彼とはどこまで
「もういいかい?」
覗き込む俺に聞いてくる。ああと答えると、月城は携帯を佐久間先輩に返した。
「ありがとうございます」
月城は軽くお辞儀する。
佐久間先輩は礼儀正しい人なのかお辞儀を返した。頭を下げたその時、佐久間先輩はちらりと視線を左手の時計に送った。時間を気にしているのだろうかと思い俺はデスクの後ろの時計を確認する。時刻は四時を回った所だった。
「話しにくいかもしれませんが、次はどうして浮気しているかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
金井の質問に佐久間先輩は出会いを話したときとはうってかわって、顔を暗く染め上げる。
「……はい」
唇をグッと噛み締めると辛そうに言葉を紡ぎだした。
「十日くらい前から……連絡が取れなくなりまして……。何かあったんじゃないかと思い、電話をしたんですが……それにも出なくなったんです。怪我や事故にでも会ったんじゃないかと思っていたら……一昨日……駅前で彼を見たんです」
会ったじゃなく、見たと言ったことから俺は何を見たのか想像がついた。浮気の依頼をしてくるんだ、見るものなんか浮気現場の一つしかないだろう。
「彼は女の人と……手を繋いで歩いてました。最初は遠かったので見間違いかと思いましたが、隠れながら少し近づいてみると……間違いなく彼でした。声をかけようと思いましたが……怖くて……その場から走って逃げました。一緒にいた人が誰か聞きたくて……何度も連絡しようと思いましたが……やっぱりそれも怖くて聞けなかったんです……」
話の途中から佐久間先輩は目を潤まし、言い終えると瞳からは大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「辛かったのですね」
金井はポケットから白いレースのハンカチを取り出す。
「使ってください」
「……ありがとうございます」
受け取り涙を拭く。
「佐久間先輩……辛いかもしれないですが……もう一つ質問させてくださいです」
「……はい」
辛そうに返す。
「彼とはどこまでしたですか?」
「えっ……」
驚き目を大きく開くと、佐久間先輩はみるみる顔を赤く染め上げ俯いた。
その様子に俺まで恥ずかしくなっていく。どこまでって……そりゃあ答えにくいよな……。
「あの……その……きっ…………キスを…………しました…………」
そう言うと、先程まで涙を拭いていたハンカチで顔を覆った。
キスか。いいな。キスの味なんか知らない俺が本当にレモンの味がするのかなと馬鹿な想像をしていると、日向はさらに踏み込んだ。
「それはいつくらいの話ですか? 何回しましたか? それ以上させてと言われたり、それ以上の事をしようとして来たりはしませんでしたか?」
矢継ぎ早に質問を浴びせかける。
これで日向が興奮したような素振りを見せていればセクハラ確定なんだが、鼻息荒く俺のボタンを外そうとしていた女と本当に同一人物かと思うほど日向は落ち着き、真摯な目で聞いていた。
「あの……その……キスは…………付き合って一週間記念の日にしまして…………それからは……会うたびに……………………しました……」
「それ以上の性行為の要求はどうでしたか?」
日向はさらに踏み込んだ質問をした。
「えっと……それは……なかったと思います」
日向の質問に耳まで赤くし佐久間先輩は答えた。
「キス以上の事は……学生ですので……してはいません」
「ないですか」
キーボードを打つ手を止めると、少し驚いたような顔をし、ちらりと金井に視線を送る。
「佐久間先輩、お話ありがとうございます」
金井が深々と頭を下げる。続くように日向と月城が頭を下げたので俺も慌てて下げる。
「最後に確認をさせていただきます。今回私共探偵倶楽部は西根優人さんが浮きをしているかどうかの調査をし、その報告を佐久間先輩に伝える。これで間違いありませんか」
「あっ、はい。間違いありません」
「畏まりました。それでは今の内容で依頼を受理させていただきます。調査は早ければ数日で終える事もありますが、場合によっては一週間以上掛かることもありますのでご了承ください」
金井は頭を下げる。
「はい。よろしくお願いします」
佐久間先輩も頭を下げる。
「それでは本日より調査を開始させていただきますが、不明点など聞く場合ありますので、連絡先を教えていただけますか?」
金井の言葉に日向が続く。
「あと、調査に西根君の画像を使わせて貰いたいので、このアドレスに連絡先と一緒に送って貰えないですか?」
ポケットから携帯を取り出すと、佐久間先輩に見せる。アドレスが表示されているのだろう。
「わかりました」
佐久間先輩は自身の携帯をいじると、少しして日向の携帯が振動した。
「……ありがとうです」
画像を確認すると一礼する。
「それと、もう一つお願いがあるです。西根君と連絡が途絶えた前後のメールを見せて貰えないですか?」
「えっ……メールですか?」
戸惑った表情を見せるが、暫く考え佐久間先輩は日向に携帯を渡す。
「ありがとうです。写真を撮っても良いですか?」
「……はい」
そこから日向は画面をスクロールしながら写真を何枚か撮り、携帯を返した。
「協力感謝するです」
受けとると佐久間先輩はまたちらりと腕時計に視線を送る。
「いいえ。お願いしているのは私の方ですから、出来うる協力はしますので……よろしくお願いします」
深いお辞儀をし佐久間先輩は部室をあとにした。




