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第2話 犬猿コント(後編)

「はいはい、ごちそうさまです。そんなに好きなら普通に話せば良いじゃないですか」


「ふつう、ねぇ」


 普通ってもはやなんなのだろうか。助けて貰ったときのお礼すら未だまともに言えてないのに。


 もうすっかり周りからも犬猿の仲だと思われてしまっているくらいなのに、ここから仲良しこよしになるイメージが想像ですらできない。自身の勝気な性格も相まって、どうしても素直にはなれなかった。


「でも接点って同期ってことくらいだし」


「同期は充分な接点じゃないですか。同期会で飲みに行ったりとかしなかったんですか?」


「行ったりしてないんだなぁこれが」


 むしろ同期会どころか、戌丸朝日は入社してから一度も飲み会の類に参加したことがないらしい。経理部の飲み会にも顔出さないらしいし。お酒が飲めるのかすら分からない。


「今日もあるけどやっぱり戌丸来ないらしいし。なんかもう今日はちょっといいかなって、わたしも欠席にしちゃった」


「へぇ。戌丸さん以外はどうでもいいと」


「いや別にそういう訳じゃないけど。やっぱりもう話題がね、恋人が〜とか結婚が〜とか多くてね。ちょっと虚しくなっちゃうときがありまして」


「あらま。まぁでもそんなものですよねぇ」


「で、そういう話聞いてると、あーあいつももしかして付き合ってる人とかいるのかなぁとか思っちゃったり」


「毎日定時でさっと帰られますもんね」


「うん、そうなんだよね」


 改めて考えてみると、わたし戌丸のことなんにも知らない。


 あの分厚い眼鏡だって外してるところ見たことないし、スーツ以外の格好も見たことない。髪型だっていつもワンレン引っ詰め髪でびしっと決めていて、なんか結構背が高いなって認識はあるけど記憶の中ではほぼ座ってる。


 しいて言うならなんだか爽やかな良い匂いがするのは知ってるけど、そんなの多分みんな知ってるし。わたしなんてどうせその他大勢の中の一人なんだと思うと改めて落ち込んでしまった。


「……はぁ」


 思わず大きな溜息をこぼすと、雉村は隠すそぶりもなくくすくすと笑っていた。


 いや、なんで笑うの。わたしはこんなに真剣に悩んでいるのに。


 じとりと睨みつけると、彼女は手中のスマホに視線を向けながら「ネガティブですねぇ」と呑気に呟く。


「さっさと告白しちゃったらいいのに」


「うーん……」


 雉村の言うことはもっともなんだけれど、いかんせん悪い想像しかできない。同性だし、そもそもまともに話せないし。


 いまの関係から、いろんなこと全部すっ飛ばして恋人に──ってあり得るのだろうか。


「わたしだったら、望み薄ならさっさと次行っちゃいますけどね」


 あっけらかんとそんなふうに言われ、再び溜息が漏れる。


 それができれば苦労しない。喉元まで出てきた言葉はわざわざ口にする必要もあるまいと半ば無理やり飲み込んだ。


 けれど確かに彼女の言うことももっともな話で、おおよそ二年程進展もなにもないこの生活にも、どちらにせよそろそろピリオドを打つことを考えた方が良いのかもしれない。


 ということは頭では理解はしているんだけれども。


「でも、でもだって」


「でもでもだってじゃありません。中学生の初恋じゃあるまいし、なんでそんな立ち回り下手くそかなぁ」


「あー……うん、まぁ、そうだね」


 後輩の言葉に思わず目線があちらこちらに彷徨う。


 反射的に泳いでしまったそれを慌てて隠し平静を装ったものの、横目でちらりと覗き見た後輩の表情はじわじわと驚きに目を大きく広げていた。


「……えっ?」


「あ、ははは」


「本当に初恋? は、初めてなんですか?」


「ははは、は……」


 問い詰められて耳まで熱くなるのを感じる。


 隠していた訳ではないけれど、改めて突き付けられると流石に気恥ずかしい。


 残念ながらね、この歳まで恋愛というものにはとんと縁がなくて、全然わからないんですよ。なにをどうしたら良いのか。


「えっ、えぇ? ということは、その、誰かとお付き合いをしたこととかは……?」


 今更嘘を吐いても仕方がない。


 後輩の言葉に少し躊躇しつつも、ゆっくりと頭を横に振る。


「あらまー……それはそれは……あの、いままですみませんね。あたし、なんかこう……もうちょっと上手くアシストしなきゃでしたね」


 こんなことで謝られると本当になんだか虚しいというか、胃がキリキリと痛むような気がする。


 いま声を出すと情けない声がまろび出てしまいそうで、先程と同じようにもう一度頭を横に振った。


 そうすると雉村は、うーんと顎に手を当て考えを巡らせてから絞り出すように、じゃあ、とあれこれ提案してくれた。


「飲み会とかセッティングしましょうか? それかランチでも」


「でも、き、緊張するし……来てくれるかどうか……」


「あ、じゃあまずは社内で普通に話してみるとか。わたしちゃんとパス出すんでちょっといまから一緒に行ってみます?」


「いやでも、だってさっき言い争いみたいになっちゃったばかりだし、ちょっといまは……」


「じゃあ社内メールでまずはおはようとか挨拶から……」


「メールでやりとりしたことないし……」


 色々案を出してもらったものの、いざとなるとつい尻込みしてしまう。


 顔を合わせたら自分でもなにを言ってるんだか訳がわからなくなってしまうし、もちろん制御もできない。


 となればメールがまだマシかなとは思うものの、突然メールなんてしたら不審がられるに決まってる。だいたいなんて送るの。


 こんにちは?


 ごきげんよう?


 最近どう?


 ──いや無理過ぎる。まともな用事があったとしても好きな人に連絡するなんて一大イベントを素面で乗り切れる気がしない。


 まぁベロッベロに酔ってれば或いはもしかしたら。いけるような気がしないでもないけど、仕事中にベロベロってそれどんな状況なの。


 ──あっ、じゃあ飲み会をセッティングしてもらってベロベロに酔ってから戌丸に連絡を……いや時間外! 不審過ぎる!


 わたしは一体どうすれば。


 そんなふうに頭の中でもだもだと悩みをこねくり回していると、隣からぽんと肩を叩かれた。


「まぁまぁ、とりあえずぼちぼちお昼行きません? ご飯食べながらゆ〜っくり作戦会議しましょ」


 その言葉に壁掛け時計を仰ぎ見ると、確かにもう良い時間だ。


 けれど今日は先約があるので、雉村には申し訳ないがそろそろ行かなければ。


「あーごめん、わたし今日約束あって」


「ありゃ残念。じゃあ他の人誘ってみます」


「話聞いてくれてありがとね。また今度行こ。今日はお昼行ってそのまま外回りして来るから戻りは夕方頃かな」


「はいはい了解。行ってらっしゃいませー」


 椅子の背もたれに掛けていた上着を羽織り、鞄を持ってから忘れ物がないか確認しつつパソコンの電源を落とす。


 スマホも持った。財布も持った。お客さんに配るパンフレットも持った。うん、とりあえずこれで良し。


 そうしてわたしは半ば急足で目的地へ向かうのだった。

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