30.聖女
――『血塗れのシスター事件』。
元締めが拘束・逮捕された出来事は、裏ではそう呼ばれることになった。
その理由は、治安隊が元締めの部屋に突入したとき――
……床に倒れている彼の横に、血塗れのシスターたちが静かに立っていたからだ。
しかしこの名前も、いつかは表に出て来てしまうかもしれない。
そのときはきっと、都市伝説のように……怪しいものとして語られてしまうんだろうなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――……っていうことがあったんですよ。
だから神父様も、天国で真面目に暮らしていてください……ね?」
俺たちはエマさんに連れられて、教会の裏にある墓地にやって来ていた。
奥まった静かな区画には、一年前に亡くなった神父さんのお墓が建てられているのだ。
「エマさん、ようやく良い報告が出来たんですね……」
「そうだな……。
まぁ、神父自身は元締めのせいで死んだなんて、知らなかっただろうけどな」
俺の言葉に、ディアーナさんは軽く笑う。
改めてエマさんから聞いた話によれば、神父さんは酒場で睡眠薬を盛られていた……とのことだった。
だからきっと、何も知らずにあの世に旅立ってしまったのだろう。
「……エマ様、こちらをどうぞ」
「あら、ベティ。気が利くじゃない」
ベティちゃんはエマさんに、お酒の瓶を一本手渡した。
小さいサイズだから、隠し持って来ていたのかな?
「ほら、神父様。
ベティまで、こんな良い子になったのよ?」
エマさんがお墓にお酒をかけている間、ベティちゃんは俺の方に寄って来た。
そして頭を自然な感じで近付けてくる。
……いやぁ、エマさん。
ベティちゃんの一連の行動はですね、多分……俺へのポイント稼ぎですよ?
しかしそうは言っても、エマさんのためを思って……というのも、きっとどこかにはあるかもしれない。
それは俺も認めて、ベティちゃんの頭を素直に撫でてあげた。
「はぁ……。
悪者も去ったし、これでようやく神父殿も報われるっすね」
「いえ、まだまだよ。
ようやく五人が揃って、一緒に仕事が出来るようになったけど……。
この人数だけでは、まだまだ出来ない仕事もあるんだから」
クロエさんの言葉に、エマさんは気持ちを引き締めるように言った。
本来すべき仕事のうち、手を付けられていない仕事はまだたくさんあるからな。
「でもよぉ、エマ。流石にこの人数じゃ、全部は無理だよ。
これからは元締めのちょっかいも無くなるからさ、人をたくさん入れようぜ?」
「おー、それは良いですね!
以前は20人くらいいたって聞いてますし……それだけいれば、全部の仕事に手がまわりますよね!」
そしてゆくゆくは、俺の稽古の時間も多く取れるようになって――
……もっともっと強くなっていければ、俺としては大満足だ。
「そうね……。
それにきっと、新しい神父様も迎えられると思うし」
「おう……?
いやぁ、この教会はエマがトップを張れば良いんじゃね?」
ディアーナさんの言葉に、エマさんは驚いた。
神父が不在であれば、確かにシスター長が代役を務めることは出来るのだが……しかし、出来ないこともやっぱりあるわけで。
「うーん、わたくしはそろそろ肩の荷を下ろしたいんだけど……。
でも、みんなが良い子でいてくれるなら……それも良いかもしれないわね」
確かに今は、エマさんの下でみんな自由にやらせてもらっているからな……。
ただ、シスターが増える分には全然問題ないんだけど、上の人が代わって体制を変えられるのは困ってしまう。
……例えば夜中の稽古を禁止されたら、俺はその人をすぐに敵と認識するだろう。
そうしたら俺、この教会を出て行きたくなっちゃうかも――
「そ、そうですね!
やっぱりこの教会は、エマさんの色でやっていきたいです!」
「えぇ? アリーまでどうしたのよ……。
……まぁ、少し考えてみることにするわ」
「でも、シスターの数は増やして大丈夫っすよね。
早速募集を掛けていくっすよ!」
「クロ助、人が増えても仕事は減らねぇぞ?
人手が増える分、仕事もちゃんと増えるからな」
「はぇ……。
も、もちろん自分もちゃんとやるっすよ!?」
ディアーナさんとクロエさんも、いつの間にか普通に話すようになっている。
最初はどこもかしこもギクシャクしていた関係だったけど、今は何とも過ごしやすくなったことか――
「……さて、そろそろ戻りましょうか。
あ、そうそう。ディナとアリー」
「はい?」
「おう?」
「あなたたちにはしっかりと、罰を受けてもらいますからね!」
……平和に終わりそうだったのに、突然出て来た罰の話。
「え? 私たち、何かしましたか!?」
「お祭りの日、勝手に元締めの拠点に来たじゃない。
わたくしは二人に、教会の仕事をお願いしたはずよね?」
「そ、それはそうだけど……。
でもあたしたちが行かなかったら、もっと泥臭い展開になっていたと思うぞ!?」
ディアーナさんは慌てて弁解を始める。
もしも俺たちが行っていなかったら、きっとエマさんは治安隊と一緒に行動しただろう。
そうしたら元締めに、あそこまで綺麗な一発を入れることなんて出来なかったはずだから――
「それはそれ、よ!!
……でも、確かにあなたたちがいなければ……ってところもあるからね。
だから『礼拝堂をいつも以上に綺麗にする』。罰はこれでどうかしら?」
「掃除なら……はい、大丈夫です!」
「ちっ、めんどくせぇな……。
まぁ、アリシアと一緒ならいいか」
「はい、頼りにしてくださいね!」
「あたしも1割くらいなら手伝ってやるから――
……いや、全力でやるわ、うん」
サボろうとしていたディアーナさんに、エマさんは顔をピクつかせながら笑い掛けていた。
やっぱりディアーナさんにとっても、エマさんって怖い人なんだな……。
「――そうだ。ベティにはアレを返すわね。
ちゃんと綺麗にしておいたから」
「分かりました、このあと取りに伺います!」
突然、エマさんの話がベティちゃんに飛んで行った。
「……うん?
ベティちゃん、エマさんに何か貸していたの?」
「はい、モーニングスターを」
ああ、エマさんが元締めに振り下ろしたあの武器――
……あれって、ベティちゃんの私物だったのか……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そのあと、俺とディアーナさんは礼拝堂の掃除を進めていった。
ベティちゃんも手伝おうとしてくれたけど、エマさんから与えられた罰である以上、ディアーナさんと二人で頑張らなければいけないのだ。
「……なぁ、アリシア。
今回はその……うん、すげぇ世話になったな……」
大きな卓を拭いていると、ディアーナさんが突然声を掛けてきた。
目を逸らしながら、少し照れる感じで……。
「いえいえ、私はやりたいようにやっていただけなので。
それよりもディアーナさんの方が、たくさん嫌な思いをしてきたと思います。
ディアーナさんこそ、お疲れ様でした!」
「そう言ってくれると……ああ、少しは報われるかもな」
ディアーナさんが頬を赤らめると、俺はどきっとしてしまった。
いつもは見せない表情。そんなものを、二人きりのときに見せられてしまったのだから――
「あ、あはは……。
……あー、それにしても、アレですね。
そういえばディアーナさんって、モノリスを取ろうとしたことはあります?」
俺は照れ隠しをしながら、目に入ったモノリスを話題に上げてみた。
「あん? 何度かは試してみたけど、まぁダメだったな。
元締めは聖女も欲しかったみたいでさ、俺に対してもいちいち五月蠅かったんだよ」
「単純に教会が邪魔だったわけじゃなくて、そういう目的もあったんですね……。
……ところで、そもそも聖女って……何なんですか?」
「おいおい、そんなことも忘れちまったのかよ。
一般的には、『神様に愛された神聖力の高い女性』……ってところだな。
歴史上を見れば、シスターから生まれた場合もあるし、冒険者から生まれた場合もあるみたいだぞ?」
「へぇ……。ちなみに私はダメだったんですよね。
全然取れなくて」
俺の言葉に、ディアーナさんは眉間にシワを寄せる。
「それが本当に信じられなくてさ。
情報屋の部下を全員治したりとか、殺し屋と戦ってるときにあんな強い光を出したりとか――
……アリシアの神聖力も大概だと思うんだけど、あれで反応しないって……どうなってるんだよ」
「え、反応……ですか?
神聖力って、モノリスと関係があるんですか?」
「そりゃ、神聖力を当ててから取るものだからな」
「あ、そうだったんですね……。
それは試していませんでした、えいっ」
俺は拭いていた大きな卓のすぐ後ろ、神様の像にあるモノリスに神聖力を当ててみた。
すると――
……ぽろっ
「あれっ?」
「うおっ!?」
驚いてから、静かに目を合わせる俺とディアーナさん。
「……と、取れちゃいましたね」
「お、お前……。
聖女だったのかよ――――――ッ!!!?」
……様々な問題を乗り越えてきた俺たちに、新しく待っていたとんでもない展開。
ようやく平和が訪れると思っていたところで、これから一体どうなってしまうのか――
……どうかどうか、大変な目にだけは遭いませんように。
いやもう、これだけは本当に……お願いします、神様…………。




