第34話:反復テスト(リグレッション)と、血肉となる論理
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「……対象の全消滅を確認。お疲れ様、みんな」
迷宮第43層、腐食の樹海。
ミクが双剣を鞘に収めると、ガルドは大きく息を吐いて大盾を下ろし、ルカとアリアも安堵の表情を浮かべた。
例外処理パターンA――「敵にヘイトが効かず、後衛が直接狙われた場合」の陣形が見事に機能し、ディープ・ストーカーの群れを無傷で殲滅できた直後のことである。
「よしっ、新しい戦術は大成功だな! この調子で次の階層を目指そうぜ!」
ガルドが意気揚々と歩き出そうとしたが、ミクはその背中に冷や水を浴びせるように、鋭くストップをかけた。
「待って、ガルド。……私たちはこの階層から、しばらく動かないわよ」
「えっ? 動かないって……どういうことだ?」
ガルドが不思議そうに振り返る。アリアも小首を傾げた。
「たった一度上手くいったからといって、毎回上手くいくとは限らないわ」
ミクは樹海の奥深く、未だ無数の魔物が潜む暗闇を見据えたまま告げた。
「さっきは『たまたま』皆の意識が新ルールのテストに向いていたから、スムーズに動けただけ。でも、本当のイレギュラーは、私たちが疲労困憊の時や、別の戦術に意識を割いている時に唐突にやってくるものよ。……その極限状態の時に、頭で考えてから動くようじゃ、遅すぎるわ」
ミクの言葉に、ルカが顎に手を当てて深く同意した。
「……なるほど。一度の動作確認で満足せず、あらゆる状況下での再現性を担保するための『反復テスト(リグレッション・テスト)』を行うということだな。……確かに、今の私たちは頭の表面でルールを理解しているに過ぎない」
「ええ。だから、このルールを『反射』の領域まで体に叩き込むわ。……ディープ・ストーカーが湧かなくなるまで、ここで狩りを続けるわよ」
それからの数日間、第43層の樹海は『三律の連環』にとっての過酷なテスト環境と化した。
ガサガサッ!
「来たわよ! パターンA!」
「応ッ!」
ミクの合図でガルドが後退し、ルカとアリアが防衛ラインを敷く。
だが、二度目、三度目の戦闘では、ミクの懸念した通り、わずかな「ノイズ」が目立ち始めた。
「ガルド、後退のステップが半歩遅い! 敵をギリギリまで惹きつけようとするタンクの『癖』が出てるわ! パターンAでは防御より『陣形の構築』を最優先して!」
「くそっ、頭じゃ分かってても、つい体が……!」
「アリア! 泥沼の温度が低いわ! 焦って詠唱を急ぎすぎている!」
「す、すみません! 敵が近くに見えて、つい……!」
頭で理解したルールと、今まで培ってきた戦闘のクセ。そのズレが、コンマ数秒のラグを生み出す。
ミクは遊撃手として敵を狩りながらも、そのすべてのラグを冷徹に指摘し、修正し続けた。
さらにミクは、わざと過酷な条件をパーティーに課した。
「ルカ、アリア! 次の群れは『魔法が効かない敵』だと仮定して戦うわ! パターンBへ移行! 魔法による直接ダメージは一切禁止よ!」
「……チッ、やってやろうじゃないか。『水鏡の幻影』!」
「『煙霧』!」
ルカとアリアが攻撃を封印し、徹底した状態異常と視界妨害に徹する。
ダメージソースを失った状態で、ガルドの戦斧とミクの双剣だけで群れを解体する泥臭い乱戦。
時にはガルドが被弾し、時にはミクが敵の毒爪を掠めることもあった。
傷つき、泥にまみれ、ポーションを消費しながらも、彼らは決して「いつもの戦い方(合体魔法)」に逃げることはなかった。
失敗しては修正し。
傷ついては話し合い。
また立ち上がって剣と杖を振るう。
数十回、数百回という反復。
「ガルド、後退!」
「おう!」
「防衛ライン、展開完了!」
「シィッ!」
戦闘を重ねるごとに、指示の声は短くなり、やがては「視線」の交差だけで、四人の陣形がシームレスに変化するようになっていった。
――そして、第43層に留まって四日目の夕刻。
「……対象の全消滅を確認。ポーションの消費、ゼロ」
ミクが双剣の血振りをして鞘に収めると、背後の三人も静かに武器を下ろした。
周囲には、十匹以上のディープ・ストーカーの残骸が光の粒子となって消えていく。
「……信じられないな。魔法を一切使わずに、前衛の物理攻撃と後衛の妨害だけで、この数の群れを無傷で完封するとは」
ルカが感嘆の息を漏らす。彼の手には、魔力枯渇時を想定して持ち込んだサブウェポンの杖が握られていた。
「へへっ……体が、勝手に動くぜ。ミクが『パターンB』って言った瞬間、大盾より先に斧に手が伸びてた」
ガルドが汗を拭いながら、頼もしく笑う。
「私も、敵が迂回してきた瞬間に、焦るより先に足元を凍らせてました! ルールが、体に染み付いたみたいです!」
アリアも笑顔で頷く。
極限状態での反復訓練。
それは、机上の空論であった例外処理のルール(論理)を、四人の「血肉(反射)」へと完全に書き換えたのだ。
「……ええ。これでやっと、私たちの『新しい手札』は完成したわ」
ミクはボロボロになった野営具を片付けながら、仲間たちに向かって深く、そして誇らしげに微笑んだ。
「合体魔法という最強の矛。そして、それが通じない時、あるいは想定外の事態が起きた時に、無意識で切り替えられる複数の防衛プロトコル。……これが、私たちの構築した最強のシステムよ」
どんな敵が来ても、もうパニックにはならない。
一つの戦術が崩されても、瞬時に別の戦術へと「自動的」に切り替わる。
「さあ、泥臭い下準備はこれでおしまい! 明日からは、いよいよ深層のさらに奥、第44層へ進むわよ!」
「「「おう(了解)!!」」」
四人の声が、暗い樹海に力強く響き渡る。
慢心という最大のバグを乗り越え、真の意味での「冗長性」を獲得した『三律の連環』。彼らを阻む壁は、もはやこの迷宮のどこにも存在しないかのように思えた。
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