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天使、野菜の大切さを教えられる。

 お久しぶりです。……うっ、長いこと放置しててホントすみません(汗)

 優しい人ばっかりで良かった。……個性的だけど。



   ◇◇◇



 午後16時。

 夕食の仕込みで慌ただしい厨房に、野太い声が響く。料理長のグリゴリーだ。


「アマネ! そこの野菜、全部洗っとけ!!」


 見習いのエルモと一緒に玉葱の皮剥きに勤しんでいた天音は、その大声にビクリと肩を揺らせた。空気がビリビリと震動しているのではないかと思わせる程の大声はいつ聞いても心臓に悪い。


「アマネちゃん。あとは僕がやっておくから良いよ」

「……ありがとうございます」


 自分よりも遥かに器用に皮を剥いているエルモの手元を見ながら、天音は少し複雑な気持ちで礼を言い、剥き終えた玉葱をボールへと置いた。

 ここでの天音の仕事は厨房の後片付けから皿洗い、野菜の皮剥き、食堂の清掃など簡単なものがほとんどだが、料理スキルがゼロに近い彼女にできることはあまりなかった。……皮剥き器(ピーラー)があれば、じゃがいもの皮剥きくらいはできるのだが。


「アマネ!!」

「……っ、はい! すぐにやります!」


 再び名前を呼ばれ、天音はグリゴリーに負けないような大きな声で返事を返した。初日に“声が小さい”と怒られたのだ。確かに、喧騒と言ってもいい程の活気に溢れている厨房では小さな声は簡単にかき消されそうだ。

 天音の返事に小さく笑いながら、エルモが口の動きだけで“頑張ってね”と伝えてくる。厨房の他のメンバーと比べて齢が近い所為か、彼とはこの五日で随分と打ち解けていた。直接指導してくれるのはグリゴリーだが、同じ見習いという気安さからかエルモも色々と天音の手助けをしてくれる。まさに良いお兄さんといった感じだ。


「おう、アマネ。頑張れよ」

「ゆっくりで良いからな~」

「野菜を洗い場まで運ぶの手伝おうか? 困ったことがあったらいつでも言ってね」


 野菜が山のように積まれている一角へと移動する間にも、他の料理人達から次々と声を掛けられた。その一つ一つに返事をしながら、天音はカラフルな野菜が入った籠をズリズリと引き摺り、厨房の外へと運んで行く。野菜に付いた土などが排水溝に詰まらないように外の洗い場を使うのだ。


 ……うっ、お、重いぃぃ。


 神殿の人間のほとんどが利用する昼食に比べ、家庭や他の店で食事をする者がいる夕食は利用者の数が少なくなるとはいえ、やはり使用する野菜の量はかなり多い。

 今、天音が運んでいる籠も、彼女が蹲ればスッポリと入ってしまいそうな程大きかった。 


「……ふぅ」


 厨房の裏口を潜り、漸く洗い場へと到着した天音は、痺れを解すように手を軽く左右に振る。チラリと見た籠の中には、相変わらず元の世界では考えられないような色の野菜が溢れていた。


 まあ、もう慣れたけど……。


 爽やかなミントグリーンのほうれん草にも、毒がある気がしてならないバイオレットな椎茸にも、辛いのかと聞きたくなるようなカーマインレッドなゴボウにも、だ。形は自分が知っているものと変わらないのに、色だけこうも違うと、むしろ目が変になった気がする。

 このままだと自分の色彩感覚が狂いそうだなと思いながら、天音は一番上に積まれた鮮やかなオレンジ色をしたトマトを洗い始めた。



   ◇◇◇



 天音が神殿の食堂で働き始めて五日が経った。

 一応、午前6時から午後18時までが彼女の勤務時間で、この間に一時間の休憩が二回入る。さらに30分の昼休憩が取れるため、合計で2時間半は休憩があった。しかも、天音がまだ十歳と幼い所為か、誰もが“ちょっと休んだら?”と休ませてくれるので、実際の労働時間はもっと短いだろう。

 ちなみに、神殿に定休日のようなものはなく、食堂自体にも基本的に休みはないが、天音は三日に一回の半日休みがあり、週末の日曜日――この国でもそう呼ぶらしい――は完全に一日休みである。




 使い終わったフライパンや包丁を黙々と洗っていると、それに気付いたグリゴリーが天音へと声を掛ける。小熊のような体型をした彼が大きな鍋をかき回している姿は、まるで絵本の一ページのようで何だか可愛らしい。


「アマネ、そろそろ上がって良いぞ」

「あっ、でも……まだ、バネッサさんが来てないので」


 昼は厨房で出される賄を食べるが、食堂を利用する朝と夜はなるべく神殿での世話係であるバネッサと食べるようにしている。やはり、慣れない異世界で独りぼっちの食事は寂しい。


「アイツ、まだ来てないのか? 仕方ねえ、先に食い始めとけ」

 

 グリゴリーの言葉に、天音は壁に掛かっている時計へと視線を向けた。確かに、もう終業時間の18時を20分程過ぎている。


 ……先に食べ始めちゃおうかな。それとも、もうちょっと待ってた方が良いかな?


 どうしようか悩んでいると、この数日で仲良くなった神官の姿が目に入った。その手にトレイを持っているところを見ると、ちょうどカウンターへと食事を取りに来たのだろう。


「……あっ、ロベルティナさん」

「あら、アマネ。もう仕事は終わりなの?」


 その呟くような声が聞こえたのか、神官は天音へと艶やかな笑みを見せた。弧を描く唇にはチェリーレッドのルージュが引かれているが、不思議と下品な印象はない。

 ツリ目気味の青紫の瞳に、後ろで緩く三つ編みにした腰まで届く程長い輝くような金髪。紫の縁取りが施された神官服は、所々繊細なレースが縫い付けられ、ボタンは薔薇の花を模った精巧な飾りボタンへと変えられている。

 そんな、改造された神官服が驚く程似合う彼の名前はロベルト。逞しい身体と乙女の心を持った自称美の伝道師である。ちなみに、“ロベルティナ”とは彼の魂の名前だ。


「はい。……でも、まだバネッサさんが来てなくて」

「ああ、ちょうど良い、ロベルト様にご一緒させてもらえ。……それでも良いですかね?」

「アタシは良いわよ。アマネはそれでも良いかしら?」

「はい! ぜひ、ご一緒させてください」


 ロベルトに笑顔で返事をし、天音は急いでユニホームであるエプロンを脱ぐ。子どもサイズがなかったため、彼女が着けると裾が膝下までくる程長い。


「おー、お疲れ」

「今日もお疲れさん」

「偉かったな~。ホントお疲れ~」


 口々に労いの言葉を掛けてくる同僚達に挨拶を返しながら、“先に行ってるわ”と言って席を取りに行ったロベルトを追い、厨房を後にした。




 今日の夕食のメインは“キャベツとミートボールのトマト煮”だ。トロトロに煮込まれたキャベツは珍しく普通の色である。……トマトはオレンジ色だが。


「知ってる? ハイディングスフェルト産の野菜は栄養価が高いのよ」

「えっ、本当ですか!?」


 ロベルトの言葉に、天音は驚きの声を上げた。あんなに身体に悪そうな色が多いのに、栄養価が高いとは……意外だ。


「ええ。味も良いし、見た目で敬遠してると損するわよ?」

「……これからはたくさん食べるようにします」

「そうしなさい。美と健康を考えるなら、ね」


 ロベルトはそう言って、ごく自然にウィンクして見せる。その茶目っ気たっぷりの彼の仕草に、天音は思わず噴き出した。

  

「あははっ。その“美と健康”って、私の母もよく言ってました」

「あら、そうなの? アタシと気が合いそうね」

「母は美容関係の仕事をしているので、ロベルティナさんとはすごく話が弾みそう。母の仕事を、私の世界ではエステティシャンっていうんですけど―――――」


 あちらの世界のエステや化粧品について、母親からの受け売りを交えながらロベルトへと説明する。天音自身はまだ化粧などをすることはないが、母親の影響でその手の知識だけは豊富だ。

 ロベルトも“美の伝道師”を自称するだけあり、異世界の美容法にかなり興味を引かれたらしい。天音の話に感心したように何度も頷きながら、時折鋭い質問を挟むのでずいぶんと盛り上がってしまった。

 話が一区切りしたところで、天音が食後のジャスミンティーで喉を潤していると、思い出したようにロベルトが口を開く。


「そういえば、アマネ、明日は半日休みでしょ? 何か予定はあるの?」

「うーん。特に予定はないんですよね。前のお休みのときは、ドニさんと一緒にお菓子作りしたんですけど」

「何を作ったの?」

「ええっと、クッキーとマドレーヌを」

「へぇ、良いわね。アタシもたまに作るわ。……どっちも美味しくできた?」

「あー、……ドニさんが作った方は、とっても美味しかったです」


 天音が作った方は上手くも不味くもなかった。というか、あまり味がしなかった。砂糖や小麦粉などの分量はほとんどドニが量ってくれたはずなのに。……なぜだ。

 上手くできたらレイナルドに差し入れしようかと思っていただけに残念だった。


「あらあら。じゃあ、次はアマネも頑張らないとね。オトコは胃袋から落とすのよ!」


 そう言って、グッと親指を立てるロベルトは神殿随一の女子力を誇る。料理の腕前はプロ級で、お菓子作りもバッチリらしい。


「ロベルティナさんも、誰かをそうやって落としたんですか?」

「ウフフフフ、聞きたいの? ……また今度、ね♡」

「じゃあ、その“今度”を楽しみにしてます」


 その言葉通り楽しそうな表情をしている天音の後ろでは、艶然と微笑むロベルトをウッカリ見てしまった通りすがりの男性神官が盛大にトレイをひっくり返していた。



 ―――とりあえず、もう少し料理の腕を磨こう。……じゃがいもの皮剥きができるくらいには。





 作者(吉遊)お気に入りキャラ・ロベちゃんの登場!

 いやー、自分で書いててなんですが、キャラ濃いね。今まで、こんなに容姿の描写を入れたキャラが他にいただろうか。いや、いない。

 ……まあ、キャラがキャラなんで仕方ないとこもあるんですが。概ね贔屓です。 ←オイ


 そろそろ“二度、三度。”のも拍手を付けるべきか……。



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