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 なだらかな傾斜に家々が並ぶ。そんな街の中間に、横にだだっ広く長い、階段の踊り場のような広場があった。ひさしぶりにまっ平らな地に足をつけることができた感触に、タイラーは一息つく。

 空は青く、海も青い。人魚島が、別荘や線路から見下ろすより大きく見えた。広場から海岸まで、さらに民家が点在し、海岸手前には倉庫、漁港には船着き場がある。漁船の他、中型の輸送船も停泊している。主たる輸送手段は、航路だったなとタイラーは思い出す。


 広場には屋台のような簡素な店が並び、そこここに果物や魚が売られていた。

「朝から店が開いていて、いつもここで買い物をするの。朝市だからと言って、早くこなくても、お昼近くなってから店を出す方もいるから、何かと新しい物がでてくるのよ」

「アバウトだね」

「田舎なら、そんなものじゃない」


 ソニアはきょろきょろしながら歩く。お目当ての店でも探しているのだろうか。タイラーは彼女の斜め後ろからついて歩く。店先に並ぶ商品を見ながら、話しかけた。


「魚ばかりかと思えば、肉も売っているね」

「山があるので、猟もするのよ。山鳥や小ぶりの獣がよく店先に並ぶわ」

「家畜はいないの」

「土地がないのと、魚がとれるから、そこまで肉は食べないのよ」


 屋台はひしめき合っている。通路は狭く、人とぶつかりそうになりながら歩く。狭いところにぎゅっと店と人が集まっているのでにぎわっているように感じる。


「果物が多いね」

「山側の民家に近いところが一部果樹園のようになっているの。長年手入れされて、品種も改良されているから、美味しいのよ。私は柑橘類が好きよ」


「土地が少なそうだけど、畑などはないの」

「小麦などの主食はどうしても外から仕入れなくてはいけないけど、これだけ食べ物が豊富だとなくてもこまらないわ。山には、キノコや山菜もあるし、果樹園の隙間では根菜類も育てているもの」

「主食は根菜類なのかな」

「そうね」


 とある店先で、ソニアの足が止まった。

「いらっしゃい」

 恰幅の良い年配の女性が親し気にソニアに話しかける。

「あら今日は男連れかい」

「お客様なの。街を見たいそうで一緒にきたのよ」


 タイラーが会釈すると、「あらまあ、いい男だねえ」と目を細めた。


 慣れた様子で、果物と根菜を選ぶソニア。このあたりは甘いと思うよ、などと女性のアドバイスを受け、いくつかの商品を選ぶ。さげたカバンから袋を取り出し、購入した品を入れてもらうと、お金と引き換えに受け取った。


 待ちぼうける間、タイラーは歩く人の様子を眺める。髪色は茶系が多く、明暗により色の多様性が見られた。ソニアのような髪色は目立つ色あいだけに、見当たらないことにタイラーは違和感を覚える。一般的にも珍しい色なのに、誰も気にしないことがまた不思議だった。


「行こうか、タイラー」

 声をかけられ、タイラーはソニアについていく。スカイブルーの長い髪が揺れる。陽光が跳ね返り、毛先で光が遊ぶ。

 

 ふと彼女が品を詰め込んだ買い物袋をさげていることにタイラーは気づく。

「ごめん」

 思わず出た言葉に、ソニアが、なにがと振り向く。

「荷物を持つと言ってたのに、持たせてて」


 立ち止まり、ああとソニアが袋を握っている手を見つめた。

「いつも、自分で持っているから、気にしなかったわ」

「俺が持つよ」

 ソニアはためらうような素振りをみせた。

「いいから、持たせて」

 袋の取っ手をすくいあげるように下から手を伸ばす。ソニアの手にタイラーの手が触れ、ソニアが手をすっと引く。袋の重みが、タイラーの手の平に落ちた。


 ソニアが拳を胸元に寄せ、「いいの」と呟いた。

「どうか持たせてほしい」

 彼女はふいと前をむき、数歩進んだところで、再び止まった。

「港へ行こうと思っていたのよね。海を見に行きましょう。タイラー」


 人込みを抜け、店が並ぶ一角から離れる。踊り場のような広場をさらに下る階段に出た。細い階段は新たな住宅街への入り口になり、今までと同じように入り組んだ道を下る。細い住宅街をくねる道はあっという間に抜け、目の前に港があらわれる。見渡せば、倉庫や工場、船着き場があり、漁船も並んでいた。


 停泊する漁船を眺めながら、海岸にそって歩く。海へ突き出す一本道があり、港が切れる。人工的な風景から、大きな岩が転がる海岸に変わった。しばらく進むと、岩も減り、砂地が増えた。波が寄せては返す、イメージ通りの砂浜だ。


 海の色と、ソニアの髪色が滲み、溶けるように色が重なった。

 ふいに買い物中に感じた違和感がタイラーの胸に突き上げてきた。その苦しさを我慢できなかった。


「ソニア」

 目の前を歩くソニアが振り向く。

「君は本当にここの出身者なのか。

 スカイブルーの髪色は、街では君意外誰も見かけなかった。珍しいはずなのに、街の誰も気に留める様子がない。

 そんな覚めるような青……、見慣れていない限り、気に留めないでなんかいられないはずだ」


 風が吹いて、長い髪が躍る。なだめるようにソニアは髪を耳にかけた。

「海辺の街にはあまりいないわ。ただ、人魚島にはいるらしいのよ」

「ソニアは人魚島の出身者か」

「違う、とも、そう、とも……言えないわ」

 なんとも歯切れが悪い。タイラーは無表情のソニアの横顔を見つめる。


「私は、波打ち際にうちあげられていたところを拾われたの、旦那様に。それ以前の記憶は、ない。三年前のことよ」

 三年前という時期にタイラーは目をむく。

「海難事故とは関係ないわよ」

 見透かすように、くぎを刺された。


「乗客に私ぐらいの年齢の女の子はのっていなかった。記憶がなくても、年齢を偽ることはできないわ。

 私がうちあげられた時期は海難事故と重なるけど、実際の事故日からは日数経ってて、無関係とされたの。


 島には私のような髪色をした人がいると聞くわ。ただ、記憶もなくしていて、どうしても行く気になれなかったのよ。


 ロビンも心配だし。雇ってもらった以上、彼女を置いてふらふらできないわ。

 そのまま、ただ生活していたら、三年経っていた。

 本当よ。本当に、それだけなのよ」


 淡々と話す彼女から過去を求める様子は感じ取れない。ソニアの様子は、記憶がないためというより、執着がまるでないようにタイラーには感じられた。

 知りたくない、または、向き合いたくないという感覚に近いのではないだろうか。タイラーは、ソニアに深く自分を重ねてしまう。この三年間、アンリを失ったことと向き合わずに来た自分の姿を。


「ソニア。俺は今回の滞在中、人魚島にも行こうと思っている」


「それなら、午前に往復の定期船がでるわ。今の時間はもう出てしまっているけど。買い物などしないで、まっすぐここを目指せば今日出た時間でも十分間に合うと思うわ」


「そうじゃなくて……、俺が行くときに……。

 ソニアも……一緒に、行かないか」


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