浮気調査のご依頼
俺と月城は席を移り、日向の横に並んで座る。
四人が横並びになると、若干きついが俺は文句を言わずに向かいに座った女子生徒を見る。
セミロングの黒髪に化粧っ気のない顔。指輪やブレスレットはつけておらず、革のベルトの落ち着いた雰囲気の時計だけが彼女を着飾っていた。
金井には遠く及ばないが、それなりに整った顔立ちはしているのだか、少し俯きがちで顔には影を落としていて、暗くて地味な印象を受けた。
「本日は部長の火乃が多忙で不在ですので変わりに副部長である私金井が話を聞かせていただきますが、宜しいですか?」
どうやら金井は副部長だったようだ。だから進行役を担っていたのか。
「あっ……はい」
答えながらも地味な女はちらりと俺を見た。何だろうと見返すと、女は慌てて視線を反らす。
「ご安心ください。こちらの水澤は新入部員でありますが、ちゃんと指導していますので、知った情報を外に漏らすことはありません。勿論他の部員も秘密は厳守させていただきます」
俺はなんの指導も受けてはいないが、嘘も方便。その言葉で女の顔に安堵の色が現れる。
「お話の前にお茶をお出ししますね」
金井は横に置いたバックからさっきとは違う形の水筒を取り出すと、お茶を注ぎマカロンと一緒に女の前に置いた。
「緊張せずにお茶でも飲みながらお話ください」
柔和な笑みで緊張をほどくように語りかける。
「あっ、いただきます」
女は口をつける。
「ハーブティーですね。美味しいです」
「お口に合って良かったです」
金井は席に戻ると、笑みを送る。
「それで……本日は如何しましたか?」
「あの……もしかしたら勘違いかもしれないんですが……私の彼が……………………浮気をしているような気がしまして……」
言いにくそうに女が語った。
現実の探偵の以来内容の大半は浮気調査らしいが、俺は想像していた依頼との違いに衝撃を受けた。
いや、殺人事件の犯人探しや、ダイイングメッセージを解けとか、推理小説的な依頼を想像していたわけではない。ただ、もっとライトな依頼……例えば図書室にある上下巻の上巻がないや、校長室のトロフィーが一つだけ欠けている謎とか、学園ミステリーで起こるような謎を想像していた。
俺が驚き目を見開いていると、右隣に座った月城が俺の足を踏みつける。
「……ッ」
痛みと驚きで小さな声をあげると月城が俺に小声で言った。
「顔に出すな。不安にさせるだろ」
「……」
俺の声に反応した依頼主が不安そうな顔を送ってくる。
「すいません。座り直そうとしたら謝って足を踏んでしまいまして」
俺に見せる不機嫌そうな顔とは大違いな、爽やかな笑みを浮かべ月城は言った。美女と間違えるほど美しい月城の笑みに女は恥ずかしそうに俯いた。
「ボーイフレンドが浮気をしているかもしれないとの事ですが、詳しくお話を聞けますか?」
金井が話を戻す。
「……はい」
女が戸惑いがちに答える。
「それではお話を聞く前に一つ了承をいただきたいのですが……」
金井はそう言うとちらりと日向を見る。
「失礼するです。私は部員の日向と言うです。もし佐久間先輩の依頼内容に誤りがあってはいけないので、メモ、記録を取らせていただきたいのですが、宜しいですか?」
「えっ……はい。大丈夫なんですが……あの……私の事を知っているんですか?」
了承をしながらも、佐久間先輩と呼ばれた女は不思議そうに聞いた。節点がないであろう日向から名前を呼ばれた事が不思議なようだ。
「一年生はまだ完璧ではないですが、二、三年の生徒なら全員の顔と名前とクラスくらいなら覚えてるですよ」
答えながら椅子の後ろに置いたフェイクレザーのバックから小さなノートパソコンを取り出した。大きさはB5用紙くらいの大きさだ。
机の上に置くと開き電源を入れる。
日向はさらりと覚えていると言ったが、一学年二百人以上いることを考えれば中々の記憶力だ。俺には無理だろうな。
日向の意外な才能に驚いていると、パソコンが立ち上がったようで、カタカタ何やらうち始めた。
「準備は出来たです。お話をどうぞです」
「あっ……はい。えっと……何から話せばいいでしょうか……?」
佐久間先輩はおどおどした態度で聞いてくる。
口調も俺達の一学年上にもかかわらず敬語だった。小心者か引っ込み思案な性格なのかもしれないな。
困る佐久間先輩に金井が助け船を送る。
「それでは、ボーイフレンドのお名前、特徴など教えていただけますか?」
「あっ、はい。彼は西根優人君って言います。学生で清心高校の二年生です。特徴と言うと……優しくて……かっこいいです」
最後は照れたように頬を赤らめて言った。
「清心高校ですか。市内トップの進学校ですね。因みに名前は漢字ではどう書くですか?」
「方角の西に根っこの根。優人は……優しい人と書いて優人です」
指で漢字を描きながら答える。
「ありがとうです」
日向は返事をしながら画面を打ち込む。
「西根さんは部活動等していますか?」
情報を集めるためか、金井が質問する。
「いいえ、帰宅部と言っていました。あっ、でも中学校時代はバレー部で選抜にも選ばれたんだって言ってました」
「中学校はどちらの学校だったのですか?」
その質問に佐久間先輩は考え込む。
「すいません。それは聞いていませんでした」
その言葉に日向がピクリと反応した。
「因みに、西根君とお付き合いしてどれくらいですか? もし良ければなれ初めなんて言うのも聞かせてもらいたいです」
「なれ初めですか……」
照れて恥ずかしそうに俯く。
「付き合ったのは一月前で……出会ったのは付き合う一週間ほど前です」
思ったよりも最近の事だった。浮気と言っていたので、俺は勝手に長い付き合いを想像していた。
「彼とは図書館で出会いました。私がいつものように図書館で本を探していたら、彼が話し掛けてきたんです。確かあの本は夏目漱石の坊っちゃんでした。彼がこれってなんて読むか解りますかと聞いてきたんです。あまり男性に免疫がなくて最初はビックリしたんですけど……彼ったら可笑しいんです」
クスリと笑うと楽しそうに言った。
「天ぷらが読めなかったみたいで、困っていたんです」
天ぷら……ああ、天麩羅か。漢字で書けと言われればまず無理だが、読むくらいなら出来るな。
「それから坊っちゃんってどんな話かとか、好きな本の話を色々したんです。それで次の日も彼と図書館で会って色々話をしました。それから連絡先を交換して、毎日図書館で会うようになって……そうしたら……彼から一目惚れをしたんで付き合って下さいと言ってきたんです」
最後は恥ずかしいのか嬉しいのか自慢したいのか分からないが、顔を手で覆い身を悶えさせながら言った。
まあ、全ての感情が入り交じっているのだろうな。俺には佐久間先輩の話がのろけにしか聞こえなかったから。
俺は苦笑いしそうな顔を必死に押さえていると、金井が普段と変わらぬ顔でさらに質問をする。
「佐久間先輩は図書館によく行かれているようですが、西根さんとお会いした図書館は全て同じ所ですか?」
「あっ、はい。会った場所は全部同じ市立図書館です。家のすぐ近所なので、中学の時から彼と付き合うまでは放課後は殆ど毎日よって、本を読んだり勉強をしたりしていました」
話を聞き金井は日向にちらりと視線を送る。すると日向はコクりと頷いた。
「西根君の顔が分かる写真とかあるですか?」
「写真ですと……プリクラの画像とかでも大丈夫ですか?」
「それでもいいです」
「えっと」
佐久間先輩はポケットから携帯を取り出すと、彼とのツーショットの画像を表示し、恥ずかしそうにテーブルの上に置いた。
「これが彼です」
「失礼します」
金井は受けとり、日向と二人でじっと眺めると、月城に渡した。俺は横から覗き見る。黒の学ラン姿の男子と佐久間先輩が抱き合っている画像だった。
まあ、早い話がラブラブな画像だ。
佐久間先輩が言った通り彼はかっこ良かった。髪は濃い茶色に染めていて、黒ぶちの眼鏡をかけている。長めの髪のせいか少しチャラそうではあるが間違いなくイケメンである。背も高そうだ。
画像の下には初デート記念と書かれており、中の佐久間先輩は幸せそうな笑みをしている。




