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夏の樹  作者: 粥
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六十

世間はすっかりクリスマスムードになっていた。それに当てられたのか、凛が私をクリスマス当日にデートに誘ってきた。

だが、


「バイト」


と言って断った。

バイト先の店長が、クリスマス期間限定のケーキを出したのだが、それが大当たりしてしまい、クリスマスはイブと当日は出来ればバイト入って欲しいと言われてしまったので断らざるを得なかった。

いや、この言い方はなんか変だな、まるで仕方なく断った感じがする。別にどっちでも良いや。


バイト中、店長と凛の話をした。店長は凛の名前を知らないから彼とか男の子と表現していた。


「ごめんねぇ、こんな日にバイト入ってもらって」

「別に大丈夫ですよ、お金欲しいんで。それにお店が混むのは目に見えてましたもん」

「でも、彼と一緒に今日を過ごせなくて寂しいんじゃない?」

「彼?」

「ほら、いつもここまで送り迎えしてくれる男の子」

「ああ...凛のことですか。別にあいつとはただの幼馴染なので」

「えぇ?そうなの?好きとかじゃないの?」

「好きとかじゃないですね」


私は洗い物でまだ水気の残っている皿やカップを布巾で拭きながら冷静に、表情を変えることなくそう答えた。


「へぇ〜。でも彼はそうじゃないんでしょ?」

「まぁ、そうみたいですね」

「あれ?気付いてないわけじゃないんだ?」

「だって直接数えきれないくらい言われてますし、もう聞き飽きてます」

「聞き飽きてるって...。でもさぁ、それって幸せなことじゃない?」

「何がですか」

「好きって言葉を聞き飽きたことある人なんてそういないわよ。それだけ愛されてるって事よ」

「愛が重いでーす」

「重いくらいが丁度良いのよ」

「私は自由でいたいんですよ。だからあいつが足枷になるなら足を千切ってでもあいつから離れますよ」

「怖いこと言うなぁ、でもさぁ...」


その後店長が言った言葉が、やけに印象的だった。全くその通りだったから、ストンと心の中に落ちた気がした。



バイトの時間も終わり、バイト着から私服に着替え、更に店長から余ったからとくれた、茶葉と好きなケーキの入った袋を持って足早に帰ろうとした。


(寒っ...)


予想以上に寒かったのでマフラーに顔を埋めながら歩いていると、見たことのある後ろ姿を見つけた。凛だった。

凛は誰かと話していて、その相手はこの前チラッとだけ会った紫音だった。


(へぇ〜あいつも隅におけないねぇ)


私に今日のデートを断られたから他の人に声をかけたか。しかも美少女と有名な紫音とは、やりおる。


ついつい何の話をしているのか気になってしまって足を止めてしまったが、ここで凛の意識を私に向けさせるのは忍びないのでこっそり帰ろうとした。

が、帰路を歩むためのその一歩を踏み出そうとした時、紫音と目が合った気がした。


紫音は微笑んで、何かを凛に告げた後、少しだけ背伸びをして凛にキスをした。まるで私に見せつけるかの様に。


「................」


凛が女の子とキスをしているところを見たのは初めてで、しばらく喫驚してしまった。

そして紫音が凛から離れた後、また私を見た。その時の視線の冷たさは、凛に向ける妖艶な眼差しとは全く違った。


だがそのおかげで私は我に帰ることが出来、そこから逃げるように家路を急いだ。


(何だ?何故私は急いだ?何故逃げる様に帰ってる?見てはいけないものだったからか?いや確かに他人のキスシーンは衝撃的だが、街中にいる他所のカップルだったらこんなじゃないはず...)


色んな考えを巡らせながら家に帰ると、私は母に帰った事を告げるだけ告げて、ケーキを冷蔵庫に入れる事なく部屋のベッドにダイブした。



朝、目が覚めると後悔の念に(さいな)まれた。

パジャマに着替えず私服のまま寝てしまったので、しわくちゃになってしまった。少しだけだが化粧もしていたし、シャワーも浴びてないので不快感が残る。

起きたのは朝の11時近く。部屋着を持ってお風呂場に向かい、寒さを払拭する為に熱いお湯を頭から被った。

頭と身体を念入りに洗った後、サッパリした状態でリビングに向かうとお母さんがバランスボールの上で遊んでいた。一応トレーニングと言っていたが、私にはそうは見えなかった。


「おはよ」

「おはよ〜。藍那、あんたケーキ貰ってきたなら冷蔵庫に入れないと。冬だからって大丈夫ってわけじゃないからね」

「え、あ...うん。ごめん」


言われてようやく私は昨日帰って来てからケーキを冷蔵庫に入れ忘れていたことに気づいた。

お昼ご飯の前にケーキと貰った紅茶を淹れてその美味しさに舌鼓を打った。

相変わらずバランスボールの上でフラフラしながらテレビを見ているお母さんが、話しかけて来た。


「藍那〜昨日どうだった?やっぱお店混んだ?」

「うん、まぁ時期が時期だし」

「そっか。あんた彼氏は?」

「ぶっ!あっつ...!」


脈絡もなく飛んできた質問に驚いて飲んでいた紅茶を吹いてしまった。


「何急に...」

「いや、昨日バイトだったみたいだから、彼氏と予定なかったのかなぁって思っただけ」

「いや、彼氏とかいないから」

「あれ?いないの?凛くんは?」

「何でみんな凛が私の彼氏だと思うわけ?一緒にいるただの幼馴染ってだけだから」

「えぇ〜?」


私は納得行かないって顔をしてる母親を尻目にケーキを食べ終わった。

少しだけぬるくなった紅茶を啜りながら、昨日の衝撃的な光景を思い出した。


紫音と凛のキスをした時、店長に言われた言葉を思い出す。


『でもさぁ...その幼馴染くんが長谷さんを裏切るなんて考えた事ないでしょ?』

『裏切る...ですか?まぁ、確かに私に嘘ついてるなんて聞いた事ないですね』

『無意識に信頼してるのよ。どんなに言われ慣れても、どんなに聞き飽きたとしても、その言葉の持つ意味の大切さはやっぱり変わらないもの』

『................』

『好きになれとは言わないけど、真摯に真っ直ぐ向かってくる人を、蔑ろにしてはいけないね』


そう言った店長の顔は、昔を思い出すかの様に遠くの一点を見つめていた。

ケーキを食べ終えた私は、お姉ちゃんに電話した。多分今日は休みだろう。


『はいもしもし、藍那ちゃん?どしたぁ?』

「もしもしお姉ちゃん?今からお昼ご飯食べに行かない?ちょっと相談したいことがあって」

『うんいいよ、今那月と大和が釣り堀行っちゃって暇だったんだぁ〜。じゃあそっち行くね』

「うん、ありがとう待ってるね」


お姉ちゃんが来るので私服に着替え、色々準備し終わったところで丁度お姉ちゃんが来たので二人で街中へご飯を食べに行った。


ランチが安くて美味しいと有名なお店をお姉ちゃんが知っていたのでそこでご飯を食べることにした。

そして私の相談について話した。


「で?何なの?相談て」

「私...さぁ、みんなに彼氏いないって言うたびに、凛が彼氏なんじゃないの?って言われるんだよね」

「凛くんって幼馴染の?まぁ昔から一緒だし高校でも仲良いところを見てたらみんな言うかもねぇ」

「お姉ちゃんは無かったの?そういう噂とか、勘違いされたりとかさ」

「んー...噂は、まぁされたよね。那月と付き合ってんのかぁ?って一時期凄い聞かれたね」

「付き合う前でしょ?」

「うん、付き合ってからは堂々と言ってやろうと思ってたけど、あなたのお兄ちゃんに、『言いふらさないでくれ』って言われたから、変に濁してた。すっごい言いたかったけどね!」

「どして?言ったらみんなに囃し立てられて嫌じゃない?」

「だって那月すっごいカッコよくてね?みんなに那月がかっこいいのバレて、みんな那月のこと好きになっちゃうって思ったからね?この人は私のなんだよ!っていう事を知らせたかったんだもん...」

「可愛いかよ...」


頰を膨らませて必死にそういうお姉ちゃんが可愛すぎて、思わずそんな言葉がポロッと口から出てしまった。


「話逸れちゃったね。それで?噂されるのが嫌なの?」

「それもそうなんだけど...。あの...これは惚気じゃないからね?」

「なぁに?」

「凛ってカッコいいんだよ、性格も良いし、気遣いも出来て、笑った顔は私でさえかわいいって思えるくらい」

「惚気じゃないんだよね?」

「だから、私じゃなくて他の人を好きになって欲しいんだよ」

「................」


私は、しっかりと心の中にある全ての言葉を出し切ろうとする。バケツの中の水を全て撒くように、精一杯傾けて。


「でも...昨日はそうじゃないのかなって思った」

「そうじゃないって...他の人を好きになってほしくないって思ったの?」

「そうかは分からない。そうじゃないかも知れない。でも、今までの考えとは違うってことだけが...確かかな」

「ふーむぅ...」


私は心に沈殿していた重い何かの答えを知りたくてお姉ちゃんに相談した。お姉ちゃんなら、分かるような気がしたから。


「藍那ちゃん」


お姉ちゃんはいつになく真剣な眼差しを私に向けた。


「藍那ちゃん、これは自分で答えを出すものだと思う。確かに私は藍那ちゃんの中のモヤモヤを晴らす答えを知ってる」

「うん...」

「でもそれを私が言ったら、それは藍那ちゃんの考えじゃなくなる。藍那ちゃんの考えを藍那ちゃんなりに考えて、それをちゃんと受け止めないといけないよ」

「分かってるなら教えてくれたって...」

「ダメだよ、これだけはダメ。これだけは、甘えちゃダメ」

「................」


お姉ちゃんは真剣な眼差しから優しい微笑みに変えて、机の上で硬く握られた私の手を上から優しく握ってくれた。その手は私より少しだけ大きく、とても暖かかった。


「大丈夫、那月も、秋穂ちゃんも、宗介くんも、みーんな答えを出せたから、藍那ちゃんにもきっと出来る」

「その答えを出せなかったらどうしよう...」

「大丈夫、大丈夫だよ」


私を取り巻く不安を優しく取り払う様に、何度もお姉ちゃんはそう言い続けてくれた。

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