第82話:運営(魔族)たちの雑談と、消去された真実(管理者権限)、そして熱狂の実況中継
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迷宮の最深部、すべてのシステムを統括する中枢領域。
空中に無数のモニタリング・ウィンドウが浮かぶその部屋で、囚われの身であるアリアは、奇妙な光景を目の当たりにしていた。
人間を無差別に殺戮する冷酷な存在――そう信じていた「魔族」たちが、まるで仕事の合間にサボっている労働者のように、水晶のモニターを見ながら気楽な雑談を交わしていたのだ。
「……なぁ、あの第73層のボーナス空間。いくらなんでも、サービスしすぎじゃないのか?」
「いいんだろ。それが創造主である我らの神のご意志らしいしな」
「確かに『人間が楽しめる遊園地にしろ』とは言われているけどよ……それにしても難易度の落差が極端すぎねえか?」
水晶に映し出されたミクたちが、地底湖でくつろぐ姿を見ながら呆れたように笑う魔族たち。
その会話の内容は、アリアの常識を根底から覆すものだった。
「……どういうこと!? あなた達魔族は、人間を滅ぼすために戦っているんじゃないの!?」
縄で縛られたまま、アリアはたまらず口を挟んでいた。
すると、モニターを囲んでいた魔族たちが、一斉にキョトンとした顔でアリアを振り返る。
「は? いつ俺たち自身がおまえ達人間と直接戦ってきた?」
「ひーっひっひ。俺たちが人間を滅ぼすだってよ。極上のギャグだぜ、な、おい」
一人の魔族が腹を抱えて笑い出し、他の者たちも肩を揺らしてクスクスと笑い始めた。
人間を憎悪するような空気は一切ない。彼らの眼差しは、勘違いをして怒っている子どもを見るような、ひどく冷めたものだった。
「人間が生態系の頂点だと思っているようだがな、そんなものはおまえ達人間が勝手に信じているだけだ」
角の生えた魔族が、アリアの前にしゃがみ込んで鼻で笑う。
「おまえ達人間も、その他の全ての生物も、創造主様に生かされてるんだよ。この迷宮だって、おまえらを試して遊ばせるための、ただの巨大な箱庭に過ぎねえんだ」
――人間が楽しめる遊園地。
――すべての生物が生かされている箱庭。
その圧倒的な真実(システムの根幹仕様)を突きつけられ、アリアは言葉を失った。私たちが命を懸けて戦ってきたものは、神の作り出した「遊び場」のギミックに過ぎなかったというのか。
「おい、お前たち!!」
その時、部屋の奥から重々しい足音と共に、ひときわ巨大な体躯を持った上司と思われる魔族(システム管理者)が姿を現した。
「貴様ら、ペラペラと喋りすぎだ! 囚人に対して、バックグラウンドの仕様(機密情報)を垂れ流してどうする!」
「あ……す、すみません、管理者!」
「チッ……たるんでいるぞ。お遊びの監視ばかりしているからそうなるのだ」
上司の魔族は部下たちを鋭く一喝すると、呆然としているアリアの目の前へと歩み寄った。
「システムには秘匿すべきルールというものがある。……今聞いたことは、お前の記憶領域から消去させてもらう」
魔族の太い指先が、アリアの額に触れる。
次の瞬間、バチィッ! という魔力の閃光が走り、アリアの意識は一瞬だけ深い闇へと沈み込んだ。
* * *
「……ん、ぁ……?」
ハッとアリアが目を覚ますと、彼女は先ほどと同じように部屋の隅で縛られていた。
頭がぼんやりとする。魔族たちが何か、とても信じられないような重要な話(世界の真実)をしていた気がするのだが……いくら思い出そうとしても、すっぽりと抜け落ちたように何も頭に浮かんでこない。
アリアが困惑して首を振っていると、再び魔族たちの騒がしい声が耳に飛び込んできた。
「おい見ろ! あの異常なパーティ、第77層に入りやがったぞ!」
「出たァ! 悪夢のルーレットフロア! 最初に出たのは……【極寒地獄】だァァッ!」
魔族たちはまるでスポーツ観戦(eスポーツの実況)でもしているかのように、モニターに群がってワーワーと騒ぎ始めた。
(……ミクさんたち……!)
アリアは縛られたまま、首を伸ばして彼らの声に耳をそばだてる。
「氷の狼の大群に囲まれたぜ! あいつら、あの装備じゃ凍え死ぬんじゃねえの!?」
「ああっ、みんな、逃げて……!」
魔族の実況に、アリアは血の気が引いてブルブルと震える。
「……って、おい嘘だろ!? あの後衛の男、一瞬で全体に耐寒バフ張りやがったぞ!?」
「うはははっ! 前衛のデカい斧の女が、氷の狼どもをまとめてミンチにしてるぜ! すげぇ火力だ!!」
その実況を聞いて、アリアの表情がパッと明るくなる。
(ルカさん……! ヴァレリアさん! さすがです……っ!)
「おっと、今度はルーレットが【水の魔境】を引き当てたァ! 地面が消えて、極細の通路しかねえぞ!」
「横並びできない一本橋! そこに水中からの側面奇襲だ! さすがの連中もこれには陣形が崩れるだろ!」
魔族が興奮気味に叫ぶ。
(そんなのズルい……! 避けられないじゃない……!)
アリアの胸がギュッと締め付けられ、再び絶望感で青ざめる。
「……いや、待て! 最後尾にいる大盾の男! あいつ、自分から横にスライドして、水面からの攻撃を全部一人で弾き返しやがった!!」
「マジかよ、ドワーフの工房で打ち直した盾だ! 全然壊れねえぞ!」
「うひゃーっ! ガチガチの鉄壁じゃねえか!」
(ガルドさん……っ! よかった、ちゃんと盾が直ってる……!)
アリアはホッと胸を撫で下ろし、嬉し涙を浮かべる。
「だがまだまだ続くぜ! 【灼熱地獄】に【長雨の不快陣】! 天候がメチャクチャに荒れ狂ってる!」
「おい見ろよ、あの双剣のリーダーの女(PM)! どんな環境に書き換わっても、コンマ数秒で戦術を組み直して指示出してやがる!」
「バケモノかよあの適応力! 見てるこっちがハラハラするぜ!」
敵であるはずの魔族たちが、ミクたちの神業のような連携を見て、完全にファン目線で熱狂してしまっている。
その不思議な光景を前に、記憶を消されたアリアの心を満たしていたのは、恐怖ではなく、どこまでも誇らしい気持ちだった。
(みんな……みんな、すごい……っ!!)
縛られた両手を胸の前でギュッと握りしめ、アリアは涙ぐみながら笑みをこぼす。
恐ろしい環境変化にも決して屈することなく、自分を助けるために迷宮の理不尽を次々と打ち破っていく仲間たち。
魔族たちが実況するその快進撃の記録に一喜一憂しながら、アリアは最深部で彼らとの再会を強く、強く信じ続けるのだった。
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