第11話:賢者の誤算と、機能不全のシステム
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迷宮第55層。上層や中層とは次元の違う、濃密な魔素が立ち込める深層領域。
賢者ユリウス率いるトップパーティー『星の導き』は、広大な空間で六匹の「シャドウ・レオパルド」と交戦していた。
「ガストン! 右から回り込まれているぞ! 盾としてしっかり機能しろ!」
「無茶言うな! こいつら速すぎるんだよ!」
Sランクの重戦士ガストンが、身の丈ほどある大剣を振り回し、怒鳴り返す。
ガストンの火力と装甲は本物だった。大剣が直撃すれば、深層の魔物であろうと一撃で両断できる。しかし、それは「当たれば」の話だ。
影に溶け込み、壁や天井を縦横無尽に駆け回るシャドウ・レオパルドに対し、ガストンの重い一撃は悉く空を切っていた。
「チッ……『氷結結界』!」
ユリウスは舌打ちをして、詠唱中だった広域殲滅魔法を破棄し、咄嗟に防御魔法を展開した。
ガストンの大振りな攻撃を躱した二匹の魔物が、後衛であるユリウスの首を取ろうと肉薄してきたからだ。
ガィィィンッ! という硬質な音と共に、氷の障壁が魔物の爪を弾く。
だが、ユリウスの完璧な計算によって構築されていた戦闘のシステムは、この時点で完全に崩壊していた。
「おいユリウス! 俺が前に出てるんだから、早くそのデカい魔法で一掃してくれよ!」
「前衛が敵の狙い(ヘイト)を一つにまとめきれないから、私が自衛に魔力を割く羽目になっているんだろうが!」
苛立ちを隠せないユリウスの声が、迷宮に響く。
この数週間、『星の導き』は目覚ましい成果を上げていた。正面から力で押し切れる敵や、動きの遅い巨大なボス相手には、ガストンの圧倒的な火力が劇的に機能したからだ。
彼らは順調に階層を更新し、ギルドでも称賛の的となった。
しかし、第50層を超え、敵の知能とスピードが跳ね上がった途端、パーティーの進軍は泥沼の様相を呈し始めていた。
(……おかしい。私の導き出した完璧なパーティー構成に、欠陥などあるはずがないのに)
ユリウスは障壁越しに戦況を睨みつけながら、脳内で高速の『原因究明』を行っていた。
前衛の火力と耐久力は、以前より格段に上がっている。ガストンは間違いなくSランクの重戦士だ。
ならば、なぜ敵が後衛にまで漏れてくるのか。
「ガストン、大振りはやめろ! 敵の機動力を削ぐことに集中しろ!」
「俺の強みは一撃の重さだ! チマチマ削るなんて器用な真似、できるかよ!」
そのやり取りの中、ユリウスの脳裏に、かつてこのパーティーにいた『不要なピース』の姿がフラッシュバックした。
女剣士、ミク。
彼女の剣は軽かった。深層の魔物に致命傷を与えることはできず、ただ表面を切り裂くだけだった。だからユリウスは彼女を「火力不足」と切り捨てた。
だが、彼女はどうやってあの軽い剣で戦場を立ち回っていたか。
(……あいつは、敵の群れ全体を『かき回して』いた……?)
致命傷を与えられない代わりに、ミクは圧倒的なスピードと手数で、すべての敵に満遍なく斬りかかっていた。
それはダメージソースではなく、敵の意識を自分に釘付けにするための「ヘイト管理」だったのだ。
彼女が前線で踊るように動き回り、敵を一つの塊に誘導してくれていたからこそ、ユリウスは後方で安全に、長時間の詠唱を必要とする最大魔法を叩き込めていた。
ガストンのような「巨大な岩」は、正面からの濁流は防げても、横をすり抜ける小川を止めることはできない。
ミクという「網」が失われたことで、ユリウスの魔法という主砲は、その照準を合わせることすらできなくなっていたのだ。
「……ッ、ユリウス様! 魔力が持ちません!」
パーティーの回復を担う神官が、悲鳴のような声を上げる。
後衛にまで攻撃が届くようになったことで、回復リソースの消費が以前の比ではなくなっていた。
「後退だ! 防御陣形を組みつつ、上の階層へ撤退する!」
ユリウスのギリリと歯を食いしばるような撤退命令に、パーティー全体に重苦しい空気が漂う。
(私の設計に、バグがあったというのか……?)
火力という目に見える数値だけを追い求め、戦場を円滑に回すための「潤滑油」を切り捨ててしまった代償。
自分が追放した女剣士が、実はパーティーの致命的な欠陥を塞いでいた『要』であったという事実を、賢者ユリウスは薄暗い迷宮の底で、屈辱と共に認めざるを得なかった。
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