17. 事変の後の男子会
【注意要素】
R15(色本談義など)
夜の二時過ぎ。サイードはエリエノールの体を抱えて部屋を出た。一応上から布団を掛けてその姿を隠し、足音を立てないようにゆっくりと階段を下りていく。
「殿下」
大談話室に入ると従者であるアベルに加え、巻き込まれたような形のジャンもいた。そっとソファに、眠っているエリエノールを下ろす。
「アベル、ジャン。協力ありがとう。助かった」
ふたりが通信魔法で部屋の外の様子を伝えて、人目につかずに部屋を出られる時機を教えてくれた。
どこまでうまくいったかは分からないが、此度の事態の収拾のためにアベルはいつも通り動いてくれたはずだ。おそらくジャンも手伝ってくれたのだろう。
エリエノールの体勢を整えて、布団を綺麗にかけ直す。少しためらった後に、彼女とともに運んでいた布包みを持った。三人で、小声でこそこそと会話する。
「殿下、お疲れのご様子ですね」
「……いろいろ、あったんだ。彼女が――あっ」
疲れのせいか手元が狂い、ソファの片隅に置き直そうとしていたものをぽろっと落とした。
とりあえず布に包んで持ってきただけのエリエノールの服たちがばらばらに床に散らばる。男三人の視線が服――特に下着――へと向く。
(やらかしたー……)
「エリエノールの服ですね?」
「……そうだ」
「まさか彼女はいま服を着ていないと?」
「ああ。……女の服を、そう不躾な目で見るな」
自分のことは棚に上げ、そうふたりに注意をして服を拾っていく。
下着までもがこんなふうに男の前に晒されたら、エリエノールの名誉に関わるだろう。別に彼女の服に触りたかったのではない。そんな変態じみた理由ではない。――が、こんなことをしていると顔が熱くなってくる。
(ちょっと、やばいな……)
サイードとて十六歳の健全な男子だ。最近気になっている女の子の使用済み衣服――下着や靴下も含む――なんてのが手元にあれば、まあ心穏やかではいられない。
不必要に触らないようにはしているが心臓はうるさく鳴るし、ついでにその女の子が現在自分のローブを羽織っている下は全裸なのだと改めて自覚すると、申し訳ないが少しばかり興奮してしまう。
アベルとジャンは胡乱な目でこちらを見ていた。
「殿下……エリエノール様に何したんです? 妊娠なんてさせていたら、さすがのわたしでも揉み消せないのですが」
「にっ……そんなことはしていない! 子どものつくり方は教えたが、妊娠させるようなことはしていない!」
「妊娠」だなんてあまりに直接的な単語を言われ、動揺のあまり余計なことまで口走った。彼女が服を着ていないことを知られたせいか、あらぬ疑いをかけられているようだ。
「子どものつくり方」という言葉が、さらに疑惑を加速させる。
「待ってください殿下。子どものつくり方教えたってどういうことですか? 口頭でですよね? まさか実践なんて言いませんよね? エリエノールにそんな酷いことしてたらさすがに殴りますよ?」
「口頭だ! 色本はちょっと見せたが――実践なんて、するわけがなかろう! ……断じて、性行為には、及んでいない。僕と彼女は、そんな関係にはなっていない」
疑惑を晴らすべく、はっきりと言う。サイードとエリエノールは、そのような性的な関係にはなっていない。しばらくみんなで沈黙する。
サイードも先のことでいろいろと動揺していたが、いきなり女の子の下着を目の当たりにしてしまったふたりもまた動揺していたのだろう。三人には、少し落ち着くための時間が必要だった。
「……たしかにそうですね。童貞の殿下がいきなりそんなことできるはずありませんから」
「おいアベル。お前だってまだ童貞だろうが」
ようやく疑惑はきちんと晴れたようだ。童貞なんて言われるのは不服だが事実なわけだし、どうせアベルもお仲間だ。ジャンがどうなのかは知らないが、ともかくサイードは今日もきちんと未経験のままである。
「何もしてないなら良いですけど、ならなんでエリエノールは服脱いでるんですか? 口頭とは言え、なんで子づくりの話なんかになるんです? それに色本って……」
「服は彼女自ら――いや、まあ脱げとは言ったが――彼女が脱いだのだ。子どものつくり方は聞かれたから答えただけで、何もしてない……とは言えないが、彼女を襲ったりはしていない。……たぶん。色本は……アベルから借りたやつを、子づくりの説明の際に見せた」
アベルが目を丸くして、ジャンもなんだか物言いたげな表情をした。また失言をしたのかもしれない。
「は……? え、待ってください殿下。は? え、あれ見せたんですか? エリエノール様に?」
顔面蒼白のアベルに、こくりと頷く。やはり言わない方が良かったようだ。
「まさかとは思いますが……あれ、わたしから借りたのだって言いました?」
「すまん、言った」
「……殿下、貴方まじで屑ですね」
「すまない」
珍しいことに、アベルがずぅんと沈んでしまった。さすがのアベルでも、クラスメイトの女子に自分の所有する色本のことを知られるのは辛かったらしい。たいへん申し訳ない。
「つかぬことを伺いますが……殿下。アベルの色本ってそんなやばいやつなんですか?」
「なかなか凄いぞ。僕はもう少し浪漫的な方が好みだが、あれはかなり過激な――」
「殿下、ちょっと黙れください」
「はい、黙ります」
アベルに険悪な声で命じられたので、とりあえず黙った。
「……読みたいなら、僕の次に借りたら良い」
「そうですね。アベル、次貸して」
「もう良いです。ジャンにあげますよ」
「おう、ありがと。……で、話戻しますけど。殿下、さっきの曖昧な言い方なんなんです? てか脱げって言ったんですね。……何もしてないとは言えないって、殿下はエリエノールに何したんです?」
「僕は――」
サイードはエリエノールに何をしたのか。くだらない色本談義を終え、それを改めて思い出す。
『脱げ』と言って服を脱がせ、『抱きたい』と言ってベッドに押し倒し、子づくりの話をするときには過激な色本を見せ、彼女が眠った後には――
「……なあアベル。僕には闇属性魔法がかかったりしてないか? 僕にも服従の魔法がかかったりしていないか?」
「はぁ? かかってません、けど……。服従の魔法とおっしゃいました?」
「ああ。……よし、アベル、ジャン。僕を殴れ。僕は最低の下衆野郎だった」
「なに自己完結してるんですか。やっぱ酷いことしたんですね?」
そう、サイードはエリエノールに酷いことをした。殴られるに値する不埒な行いを、彼女が寝ている間にした。
唇に触れたあの感触を思い出し、罪悪感を覚えるとともに頬が火照る。
「……キス、したんだ。あんなこと、するつもりなかったのに。……こんなでは、父上のことをとやかく言えないじゃないか……」
サイードは、眠っているエリエノールにキスをしてしまった。何故そんなことをしてしまったのか自分でもよく分からない。
彼女は、〝神の血をひくお姫様〟は、サイードの敵だった。嫌いなはずだった。
それなのに――いつの間にか彼女に抱く気持ちが変わって、彼女は〝エリエノール〟というひとりの大切な女の子になった。好きな子になった。
(あのときは、こんな気持ちになる日がくるなんて思ってもみなかったな――……)
思い出すのは、父王から言われた言葉。サイードが彼女に心乱され始めた、あの日のことだ。




