第32話:崩壊するロジックと、泥臭い例外処理(例外ハンドリング)
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迷宮第43層。
黒硝子の迷宮を抜け、この階層からは視界の悪い『腐食の樹海』と呼ばれるエリアへと変貌していた。足元はぬかるみ、太い樹木の根が複雑に絡み合っている。
「作戦の再確認よ」
ぬかるみに足を取られないよう警戒しながら、ミクは後続の三人に声をかけた。
「合体魔法という一つの正解に依存しない、私たちの新しい標準戦術。……私が敵のヘイトを管理して『一箇所に誘導して追い詰める』。そこをガルドが物理的に封鎖し、ルカとアリアの中級魔法の重ね掛けで一網打尽にする。もしイレギュラーが起きても、昨日ギルドで調達した新しい手札で対処するわ」
「おう! 俺が壁になって、逃げ道を塞げばいいんだな」
「中級魔法なら魔力枯渇の心配もないし、すぐに回避行動に移れます!」
ガルドとアリアが力強く頷く。
ルカも「合理的なリソース管理だ。システム全体の安定性は劇的に上がる」と同意した。
しかし、ミクのその作戦は、わずか数分後に最悪の形で破綻することになる。
ガサガサッ!
腐食した樹上の陰から、音もなく六つの影が飛び出してきた。
第43層の群れで狩りをする狡猾な魔物――『ディープ・ストーカー』。二足歩行の爬虫類のような姿で、保護色で風景に溶け込み、鋭い毒の爪を持っている。
「来たわよ! 予定通り、私がヘイトを集める! ルカ、アリアは射線を確保して!」
「応ッ!」
ミクが先陣を切って飛び出し、素早い連撃で三匹のディープ・ストーカーに斬りつける。
通常なら、これで敵はミクに狙いを定め、ミクの誘導に従って動くはずだった。
しかし、深層の魔物の知能(AI)は、ミクの想定を遥かに超えていた。
『ギャガッ!』
斬りつけられた三匹はミクを追わず、なんと散開して別々の木の幹に張り付いた。さらに残りの三匹が、前衛のミクとガルドを完全に無視して、後衛のルカとアリアの死角へと大きく迂回を始めたのだ。
「なっ……前衛を無視して、直接後衛を狙う気か!」
ルカが舌打ちをして杖を構える。
(誘導に乗らない……!? 群れ全体で完全に役割分担を組んでる!)
ミクは舌打ちをした。
言葉では簡単だった「敵をまとめる」という戦術が、開幕わずか十秒で瓦解した。敵が散り散りになったことで、合体魔法という切り札の「的」は完全に消滅。つまり、合体魔法を「使わない」のではなく、完全に「使えない」状況へと追い込まれたのだ。
「アリア、後退しろ! 敵が散開している以上、範囲魔法は効率が悪い!」
ルカが氷の結界を張りながら後退を指示する。
「や、やっぱり理論通りにはいきませんね……っ!」
アリアが慌てて炎の壁を構築し、迂回してきたストーカーの進行を阻む。
敵が四方八方から遊撃戦を仕掛けてくる。
事前に打ち合わせた「完璧な陣形」など、もはや影も形もない。あるのは、ただ生き残るための泥臭いアドリブ(例外処理)だけだった。
「ガルド! 右の二匹をお願い!」
「チィッ、盾だけじゃ手が足りねえ! これを使うしかねえな!」
ガルドが大盾を背中に背負い直し、代わりに腰から引き抜いたのは、昨日新調したばかりの柄の長い『戦斧』だった。
「おらぁぁぁッ!!」
防御の要であるタンクが、自ら攻撃に転じてストーカーの群れに突っ込む。連携も何もない、ただの力任せの強襲。しかし、その予想外の突進に二匹のストーカーが大きく体勢を崩した。
「ルカ、アリアの護衛をお願い! 私は逃げた奴らを強引に『回収』するわ!」
ミクは地を蹴り、樹上に張り付いてルカたちを狙撃しようとしていたストーカーの真下へ滑り込んだ。
誘導が効かないなら、物理的に引きずり下ろすまで。
ミクは腰のポーチから、昨日急遽買い揃えた『ワイヤーアンカー』を取り出し、樹上のストーカーに向けて射出した。事前の訓練などしていない、ぶっつけ本番の使用だ。
ガチンッ!
「ギャッ!?」
鋭い鉤爪がストーカーの足に食い込む。ミクはそのままワイヤーを力任せに引き抜き、樹上にいた魔物を地面へと叩き落とした。
「一匹確保! アリア、そっちの敵の足止めを!」
「はいっ! 『熱泥』!」
アリアが直接敵を狙うのではなく、敵の足元のぬかるみを魔法で熱して沸騰させる。たまらず飛び退いたストーカーの着地点に、ミクが煙幕玉を叩きつけた。
ボンッ!
「ギャガガッ!?」
視界と嗅覚を奪われ、パニックに陥ったストーカーたちが、煙の中からデタラメに飛び出してくる。
そこは奇しくも、ミクがワイヤーで引きずり落とした敵や、ガルドが斧で殴り飛ばした敵が、パニックの末に偶然集まった「中心点」だった。
(今よ……! アドリブの連続だけど、なんとか『的』ができた!)
「ルカ、アリア!!」
「『水渦の檻』!」
ルカの放った水流が、一箇所に固まったストーカーたちを取り囲む。
「『火炎放射』!!」
そこへアリアの放った炎が流れ込み、水の檻の中で激しい蒸し焼き状態を作り出した。
合体魔法のような派手な破壊力はないが、逃げ場を失った魔物たちを確実に処理する殲滅。
最後の一匹は、背後に回り込んでいたミクの双剣が泥まみれになりながらも首を刈り取り、戦闘は終了した。
「……ハァッ、ハァッ……殲滅、完了よ」
ミクはワイヤーを巻き取りながら、その場にへたり込んだ。
「ははっ……全然、事前の作戦通りにいかなかったな! 斧なんて振るう暇があると思わなかったぜ!」
ガルドが戦斧を投げ捨てて汗だくで笑う。
「……ひどい有様だ。完璧な陣形などどこにもなかった」
ルカも泥に汚れたローブを払いながら、疲労の中に自嘲気味な笑みを浮かべていた。
「煙幕玉にワイヤー……。ミクさん、ぶっつけ本番でよく使えましたね」
アリアがクスクスと笑う。
「スマートな剣士とは程遠いわね。……合体魔法も陣形も、使わなかったんじゃない。使えなかったのよ。完全に私たちの作戦は崩されたわ」
ミクは短剣についた泥を拭いながら、仲間たちに苦笑いを見せた。
「でもね。……合体魔法が使えなくても、陣形が崩れても、こうして新しい手札を使って、不格好にでもリカバリー(例外処理)できた。それが、私たちが準備した『冗長性』の結果よ」
想定外の事態が発生しても、泥臭いアドリブで強引に盤面を修正し、パーティーを生存させる。
一つの完璧な戦術に固執せず、何が起きても対応できる「しぶとさ」。
それこそが、単一障害点(SPOF)の恐怖を乗り越え、『三律の連環』が手に入れた「深層を生き抜くための真の強さ」だった。
「さあ、この調子で進むわよ。どんなに不格好でも、最後に立っているのは私たちよ!」
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