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海辺の街のリバイアサン ~わたせなかったプロポーズリングの行方~  作者: 礼(ゆき)
第二章 うちあげられた少女

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13/40

13,

 朝食の準備が整い、ソニアが席に着く。ふわふわしていたロビンも、その頃には気丈にしゃんとしていた。


 食事中、ソニアが一日のあらましを説明してくれた。

 平日の午前中、週二回ほど庭師が来て庭を整える、掃除婦は毎日来て、部屋を順番に掃除していく。二人暮らしなのでさほど使用する部屋も少なく、使っていない部屋は週一回、見回りもかねて掃除をお願いしており、朝ごはんが終わりくつろいでいると、だいたい来てくれる時間になるそうだ。

 今日も二人が来たら、買い物に行くとソニアが言った。

 

「タイラーもソニアも、いつもより長くお出かけしてもらってかまわないわ」

 ゆったりとした口調でロビンが口をはさんできた。

「掃除婦の方もいるもの。私、あの方の昔話、とても好きなのよね。

 タイラーだって街へ出て、すぐに帰ってきては残念でしょう。港近くまで行きたいのではない」


「それは、まあ」と答えながら、タイラーはちらりとソニアを見る。

 ソニアは、タイラーよりもロビンを気にして「でも……」と呟いていた。


「ソニア、買い物とお客様への案内が両方あるものだと思ってあげてね」

 ロビンのお願いには弱いのかもしれない。ソニアが渋々頷いた。片づけは一時間ほどかかる。時間がきたら玄関に来てほしいとソニアに言われ、タイラーは了解した。


 寝室へ戻ると、タイラーはベッドに転がった。

 仰向けになり、右を向き、体を横にすれば、また反対をむく。なんとも落ち着かない気持ちにかられる。胸元に潜ませているリングが体を動かすたびに、右へ左へと揺れた。

 ソニアはアンリとは違う。髪色も違う、年齢はさらに違う。十歳は年下なのだ。

 胸元にわく感情を言葉にすることはためらわれる。ましてや、ただ、ただ、出会った頃の亡くなった恋人に似ているなど。口にするわけにはいかないとタイラーは唇をかんだ。

 

 朝食後小一時間経過し、タイラーは休んでいた寝室から出た。玄関に向かっていく途中、ソニアが廊下の天井を見上げて、難しそうな顔をしている。「どうした」と、タイラーが声をかけると、はたと気づいて振り向いた。横に立ち、彼女の見上げていた天井に目をむける。中央に丸い電球が見えた。


「昨日の夜には切れてたのよ。取り替えないといけないと思ってたんだけど、忘れてたわ」

「この電球を天井から外せばいいのかい」

「そう。だけど、これからタイラーと買い物へ行くでしょ。やっぱり帰ってからにした方がいいと思うのよね。手が届かないもの、踏み台を用意していたら時間なくなるわ」

「たぶん、とれると思うよ」 

 この高さなら手を伸ばせば届くだろう。タイラーはそう思い、壁に手をかけ、つま先立ちをして、もう片方の手で電球の底に触れた。指先を使いひねると、くるくると電球が回転し、カタリと外れた。


「これでいい」

 ソニアに差し出す。きょとんとしていた彼女の顔が明るくなり、電球を受け取る。

「ありがとう」

「先に玄関で待っているよ」

「男の人がいるって助かるのね」

 そう言い残し、ソニアは奥へ消えていく。

 タイラーは頭に手をのせて、少し首をひねると、玄関へと先に向かった。


 ソニアはライトグレーのワンピースに、小さなカバンを斜めがけして「待たせてごめんなさい」と、急ぎ靴をはく。ヒールが少しばかり高めの線の細い印象の靴。やはりアンリとは趣味も違い、別人だなとタイラーはしみじみと感じいる。


 ソニアと一緒に別荘を出た。背後には山がそびえ、なだらかな坂が下へ下へと続いている。

 線路とかわいらしい駅舎もある。線路が入りこむ大きな倉庫のような建物は車庫だろう。その列車用車庫の後ろに、回り込むような道があり、そこが別荘地と海辺の街への出入り口になっていた。

 

「駅の前にも商店がいくつかあったが、あれは」

「駅舎の迎えにある店は、貨物列車で運ばれてくる品を取り扱う店よ。生鮮品などは海辺の街へ買いに行くのが一般的なの」


 線路より下へくだると途端に道が狭くなった。

「これだけ狭いとさすがに列車で運んできた荷物類を運ぶのが難儀なのよ」


「車も走りそうにないほど、狭いね」

 不揃いな石が敷き詰められている道はがたがただった。とても車はまっとうに進めない。幅も二車線は確保できない上に、そこには歩行者もいる。これは歩道用にしかならないなとタイラーも容易に察しがつく。

「道路の舗装や拡張は考えなかったのか」

 観光地として歩くだけならば問題ないかもしれない。そういう街だと思えば、印象的な特徴になる。そうだとしても、生活上は不便ではないかとタイラーは考える。


「そこは住民が反対なのよ」

「なぜ。不便だろう」

 本音がもれる。


「景観を重視しているの。

 今でこそ、閑古鳥が鳴いているけど、古くは王族や貴族の別荘地でもあったの。

 その時期に建築家や芸術家もやってきて、今の街の原型ができているのよ」

 観光地にしたいというよりは、返り咲きたいということか。なるほどとタイラーは納得する。


「街並みがとても綺麗でしょう。この街の装いには住民の自意識が込められているのよ」


 高くても三階建てまでの建物が続く。色あいも似ており、形状も大きさの違いや若干のデザインの違いはあっても似通っていた。

「じゃあ、この家々は、昔からあるのかな」

「そう。当時建てられて、そのままを維持するようになっているの」

「それはすごいな。やはり住んでいる人に聞くと早い」

「私の知っていることなんてほんの少しよ」

「いや。俺一人でそこまで調べるのにかかる労力を考えたら、二日分は楽させてもらったよ」

「それは褒めすぎじゃないの」

 ソニアが笑む。

「そんなことないさ」

 狭い道を肩寄せ合って歩くのが、実は一番楽しいとはタイラーは言わなかった。


 縫うように曲がりくねる道の幅は車二台分あるかないか。住宅と住宅の間を通る道はさらに狭く、車一台ギリギリ通れるかどうかだろう。傾斜があることを物語るように、ところどころ階段もあり、ソニアが荷物を運ぶのは難儀と評したことが身に染みてタイラーも理解できた。


「なかなかな道だね」

 苦笑いしてそう言うしかなかった。

「やっぱり、ソニアと一緒で良かったよ」

 地図があればたいていの道は歩けると思っていたが、ここまでゆるく細く曲がる道なら、誰かいてくれた方がありがたい。タイラーは心底、そう思った。


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