盗まれた黒
ルーム長に教室の中に案内されると、俺達……いや、ほとんど俺一人に女子達の険しい目が向けられた。
着替えもまだ終わってないのか、中には上半身をシャツで隠しているやつもいた。金井も着替えの途中のようでワイシャツで体を隠している。隣で月城が顔を赤くしていた。照れているようだ。
もちろん俺も目のやり場に困り、少しだけ下を向く。
こんな状態で呼び出されるとなるとただ事じゃない何かが起きたんだろうと俺が思っていると、日向が教室の中心に来るように手招きをして来た。日向も着替えは終わりきってはいないようで、シャツの裾がスカートからはみ出している。
「何かあったのか?」
事前に開けられていたスペースに立ち聞くと、日向は大人の汚さを知った子供のような軽蔑の現れた瞳を向けてきた。
「水澤君は取り合えず座るです」
水澤君はと言うことは月城は関係ないようだ。
座れと言われたがこの場合椅子にと言う意味ではないだろうな。わざわざスペースが開けられているんだ、たぶん床にと言う意味ろう。
何で座らなくちゃならないと反論しようかと思ったが、日向以外にも同じような目をしたクラスメイトがいたので、俺は無言で床に正座した。
女子を敵に回して良いことなんかないし、この女子が大半のクラスでは、女子を敵に回すことはクラスの輪から除外されることと一緒だろう。
「何かありましたか?」
俺はまた聞き返した。今度は下手に出て、反抗する意思はないことをアピールする。
「ないんですよ」
と、日向は腕組みし俺を見下していった。
「ない?」
何がですかと聞き返す。
「体育から戻ってきたら、祥子のブラがないんですよ」
俺が金井の方を向くと、金井は少し困ったように微笑みコクりと頷いた。
「ブラジャーがないって……お前が盗んだのか!」
月城が怒鳴り声と共に俺の前にしゃがみこみ、胸ぐらを掴むと上体を揺すった。
瞬間的に怒りが沸点に達したのか、口調が荒くなっていた。
「いやいやいや、盗んだりしないって。転校初日から立場を悪くするようなことするわけないだろ」
思ったよりも強い力で捕まれた俺は焦りながらも答えた。
「初日からって、二日目からはやろうとしたと言うことか」
「違うって」
慌てて訂正する。
「言葉のあやだよ」
そう答えはしたが、月城の力が弱まる様子はなかったので、俺は話をする相手を被害者である金井本人に変えた。
「そもそもなんでブラジャーが無くなるんだよ。体育の時にノーブラでサッカーしていたとでも言うのかよ」
ノーブラと言う言葉に月城は反応し、顔を赤らめ揺する手を止めた。金井に向かって言ったが、俺の言葉は月城の動きを止める効果があった。が、その代わり別な引き金を引いてしまった。
「最低です。セクハラです。訴えるですよ」
俺の心を傷つける三段活用が決まると日向は続けた。
「祥子はおっぱいが特大だから、体育の時に普通のブラで動くと揺れていたいんです。だから運動の時はスポーツブラをつけるです。そんな事もわからないのですか」
特大とかセクハラなのはお前の方じゃないのか?
過激な発言についに月城は俺の胸ぐらから手を離し、鼻を押さえた。
この距離で鼻血を出すとかはやめてくれよ。
言われた当の本人はあらあらと言った感じで、ヒートアップする日向を優しく見守っていた。特盛発言でも怒ってはいないようだ。
「良いですか、祥子の94のGカップのレース黒ブラを盗ーー」
「その情報は要らないだろ!」
日向の言葉をさえぎり言うと、俺は慌ててうずくまる月城の背に手を当てる。
「大丈夫か! 落ち着け、取り合えず落ち着け。草原だ、サバンナの大草原を思い浮かべるんだ!」
「月城さん大丈夫ですか?」
心配したのか、金井も駆け寄ってくる。
「今日は暑かったので体育でのぼせたのでしょうか?」
「だっ、大丈夫です」
月城はふらつきながらも立ち上がる。よし鼻血は出ていないようだ。
月城も立ち直し、俺にも聞く体勢ができたのがわかったのか、日向は続けた。
「ブラを盗むことが出来たのは、外された休み時間から体育が終わって戻ってくるまでの時間です。つまり最も怪しいのは最後に教室を出て、最初に教室に入ってきた……水澤君です」
指をさし、探偵風に言ってきた。確かに盗まれたとしたならば、犯人の可能性が高いのは俺と月城であろう。しかし……。
「ちょっとまてよ。犯人扱いするなら俺一人じゃなく、月城もじゃないのか?」
「それはないです」
自信満々に断定した。
「だって月城君が盗んだのなら、ここらいったい血の海です」
「……」
的を射すぎてて俺はなんの反論もできなかった。馬鹿みたいだが、ブラの種類サイズで鼻血を出しかけているんだから、実際に盗んでいたら大量出血しそうだわな。
まあ、出なくてもセミの幼虫並みに、その場にうずくまり続けそうだ。
みんな俺と同じ意見なのか、うんうんと首を振った。金井は月城に好かれている実感がないのか、どうして鼻血なのかわからないと言った感じで小首をかしげた。
月城は好意がバレたと思ったのか、恥ずかしげにうつむいた。
「おい、俺の無罪を証明するためにも、しっかりしろよ」
月城に語りかけたが、その言葉に反応したのは日向だった。
「無罪の証明とはどう言うことです?」
「簡単なことだよ。教室を出るときは俺と月城と金井の三人だったし、戻る時は月城と一緒だった……」
行き帰りの承認に月城がなると思い口にしたが、俺は途中であることを思いだし、自分の立場が悪いことに気づいた。
「……僕は飲み物を買って戻ったから、水澤とは教室に戻った時間に誤差が一分くらいあるね」
「……ッ!」
一番言って欲しくないところを的確に言われ俺は狼狽えた。こんな事ならもう少しうずくまっていてもらえば良かった。
「これでハッキリしたですね。ここは一階にあり校庭からもよく見えるので授業中の外部又は他クラスの犯行はまずないです。それならば行きか帰りの移動中の犯行の可能性が高く、尚且つ犯行が可能なのは水澤君貴方だけです」
上からズバッと指をさし言った。回りからは名推理だと言わんばかりにおーという歓声が上がった。
ヤバイな。犯人は俺ではないのに、犯人だと言う空気が流れてきた。なんとかこの空気を変えなければ。
俺は必死に頭をフル回転させ、体育の前後の映像を思いだし、打開策を練った。
「待って。帰りに最初に教室に戻ったのは俺だけど、着替えて直ぐにベランダに出たから、他に誰かが教室に入ってもわからないよ」
これは多少の時間を稼ぐための苦肉の策の発言でしかなかった。考えれば他に入ってこれるのは月城でしかないのだから。
「因みに二番目に教室に入ったのは誰ですか?」
日向が聞くと、月城が僕だと名乗りを上げた。
「水澤から遅れて一分後くらいに入ったよ。僕の前を他のクラスメイトも歩いていなかったから、二番目は僕で間違いないね。そもそも、他に女子が歩いていても、祥子ちゃんのし……下着を盗むとは考えられない」
少し頬を赤らめ言うと俺を見下ろした。数時間ぶりに親の敵を見る目を向けながら。
こいつは間違いなく俺が犯人だと決めつけているな。
「なるほどです。つまり容疑者は限りなく黒に近い水澤君と、限りなく白に近い月城君の二人と言うわけですね。もし、今素直に認めて返してくれれば私も祥子も大事にはせずに納めますけどどうですか?」
限りなく怪しい俺だけに視線を向け言った。
「そう言われてもやってないことはやってないとしか言えないし、盗んでないものは返すことも出来ないな」
「そうですか……残念です。こうなったら仕方ありません、荷物検査をさせてもらい、物的証拠……この場合はブラを見つけさせて貰うです」




