素敵なイラストと、妄想小話
エコー様より頂きました、ケンタウロスのイラストをご紹介させて頂きます。
イラストはこちら→【 http://www16.ocn.ne.jp/~hitohito/silky/top/text/kw.jpg 】
目次からは直接リンクで飛べます。
ケンタウロス田中とひづめの午後
僕が愛しの二十九日さんと想いを通わせ合ってからしばらく。
当面はのんびりと主夫として二十九日さんのお世話を焼こう、これでもかというくらいにいちゃいちゃしよう!と心に決めていた僕だったけれど、三日後にはなぜか元の郵便配達員へと舞い戻ってしまっていた。
一年ぶりに僕の姿を見た局長の、あの満面の笑みが脳裏にちらつく。
――人手……いや、馬脚を借りたいところだったんだ!
どうも、こうも田舎ではなかなか次の配達員を確保するのが難しかったらしい。
僕としても仕事も放り出して急に消えてしまった手前、縋るように「再雇用!再雇用!」を連呼して迫る局長以下局員を無碍には出来なかったのだ。
あれから二週間。
僕は愛しの愛しのひづめさんに、まったく会う時間もなく、言葉通り馬車馬の如く郵便配達に勤しんでいた。
いや、配達だけならば優秀なケンタウロスである僕の脚を持ってすれば、日が沈む頃にはばっちり終わっている。
けれど、この片田舎の配達員は、ただただ郵便物を運べばそれで終わりというわけにはいかなかったのだ。
あっちのお婆さんの家に行けば、「最近足が悪くて買い物にも行けなくて……」と言われてスーパーに。
こっちのお爺さんの家に行けば、「トイレの電気がつかんのじゃあ」と頼まれ。
どこぞのクソジジイ様ときたら、「のうのう、東馬よ。このモザイク除去機っちゅうんは、ほんとにばっちり消えるのかのぉ」とか真面目な顔して言ってきた。
まあ、「いいですか昭夫さん、モザイクというのは画面を懸命に見つめながら目をパチパチさせていると見えなくなるものですよ」と優しく教えておいてあげたので、大丈夫だろう。
……ボケを疑われるくらいで済むはず。
という具合で、配達と同時に雑務をこなしまくっていた僕は、今日こそは!と色々なものを燃やして午前中までに全ての仕事を終えたのである。
前脚を局長のデスクに乗せ、午後休の申請書を手に有給を願い出た僕に、彼は涙を流しながらハンコを押してくれた。ふふ、何て優しい上司なんだろう。
そうして午後の休みをもぎとった僕は、喜び勇んでひづめさんのところにやってきたのだったけれど……。
「あのう、ひづめ……さん?」
「……」
先ほどから遠慮がちに名前を呼ぶ僕に、返ってくる愛しい人の言葉はない。
それもそのはず。
彼女は今、僕の馬体に俯せになって深い深い眠りの中にいるのだから。
喜び勇んでひづめさんのお家に窺って、だけどそこには誰もいなくて。
仕方なく、当然のように覚えている彼女の香しい匂いを辿って来てみれば、そこは僕たちふたりの思い出の草原。
いつか僕がそうしていたように、彼女は大きな木の幹に寄りかかり目を閉じて眠っていた。
極力音を立てないよう、慎重にひづめさんに近づいた僕は、まずはとりあえず写メる。
角度を変え、腹這いになって、横倒しになって、何枚も何枚もひづめさんの麗しき寝姿を激写した僕は、垂れる涎を拭いつつそうっと彼女の顔を覗き込んだ。
ほっそりとした輪郭。それを控えめに飾るように流れる黒髪。
華奢な首筋を際だたせるような、けしからんくらい緩く開けられたシャツの襟ぐり。
若い、という年頃は過ぎた彼女だが、それが逆に相応の落ち着きと何とも言えない色気を醸しだしている。
閉じられた瞼を縁取る真っ黒な睫毛。
僕の持つ色味とはまるで正反対に質素なそれらが、愛おしい。
こちらを誘うかのように少し開かれた桜色の唇。
二週間前、誰に憚ることもなくかぶりつくようにして触れたそこに、僕の心臓は壊れるほどの反応を示してしまう。
愛おしい。そして、懐かしい人。
「ひづめさん……」
楽園から戻ってきて、想いを通わせ合って、それからなかなか会えなくなって。
あなたはどんな風にこの二週間を過ごしていたんですか?
少しでも僕のこと、考えてくれましたか?
寂しいと思ってくれましたか?
穏やかに眠る彼女の顔には、何の影も見あたらない。
「僕は……僕は、寂しかったんです……」
未だ子馬だった頃の自分からは抜け出せていない。
彼女がいないと、彼女の傍にいないと、自分が保てない。寂しくて、切なくて、死んでしまいそうになる。
僕が存在することになんて何にも意味がないのかもしれない、なんて考え出してしまう始末で。
僕が忙しくしていれば、ひづめさんは絶対にわがままを言ったりしない。
頑張れと電話越しに励ましてくれるけれど、「会いたい」なんてことは言ったりしない。
ひづめさんだって在宅の仕事があるし、何より僕なんかよりもずっとずっと大人の女の人なんだ。
だから、少しくらいわがままを言ってくれてもいいのに、なんて僕が彼女を責める筋合いなんてない。
「今はこんなに近くにいるのに、なあ」
不意に鼻の奥がつんとしてきて、僕は慌てて眠るひづめさんに背を向けた。
たかだか二週間、会えなかったくらいで泣く生後24年の雄というのは、どう考えても情けない。情けなさ過ぎる。
毎日メールだって電話だってしたし、手紙だって何通も届けていたというのに……。
だって、不安なんだ。
彼女は僕を待っていてくれたし、僕を選んでくれたけれど。
でも、もしかしたらいつかはこんな珍妙な生き物には愛想を尽かし、どこぞの地方公務員のもとへと行ってしまうんじゃないか。
そもそも、二週間前の出来事は全部夢だったんじゃないのか。
ひづめさんと過ごした夜も、分け合った体温も、必死に握りしめようとしても指の間からさらさらとこぼれ落ちていってしまう。
足りない。
ひづめさんが、足りない。確かめたい。
でも……。
嫌がられたらどうしよう。
僕はあなたにどこまで許してもらえるのか、わからないから……。
ぐず、と堪えていた涙をすすりあげたその時。
ふわっと自分のものではない体温が、僕の馬体に寄りかかってきた。
びくりと身体を揺らして振り返れば、そこにはうっすらと目を開けてこちらを見つめているひづめさんの姿。
「ひ、ひづめさん!?」
「ばか、とーま。ばーか、ばーか」
どことなく舌っ足らずにひづめさんは喋り出す。
僕の大好きな濡れたように黒い瞳は、未だとろりと夢の残滓を残していた。
俯せに僕のお腹の辺りに身体を擦りつけるように、頬を背に乗せて落ち着けると、ひづめさんは再び口を開いた。
「ばかとーまのくせに。ゆめにでてくるのがおそいんだよっ」
「えっ、ええ!?」
「きのうだってさびしくてねむれなくて、ひつじのかわりにケンタウロスをいっぴきずつかぞえてやったのに……」
すりすりと頬を擦りつけて、まるで眠いとむずがる子供のように、彼女は不満を口にした。
ひどく、甘い声で。
僕は雷にでも打たれたかのように、ただ呆然としてしまう。
なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。
十年前のMac並にまで落ちた処理速度で、僕は「あれ……ケンタウロスってかぞえかたは匹?」と呟きながら、再び眠りに落ちていくひづめさんを見つめていた。
彼女は今なんて言った!?
寂しいって、眠れないって!?
あ、ICレコーダーを常時装備しておくべきだったあああああああ!
すうすうと僕の馬体で寝息を立てるひづめさん、マジプライスレス。なにこの可愛い生き物。
ていうか、これデレ!? ひづめさん、これってデレなんですか!?
頭の中に流れる「キターーーーー」という文字の羅列に、僕はめまいを覚えて顔を手で覆う。
自分が寂しかったこととか、泣きそうになっていたことなんて、もうどうだっていい。
ひたすらに激しく――幸せ。
僕はひづめさんが大好きで、大好きで、大好きで。
ひづめさんの名前をびっしり書き込んだノートを、一日3冊ずつ届けることが出来るくらい大好きで。
実はありとあらゆる音声を収集して、僕のためだけのひづめさんヴォーカロイドを作ってしまったくらい大好きで。
食事をごちそうになった時に、「後片付けは僕が!」って言っておいて、実は台所で彼女が使用済みのスプーンを【自主規制】したことがあるくらい大好きなんだ!
安心しきって僕の身体で眠りに落ちるひづめさんに沸き上がる、どうしようもない愛おしさ。
これをなんて名前で呼んだらいいのか、僕にはわからない。
だから……。
「愛してます、僕のひづめさん……」
自覚できるくらいに熱くなった頬もそのままに、僕は震える右手を彼女に近付ける。
ちょっとだけ。
ちょっとだけ、撫でるくらいなら……!
そうして僕と二十九日さんは陽が落ちきってしまうまで、草原でふたりきり、幸せな時間を過ごしたのだった。
僕、あなたに触れたこの手、今日は洗いません!
帰ったらビニールで覆って三日くらいは匂いを楽しんで、ひづめさんを想像して【自主規制】しますからね!
ああ、早く生身のあなたに触れたいです……。
随分以前に頂いて、その繊細で優しいイラストにとても感動しました。
当時、活動報告にタグが使えることや、ランキングタグを利用すればいいことを思いつかなかったという……。
なので、今回活動報告で書いた小話と一緒に、エコー様の綺麗なイラストを改めてご紹介させて頂きました。