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夏の樹  作者: 粥
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五十九

クリスマスになり、ある人は恋人の到着を分かりやすい建物を目印に待ち、ある人はケーキを持って家路を急ぎ、ある人は憂鬱な顔をしながら働いている者もいた。


そんな中、凛は街にあるファミリーレストランの前で紫音を待っていた。

最初は店内にいたのだが、連絡ではあともう少しで着くといっていたので一応外に出ておく。


すると、後ろから声を掛けられた。振り返ると紫音がいた。


「お待たせ、凛くん」

「ん、別に」


振り向きざまに見た紫音は、白いコートを着ていた。上はマフラーなどでモコモコしてるくせに、下は長い足が映える黒タイツでシュッとしている。


「どしたの?ジッと見て...?あ、まさか見惚れてた〜?」

「別に」

「だよねぇ〜分かってた。さて、じゃあ行こっ」


紫音は凛の腕に自分の腕を絡ませて引っ張るように歩いた。凛は面倒だからもう好き勝手にさせて全てを任せるようにした。


「凛くん、女の子といっぱいデートしてそうだよね」

「別にしてないけど」

「そうなの?もしかして私が初めてだったり?」

「いや、藍那ちゃんと色んなとこ行ってる」

「へぇ〜でもさぁ、あっちはデートって思ってなかったり...?」

「今の状況みたいにね」

「大丈夫大丈夫、私はちゃんとデートだと思ってるよ」



凛は言い返したかったが面倒なのでその口を紡いだ。

街中を歩いていくうちに人も増え、凛と紫音の二人の物理的な距離も強制的に近くなる。


「大丈夫?逸れない様にね?」

「ん...」


そんな事を言ったすぐ後に、紫音は何かに躓いて前に倒れこもうとしていた。

それにいち早く気付いた凛は咄嗟に紫音の腕を掴み、転ぶところを助けた。


「ダイジョーブ?コロバナイヨーニネ」

「........ご、ごめんなさい...」


焦点が合わずさらにこれでもかと言う程の棒読みで声をかける。紫音はそれに恥ずかしそうに返事をした。


そしてそのまままた歩き続けると、紫音は掴まれていた腕を手にすり替えて、上手いこと手を繋いで歩き出した。


「ねぇ、何で手繋ぐの」

「ん?デートだからだよ〜」

「意味分かんない」

「これから分かるよ」


凛はもう手を離すのも申し訳ない上に面倒なので好きにさせながら目的地へ向かった。


しばらく歩いていると、紫音がある建物に凛を誘った。

そこは都心にある水族館で、街中にいるカップルたちがたくさん集まっていた。


「うはぁ〜やっぱり人多いんだねぇ」

「うざぃ...」


藍那がこういった人混みが大嫌いなタイプなので一緒に行動している凛も自動的に苦手になっている。なので凛にとってこの水族館は地獄の様な場所だった。


「なにこれ...何が楽しいの」

「えーだってこの寒い中海潜って見に行くよりはマシじゃない?」

「ただの魚じゃん、食べたら美味しいだけの」

「でもさぁ...」


紫音は水族館のクラゲコーナーで、水槽の中を見つめながら言った。


「この子たちが何でこういう形として生まれたのか、気にならない?」

「................」

「凄いよね〜人じゃ絶対に水圧で潰される様な場所でも原型を留めて生きてる。人よりも丈夫な身体をしてるんだよ」

「そんな魚をこんな衆目の目に晒して自己満足に浸る僕たちが、一体どのツラ下げて綺麗だなんて言うの」

「んーまぁそれを言われては、何も言い返せないけども」


紫音はしてやられたという笑顔を凛に向ける。


その後も館内を回り続けたあと、水族館を出た。

随分と長い間水族館へ滞在していたのか、周りはすっかり暗くなっていた。


「ご飯食べに行こうか、お腹空いたでしょ?」

「うん」


凛と紫音は車では通れなさそうな少し狭い路地に入り、地下のお店に入っていった。


「友達が勧めてくれたお店なんだ〜。居酒屋みたいだけど、ただの洋食屋さん」

「ふーん」


凛は興味なさげにそう言って、紫音に言われるがまま席に座った。

メニュー表を見ると随分種類が豊富で、店長一押しのメニューが美味しそうな写真付きで載っていた。


「何にする?私グラタンにしようと思ってるんだけど」

「オムライスが良い」

「ん、じゃあ頼んで良い?」

「うん」


店員に頼んだ後、ご飯が来るまでしばらく歓談した。


「ねぇ、今日のこと、藍那ちゃんには言ってるの?」

「...何でそんなこと聞くの」

「んー?ちょっと気になったから。で?どうなの?」

「別に言ってないけど」

「ええ!?意外!」


とても驚いた紫音の声に凛も同時に驚いて肩がビクっと震えた。

それに謝りながら、紫音は話を続けた。


「え...言ってないんだ?」

「別に言ってもなぁ。って思って」

「そっかぁ、じゃあ今日出かけたのは二人だけの秘密ってことだ」


紫音は嬉しそうに、楽しそうにそう言った。


「別に言おうと思えば今電話して言えるけどね」

「でもしないでしょ。面倒だから」

「................」


紫音は凛のことを分かってきたのか、凛の考えの一歩先をいっていた。凛は先を越されて不機嫌そうな顔をする。


しばらくしてご飯を食べ終え、二人はイルミネーションによって彩られた街中を歩いた後、藍那のバイト先付近で別れた。

別れ際、紫音が後もう少しだけ話がしたいと言ったので、付き合ってあげることにした。


「今日は凛くんのおかげで楽しかったよ、ありがと〜」

「僕じゃなくても良かったでしょ」

「まさか、凛くんだから楽しいって思えたんだよ。他の人じゃダメ」

「まぁ好きに受け取ればいいんじゃない」

「凛くんさぁ...好きな子とか、いるの?」

「いるよ」


凛は紫音のその質問にすぐに答えた。迷う余地など微塵もなかった。そして紫音もその答えが返ってくることを分かっていたので驚きもしなかった。


(ま、長期戦は覚悟してるし別に良いんだけどね...)

「その人って藍那ちゃんのことだよね?」

「そうだけど?」

「学校でもそんな感じ?そんな感じで、好きって言ってるの?」

「まぁ」

「いつまで振られるつもり?」

「振ってるつもりは無いと思う。あっちは、そもそも僕が言う『好き』を幼馴染としての『好き』と勘違いしてると思う」

「じゃあ本気で言えば?」


紫音は冷たくそう言った。

でも凛はその言葉に言い返すことが出来ずにいた。


「出来ないよね。だってそうしないのは凛くんの優しさと恐怖だもんね」

「................」

「今の『幼馴染の関係』を壊さない為の、藍那ちゃんに気を使わせない為の優しさと、自分が藍那ちゃんの近くにいられなくなる恐怖が、今の凛くんの行動の原理だもんね」

「................」

「それを恋心と呼ぶのは少し違うよ凛くん。それはね...」


紫音は話の途中で自分の話を大人しく聞いている凛の唇にそっとキスをした。

少し驚いた様な顔を確認した後、


「保身って言うんだよ」



紫音はそれだけ言って自分の家のある方へ歩いて行った。

凛は紫音が言った言葉と、キスの感触にただ呆然とするしかなかった。


(さて、ちゃーんと目に焼き付けてくれたかな?)


紫音はスキップで鼻歌交じりに家路を急いだ。

お久しぶりです

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