がある分、それだけは避けたい。
「次に月城さんですが、尾行張り込みも得意ですが、一番は潜入調査に秀でていますね」
そこで俺は疑問が湧いたので口を挟む。
「潜入調査って何するんだ?」
「言葉の通り、潜入しますよ。例えば浮気調査で対象がアルバイトをしているならそこで働いたりしますね。月城さんは社交的な性格なので、すぐにアルバイト先の方と打ち解けて情報が集められるんです」
社交的って……嘘だろ。俺なんか出会ってすぐ馴れ合う気はないと言われたし、射殺すような目を向けられたぞ。
名前の問題を差し引いたとしても、それは嘘だろ。
「なんだよ」
俺の疑惑の目に気づいた月城がじろりと睨み返す。
「その社交性を俺にも向けろよ」
睨み返す人間が社交的なはずない。
「君に向ける社交性だけは残念ながら持ち合わせていないね」
ふんと鼻を鳴らし言いきる。
そんな俺達を金井は楽しそうに見つめる。
「仲が良くて本当に微笑ましいですね。お二人が組んだら良いコンビになりそう」
ふふふと笑うと金井は月城の名の横に、潜入調査係と記入した。
「それでは次の説明に進みますね」
睨み合う俺達を意にもとめずに話を進める。
「次は情報収集ですが、こちらは私と彩香が担当しています。彩香は主にパソコンを使っての調査がメインになりますね」
「です」
話を聞いていたのか、日向が手をあげ答えた。
「パソコンを使ってって、主に何をするんだ?」
作業中の質問は失礼かと思い、俺は金井に聞いた。
「それは対象の情報を収集するんですよ。今の時代インスタグラムやブログにツイッター、コミュニティサイトといった個人や集団の情報を発信する媒体は多くあります。例えば今、彩香が何をしているかと言うと、西根優人さんの名で情報がないか徹底的に探っています。見つけたら本人、またはその友人に近づき、情報を収集するんです。会って直接聞くよりも、ネットでなら人の口は簡単に開いてしまうものだから」
俺は金井の説明を聞き、火乃がどうやって俺を調べたのか、理解した。
俺自身はツイッターやブログなんかやった事もないが、俺のクラスにはやっているやつが何人もいた。いくら箝口令を敷こうが、人の口に戸は立てられないものだ。
一つ謎が解けたことは嬉しかったが、それよりも以前の友達が簡単に口を開いたかもしれないことが悲しく、俺は拳をふっと疲れたような笑みを浮かべる。
「彩香はパソコン、携帯を活用し対象の情報を聞き出すスキルが群を抜いて高いんです」
話をしながら日向の名の横に情報収集処理係と記入する。
「そして最後は私ですね。私の役割大きく二つに別けられます」
「二つ?」
今までの話し口とは違い、俺は口を挟む。
「一つ目は聞き込みによる情報収集です。対象の周りの方にお会いしお話を聞きます。二つ目……これは調査でも情報収集でもないのですが、指令通達係をやらせていただいています」
金井はそう言うと名前の横に指令通達係と書いた。聞き込みよりもこちらがメインのようだ。
「指令通達係とは、その名の通り、指令通達を行います。皆さんに指示を出したり、情報を精査し操作方針を固める役割にあります」
つまりは司令塔みたいなものなのだろうな。
金井は話しきったと言う感じに紅茶を一口飲み喉を潤すとふーと一息ついた。
「各々メインとする役割はあっても、それだけをしているわけではないよ。僕が情報収集する時もあれば、彩香ちゃんが尾行することもあるし、全部できるようになる事が理想だからね」
月城が補足してくる。
とは言われたものの、俺に何が向いていて何が出来るのだろうか。普段携帯を使い調べたりもほとんどしないし、パソコンなんか弄った経験も授業で数えるほどだ。ましてや尾行や張り込みの経験なんてもっての他だ。
火乃は俺に何をさせたくてこの部活に勧誘したんだろうか。
書かれた火乃の名前を見ながらそんな事を考えていると、ふと疑問が湧いた。
「……なあ、火乃の役割は何なんだ?」
説明では上がって無かったので俺は聞く。
「真夜姉様は特にはないですね。と言うよりもご多忙のため部活に顔を出すのも稀ですからね」
多忙と言うとバイトでもしているのだろうか? 高校生が多忙だとすればそれは部活か勉強か恋かバイトのどれかだろうな。
「もし役割を挙げるんだとしたら……安楽椅子探偵ですかね」
「安楽椅子探偵?」
知らない単語というわけではないが、俺は聞き返した。
今まであがった役割は現実的な物だったと言うのに、火乃の役割はミステリー小説の登場人でしかあり得ないような物だった。
安楽椅子探偵。
ミステリーを多少読んだことがある人なら大抵は知っているだろう。自分から捜査に赴かず、話を聞き推理を組み立て謎を解く者のことを言う。
しかし……犯人当てや、トリックを見破るならともかく、浮気調査の依頼が中心だろうこの部に安楽椅子探偵の出番などあるのか?
「安楽椅子探偵の意味くらいは知っているけど、この部では何をするんだ?」
疑問を投げ掛ける。
「そのままの意味です。座って依頼内容を聞けば、真夜姉様ならすぐに答えに辿り着けます。もちろん情報が少なすぎる場合には調査に赴いたり、私達に不足した情報を調べさせたりもしますが、基本は聞くだけでなんでも解明しちゃいますね」
なんだその才能は。
にわかには信じられなかったが、金井に嘘をついているようすはないし、横で月城も頷いている。鵜呑みにはしないまでも、安楽椅子探偵の役割を十分担ってはいるのだろう。
「だけど、そんな凄いことが出来るなら、俺をこの部に入れる必要はないんじゃないのか? そもそも、部長とあと数人部員がいれば事足りるんじゃないのか?」
そう聞くとリズミカルな打刻音がやんだ。日向が手を止めたようだ。
何か不味いことを口走ったのかと思うと、金井が口を開いた。
「確かに真夜姉様一人でも大抵の事件は解決出来ますね。実際に一昨年までは一人で事件を解決していましたから。けれど、来年は如何しますか? 真夜姉様も卒業してしまいます。私達は真夜姉様の替わりとなり事件を解決していかねばならないのです」
「来年には私達も後継者探しをするですよ。一時の平和ではなく、未来永劫続く平和を維持する部にするためにも私達は部長に近づけるよう切磋琢磨し、そのノウハウを後輩に引き継がなければならないです」
「後輩にか。だったら俺なんかじゃなく、一年を部に入れるべきじゃないのか?」
「一年生は私が色々調べてはいるですが、今のところ入れそうな人材はいないですね」
日向は言うと唇を尖らせ続けた。
「むー。嬉しいような残念なような気持ちです」
嬉しいような残念なような?
残念は分かるが嬉しいようなの意味がわからない。俺はどう言うことか聞こうと口を開こうとすると、それよりも先に金井が口を開き、話を進めた。
「話が反れましたね。一通り部員の役割紹介は済みましたので、次は水澤さんに何をやってもらうかの話をします」
「……ああ」
俺は聞こうとしたこと言葉を飲み込んだ。あとで聞けば良いだろう。
「調査か情報収集のどちらをメインにやって貰うかですが、水澤さんには調査をしてもらおうと思います」
調査と言うと、尾行や張り込みの方だな。
「当分は月城さんの補助につきながら、やり方を習ってくださいね」
「えっ」
月城が嫌そうに声をあげる。
「なんだよ。嫌なのかよ」
「嫌に決まっているだろ。同じ部に入るのは仕方ないことだとしても、君の指導につくなんて……想像しただけで吐き気を催すよ」
「いくらなんでも言い過ぎだろ」
「言い過ぎ? これでも何重にもオブラートに包んで言っているよ」
ふんと鼻をならし、不愉快そうに言う。その態度にさすがの俺もこめかみに血管を浮かべる。
「それじゃあ、お前のオブラートはよっぽど薄いんだな。そんな薄くちゃ薬を飲むことは出来ないな。直ぐに捨てて新しいオブラートを買ってきたらどうだ」
「物の例えって言葉を知らないのか? それすら理解できない馬鹿にどうやって指導すれば良いのかな?」
見下した目を向けてくる。座高の高さの違いで実際はやや見上げてだけどな。
俺の皮肉に直ぐに言い返してきやがった。それも何倍もの皮肉を込めて。さらにもう一つ血管が浮かび上がる。
「お前……口が悪いな」
「頭が悪いよりはましだと思うけど」
瞬時に言い返してくる。
ぐっと拳を握り込み、怒りを抑える。
すると月城はまた鼻をすんとならし付け足した。
「あと、顔が悪いよりは遥かにましだね」
「ちょっと顔が良いからって、俺の顔を馬鹿にしすぎだろ!」
それから俺は決して不細工ではない。どちらかと言えば、目付きは鋭いが、いけている顔の部類に入るはずだ。きっと。多分。メイビー。
「僕がいつ馬鹿にした? 君とは言っていないだろ」
「言ったようなもんだろ」
叫び、勢いよく立ち上がり月城を見下ろす。
「そう捉えたのならば、君自身が自分を不細工と捉えているんじゃないのか?」
月城も立ち上がり睨んでくる。
「ッ!」
睨みは鋭いがそれ以上に言葉が鋭く俺に突き刺さる。
的を射すぎている。ヤバイ。心が折れそうだ。
俺は必死に何か言い換えそうと考え小学生の口喧嘩のような言葉を放つ。
「ちっ、チビよりはましだろ」
「……ッ!」
とたん月城の顔が歪む。苦痛や悲しさの歪みではなく、眉間にシワを寄せた、般若のように。
「てめぇ……言って良いこととわりぃ事があんだろうが」
ぼそりと呟くように言ってくる。
「……えっ?」
表情以上に変化した口調に驚き声をあげると、向かいの席に座る日向が、テーブルを叩きながら急に立ち上がる。
「うるさいです。集中できないです。シャラップです」
日向が早口で捲し立てると、ポケットに手を突っ込み、スタンガンを取り出す。
「黙らないと黙らすですよ」
「……すいません」
「……ごめん」
俺達は同時に謝り、静かに座る。苛つきが現れた目が、嘘や冗談ではないと語っていた。




