第9話:安全領域(セーフエリア)での結合テストと、二つの鼓動
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11層の奥深く。魔物の気配が完全に途切れた、分厚い石壁に囲まれた行き止まりの小部屋。
周囲の安全を確認したミクは、部屋の奥にある巨大な岩石を指差した。
「よし、ここなら暴発しても被害は最小限で済むわ。ガルド、入り口の警戒をお願い。ルカ、アリア、あの岩を標的にして頂戴」
「任せとけ。……おい、絶対に俺の方に飛ばすなよ!」
大盾を構えるガルドを背に、ルカとアリアが岩石の前に並び立つ。
「アリアと言ったな。まずは私が基準のテンポを作る。私の魔力構成の波長を感じ取り、そこに君の魔法を『衝突』させろ。行くぞ……『水球』!」
ルカの杖の先から、極限まで圧縮された高密度の水球が射出される。
「今っ! 『ファイア・ボルト』!」
アリアも同時に炎を放つ。しかし――。
シュゥゥゥゥ……。
炎は水球に当たる直前で威力を失い、ただの湯気を立てて消滅してしまった。岩石には水球だけが激突し、パシャリと弾ける。
「遅い。君の詠唱の初動が、私の射出速度に負けている。もっと早く練り上げろ」
「す、すみません! もう一回お願いします!」
そこから、終わりの見えない調整作業が始まった。
何度も魔法が放たれるが、失敗が続く。アリアが早く撃ちすぎれば水球が蒸発し、遅ければ炎が消される。
「……ダメだ。なぜ私の完璧なテンポに合わせられない? 魔法の構築速度は悪くないはずだが、最後の射出の瞬間に君の魔力が僅かにブレるんだ」
数十回目の失敗の後、ルカは苛立たしげに杖を下ろした。
俯くアリアを見て、壁際で観察していたミクが静かに口を開く。
「ルカ。あなたが前のパーティーを三日で抜けた理由が、少し分かったわ」
「何?」
「あなたは自分の魔法を『絶対の基準』にして、相手に100%の同調を強要している。でも、人間は機械じゃないのよ。呼吸も、魔力の揺らぎも、その時々で変化するわ。……歯車はね、片方が自分の速度だけで回ろうとしても、噛み合わなければただ空回りして壊れるだけよ」
ミクの理詰めの指摘に、ルカは反論しようと眉を吊り上げたが――隣で荒い息を吐きながらも、必死に自分を見つめ返すアリアの瞳を見て、言葉を飲み込んだ。
(……相互の同調。私が基準を作るだけではなく、私が彼女のブレを補正する……?)
極度の完璧主義者であるルカは、同時に魔法の真理を追究する研究者でもある。論理的に正しいと判断すれば、己の非を認めることに躊躇いはない。
ルカは小さく息を吐き、アリアに向き直った。
「……私の失策だ、アリア。君の魔力は、炎の特性ゆえに感情と同調して揺らぎやすい。それを私の静かな水のテンポに無理やり合わせようとすれば、ブレが生じるのは当然の理屈だった」
「ルカさん……」
「やり方を変えよう。君はもう、私のテンポを気にして抑え込む必要はない。君自身の最大の速度と威力で、炎を撃ち出すことだけを考えろ」
ルカは杖を構え直し、スッと目を閉じた。
「君の魔力の高まり(ピーク)と、炎が射出される軌道。それを『私』が読み取り、水球の速度を微調整して、衝突のタイミングをコントロールする」
「ルカさんが、私に……? でも、それじゃあルカさんの負担が……」
「馬鹿を言うな。この私にできない制御などない。それに――」
ルカは目を開き、アリアを真っ直ぐに見据えた。
「君もただ好きに撃つだけじゃない。私の『呼吸』を感じ取れ。二人の呼吸が重なった瞬間、それが発動の合図だ」
一方的な強要ではなく、互いが互いを感じ取り、歩み寄る。
それこそが、真の連携の在り方だった。
「……はいっ!」
アリアは杖を両手で強く握り締め、目を閉じた。
隣に立つルカの、静かで冷たい魔力の流れを感じ取る。ルカもまた、アリアから立ち昇る熱を帯びた魔力の鼓動に神経を澄ませた。
吸って、吐いて。
二つの異なる呼吸が、静寂の小部屋の中で、ふと重なり合う瞬間が訪れた。
((――今ッ!!))
声に出すまでもなかった。
「『水球』!!」
「『爆炎球』!!」
アリアの杖から、彼女の持てる最大の炎が放たれる。その激しい魔力の奔流の速度をルカが瞬時に計算し、水球の射出速度をコンマミリ秒単位でアジャストする。
蒼と紅。二つの魔法は、標的である岩石の数十センチ手前で、寸分の狂いもなく正面衝突した。
直後――。
カッ……!!
一瞬の閃光の後、ドゴォォォォォォォォォォンッ!!! という規格外の轟音が小部屋を揺るがした。
「うおぉっ!?」
「きゃあっ!」
凄まじい爆風と、超高温の蒸気が部屋全体に広がり、ミクとガルドはたまらず腕で顔を覆いながら壁際へ吹き飛ばされた。
やがて蒸気が晴れると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
大人が見上げるほどあった頑丈な岩石が、跡形もなく粉々に吹き飛び、床にはすり鉢状のクレーターが穿たれていたのだ。
「……信じられない。これが、防御力無視の水蒸気爆発……!」
ミクは目を丸くして呟いた。どんなに硬い装甲を持つ魔物でも、これが直撃すればひとたまりもないだろう。
「……ハァ、ハァ……」
魔力を使い果たし、膝をついたアリア。
その隣で、ルカもまた荒い息を吐きながら、自身の杖と、粉々になった岩石の跡を交互に見つめていた。
そして、ルカの口からフッと、今までにないほど穏やかで満足げな笑みがこぼれた。
「……完璧だ。私の計算と、君の熱が見事に噛み合った。……よく私の微調整に食らいついてきたな、アリア」
「っ……! ルカさんが、合わせてくれたから……!」
アリアが嬉し涙を浮かべながらへたり込むと、ミクが歩み寄り、ルカに向かって真っ直ぐに手を差し出した。
「どうやら、相互評価は最高の形でクリアできたみたいね」
「ああ。君の言う通り、歯車は噛み合ってこそ真の力を発揮するらしい」
ルカはその手を、今度は一切の皮肉なしに、しっかりと握り返した。
致命的な火力不足という課題を解決する、最強の合体魔法。
そして何より、独りよがりではない「四人目の仲間」を迎え入れた『トライ・リンク』は、ついに中層の奥深くへと挑むための真の力を手に入れたのだった。
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