ヤンキーのハンカチ
「……」
俺の心境とクラスメイトの心境がシンクロしたかのように無言の静寂が続いた。
「……いやいやいや、ハンカチくらい持ち歩くだろ。それ言ったら月城だってハンカチ持ってるぞ」
「月城君は見た目的に持ち歩いていてもおかしくないです。でも水澤君は見た目ヤンキーじゃないですか。ヤンキーはハンカチを持ち歩かない人種です」
とてつもない偏見のこもった発言だった。まあ確かに前の学校じゃ大半は持ち歩いてはいなかったと思う。俺だって自己紹介がなければ、今日は持ってきてはいなかっただろうが、流石にそれで犯人扱いは酷いだろ。
「俺はヤンキーじゃないが、ヤンキーにだってハンカチ持ち歩くやつくらいいるだろ」
目付きが鋭いせいかヤンキーに間違えられやすい俺だが、断じてヤンキーではない。しっかりとその点を訂正しつつ言い返す。
「いないです。零です。皆無です」
「いるよ。本格的な指紋採取までして調べ出したから、探偵倶楽部って凄いのかと思ったけど、ハンカチを持っているから犯人扱いって、滅茶苦茶だろ」
「ちゃんと筋道たった推理です。認めるです」
どんな筋道だよ。迷走しすぎだろ。
「やってもないのに認められるか」
「みんな最初はそう言うです。けど時間が経つと、良心の呵責に耐えられずに罪を認めるものです」
諭すような目を向けてくる。
おい、その目をやめなさい。イラッとするから。
諭す目をする日向を見下ろしながら俺はギろっと睨む。
端から見たら小学生を睨んでいる高校生の図に見えただろう。小学生は肝が座っているのか、ムッとした表情で俺の目を睨み返してきた。
睨み会う俺に金井が優しく声をかけた。
「私は下着が見つかれば良いので、正直に言ってくれたら怒りませんよ」
強い言葉よりも優しい言葉と言うものは、時として人を傷つけるものだ。ぐさりと来るな。
俺は突き刺さった槍を引き抜き、言われた通り、正直に答える。
「本当にやってないんだって。百歩譲って俺が犯人だとしたらどこに下着を隠したんだって言うんだよ」
「ロッカーや机の中。教室の中ならいくらでも隠せるだろ」
月城はまだ俺を犯人視しているようで、蔑んだ瞳を向けて言ってきた。
「じゃあ、さっさと教室中を調べろよ」
これだけの人員がーー29人ーーいるんだ。下着なんて目立つものすぐに見つかるだろう。
「その必要はないです」
日向は自信満々の笑みを浮かべる。まるで隠された場所に心当たりがあるような笑みだった。
「下着泥棒がそんなすぐ見つかるような場所に置くとは思えないですね」
「じゃあ教室の外にでも隠したって言うのか? そんな時間なんて無かったし、この学校に越してきたばかりの俺が隠し場所なんて知っているはずないだろ」
「いいえです、まだ隠せるところがあるです」
日向はニヤリと笑った。そしてその嫌らしく歪んだ目は俺の顔じゃなく胸に送られていた。
……嘘だろ。俺はその目線の意味を悟った。
「フフフ、下着泥棒の多くは身に付ける言うです」
……嘘だろ。嘘だろ。嘘だよな!
「みっ、身に付けるはずないだろ」
じりっと後ろに下がる。
「逃げるじゃないです」
と言うと、指をパチンと鳴らした。すると隣にいた祥子がスッと視界から消えて、俺の後ろに回り羽交い締めにした。
「マジで止めろって」
「ごめんなさいね」
柔らかい声で金井は言ってくるが、押さえる力は強く、振りほどこうと力を入れるが、びくともしなかった。
力強いな! 背は170前後ありそうな、女子では長身ではあるけれど、男の力で振りほどけないどころか、ピクリともしないとは。ご両親はゴリラかなにかですか。
ってか胸当たっているって。手にはシャツが握られているのが見える。シャツと言う衣類の壁がなくなった胸の感触に思わず顔を赤らめてしまう。貧乳派でも胸が当たれば照れるもんだ。
本当なら自分からシャツの前をはだけさせて、ブラなど着けてなんかいませんと証明すべきなんだろうが、衆人環視の中で肌を露出させることに対する抵抗からか、俺の頭には自分から脱ぐと言う発想が浮かんでこなかった。
俺の裸を想像し、にんまりと笑みを浮かべる日向の存在が、俺に肌を露出させることが禁忌に触れることのように思わせたと言うことも原因の一つ……と言うか、大半だろう。
「止めろって、マジで」
抵抗としてばたつかせようとした俺の足を月城が押さえ付けた。
「おまっ、ふざけんなよ」
上半身が押さえつけられた状態じゃ足に力がこもらずに小柄な月城を払うことが出来なかった。
「……」
月城は答えずに一瞬俺と目が合うと、すっと下に反らした。申し訳なさからとった行動なのだろう。どんな男でもこの屈辱的状態の辛さはわかるんだな。
しかし辛さの分からないやつもいる。俺に屈辱を与えようとする張本人は鼻息荒くシャツに手を伸ばした。
「マジ止めろって!」
「黙るです。これは犯人を見つけるために泣く泣くやっていることです。はぁーはぁー」
喋りながらシャツをズボンから引っ張りだし、シャツの一番下からボタンを外していく。
「下は関係ないだろ!」
外させないように体を揺らす。今の俺にできるせめてもの抵抗だった。
「動くんじゃないです。はぁーはぁー。脱がし……外しにくいです」
「今、脱がしって言ったよね。変質者のコメントじゃねえか」
突っ込みながらも、助けを求めるように唯一自由な顔を動かし、クラスメイトを見回す。
しかし、俺を哀れむ目をするものは零だった。助けようとしている者もなく、皆ドキドキしながら目を見開き俺の少しずつ露になる肌を凝視していた。




