18. 姫は敵
〝神の血をひくお姫様〟がサイードの〝敵〟になったのは、三月の終わり頃のことだった。
「父上、今なんと?」
「神の血をひく姫を、我が寵姫として迎えようとしていると言ったが。ゆくゆくは第二王妃に据える」
父王に呼び出されたサイードは、その言葉を聞いてため息をつきそうになった。ぐっと堪えて、表情を崩さないよう気をつけながら尋ねる。
「僕の記憶が正しければ、もう妃は迎えないのではありませんでしたか?」
「彼女は特別だろう。神の血なんて珍しいから抱いてみたい。ついでにその血も王家に欲しいから、どうにか孕ませて妃に据えてやるのだ」
この言葉を聞いて嘔吐かなかったサイードを、誰か褒めて欲しい。
六十を越える年の父親が、息子である自分と同い年の十五歳の少女を妊娠させたいと言っている。しかも愛があるからとかではなく、珍しいからという理由で。
はっきり言えば気持ち悪い。
「お言葉ですが、姫は引きこもりで中等部の教育さえ受けていません。教養のない女を妃に据えても役に立たないのではありませんか?」
口ではこう言いつつも、姫を妃嬪に据えて欲しくない理由は他にもある。
ひとつは父王が新しい女を迎えるたびに、サイードの母である王后が悲しそうに、寂しそうにしていること。
もうひとつは新しい女が入ると後宮で争いが起き、ときに死人まで出るほどの大惨事になること。
「よし、分かった。ならばひとまず王立第一学園に乙女と共に通わせよう」
「ありがとうございます」
「また、お前にはふたつ試練を課す」
「……はい?」
父王はサイードに向けて、たいそう意地悪げな笑みを見せた。
「何故だ!? 意味が分からない!! いったいどうしろって言うんだ!?」
父王との話を終えて自分の部屋に戻ったサイードは荒れ狂っていた。ばしばしと机を叩いて八つ当たりすると、当然自分の手が痛い。叫ぶように言葉を吐いた。
「何人とヤれば気が済むんだ、あの好色爺!」
「殿下。そのように陛下を侮辱するのはおやめください。言葉遣いもよろしくありません。反抗期だとは分かっておりますが」
「うるさいっ!」
積年の従者であるアベルが窘めてくる声も、うざったくて仕方がない。アベルを睨めつけた後、大きな音を立てて椅子に座った。「行儀が悪いですよ」という声を無視して不満をぶちまける。
「だって! 王位継承権をぽっと出の隣国の姫ごときに付与するというのだぞ!? それに何だ、このままでは姫は学園を卒業したら第二王妃だ。自分と同い年の子が母の立場になるのだぞ? はぁ? 父上はあの悲劇を忘れたのか!? それに父上は僕が反対しなければすぐにでも手を出す気だった! 未成年に!! せめて成人してからにしろよ! 節操のない!」
「はいはい、陛下の好色は今に始まったことではありません。あと何が何やらさっぱりなので、愚痴りたいならちゃんと説明してください」
アベルは紅茶を用意しながらそう言って、サイードの目の前のソファに座った。今、この部屋にはふたりきりだ。他の者がいればサイードは猫を被るので、こんなに荒れていたりはしない。
アベルが用意したカモミールティーを一気に呷ったら熱いしむせるしで散々だったが、馬鹿げたことをしていると自覚したら少しは気が落ち着いた。
「はぁ……。なぁ、アベル。聞いてくれ」
「はい、聞いてますよ」
「僕は、王位を継げなくなるかもしれない」
「親子喧嘩でもしましたか?」
親子喧嘩。たしかにそうなのかもしれない。とにかくサイードが姫を妃嬪にする件に口出しをしたせいで、父王の機嫌を損ねてしまったことは事実だ。
ぽつりぽつりと、父王から課された試練について語った。
〝神の血をひくお姫様〟は、リュウールシエル王立第一学園の高等部で三年間教育を受けさせる。その三年間の間にサイードは、ふたつのことを為さなければならない。
ひとつめは、彼女に王妃よりも相応しい地位を探すこと。
ふたつめは、彼女より自分が次の王位に相応しいことを証明すること。
――これが、父王からサイードに課された試練だ。
ひとつめの試練を課されたのは自然なことだと思う。
サイードが彼女を王妃にすることに反対した結果として、父王はとりあえず譲歩してくれただけで、まだ〝神の血をひくお姫様〟を自分の女にすることを全く諦めていないからだ。
結局、神の血をひく珍しい存在を抱いて孕ませたいのだ。
これを達成できなかった場合、彼女は学園卒業後に第二王妃になる。
サイードとしてはそれは望ましくないことだったはずなのだが、ふたつめの試練を課されたときにはひとつめの試練なんてほとんどもうどうでもよくなった。
ふたつめの試練の方が、サイードにとっては大問題だったのである。
ふたつめの試練は恐ろしいものだった。これを達成できなかったときには〝神の血をひくお姫様〟が次期国王となるのである。冗談かと一瞬思ったのだが、父王の表情は本気であった。
〝神の血をひくお姫様〟の方が次の王位に相応しいと父王が判断した場合、彼女を王家の養女にし、いずれは彼女を女王にすると言う。
そうしたら王家の血筋はどうなるのかと問えば、そのときは彼女の夫――王配に第二王子のテディを据えるとのことだ。そうすれば血の問題はなくなる。
たしかに神の血をひき、魔力が封印されていなければ本来優れた才をもつはずの彼女が王位に就けば、国はより良くなりそうである。
しかしそれでは、これまで王太子として育ってきたサイードはどうなるのか。おまけにテディが王配になるということなら、今まで内心見下していた弟にすら劣る存在となるのだ。
今まで概ねうまくやってきたはずだった。サイードは王后の息子で、第一王子。王后は嫁いでくる前は隣国の王女だった。テディの母は今は第一王妃だが、元は地位の低めな宮廷女官の出だ。
母親の地位にしろ、生まれた順番にしろ、いろいろな面での才能にしろ、何ひとつとしてサイードは弟のテディより優れないものはなかった。
王太子の地位は安泰だった。予定通り行けば、四年後に二十歳になったときに譲位されて王になるはずだった。
それなのに、突如現れた隣国の姫にその王位をかっさらわれるかもしれない。もともと恵まれた生まれだったとは言え、それに甘んじることなくより良き王を目指して日々努力を重ねていたつもりだ。
今まで積み重ねてきたものが、突然崩れる可能性が出てきた。心穏やかではいられない。
「――どうだ? 大問題だろう? 荒れ狂っても仕方がなかろう?」
「はぁ。なんかあまりにも突拍子もないことにびっくりですけど。まあ頑張ってください」
全然びっくり感のない、冷めた顔でアベルはそう言ってのけた。赤子のときから共に育った乳兄弟だというのに、なんと冷たいことか。
「冷たいなぁお前!? 主の危機にそんな冷めた顔しやがって!」
「何が危機ですか。貴方はそんな『ぽっと出の姫』ごときに負けるような方でしたか?」
「んなわけあるか。僕が勝つに決まっている」
「ならわたしは心配しません。貴方のことを信じていますので」
真面目な声色で、当たり前なことを言うように。アベルの青色の瞳は真っ直ぐに、サイードに信頼を向けていた。
「……そうか」
サイード・リュウールシエルは、いつも完璧であることを期待される。失敗することは許されない。
何をやっても、できることが当たり前。誰よりも優れていることが当たり前。
そうやって生きてきた。王太子として、未来の王になる以外の道を知らない。
今までは誰かひとりが敵になることはなかった。常に目指すのは「周囲のみんな」より優れることだった。
〝神の血をひくお姫様〟はサイードの前に立ちはだかった初めての敵だ。絶対に打ち負かさなければならない。
だが、初めての敵ゆえにサイードは知らなかったのだ。敵を打ち負かすための、最適解を。




