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134 『伊予出身者のマウント』『島津家の降伏』

1546年7月。


楠予家は4カ国を完全に支配下におき、100万石を超える大名になった。


伊予34万石

土佐21万石

豊後41万石

日向23万石

大隅 攻略中

合計119万石。


現在は九州の所領の方が、四国の所領よりも大きくなった。

そのせいで四国人、特に伊予の者が問題を起こしていた。



ーー

九州・日向における楠予家の役所。


伊予出身者の松下良蔵が、現金出納帳を机に叩きつけ、鼻で笑う。


「なんぞお前ら、九州のもんは複式簿記も知らんのか?」


日向出身の土持弥平が首を傾げる。


「複式簿記と言うはなんね?」

「九州の者は本当に遅れとるがね。豊後でもそうじゃったわい。ええか、複式簿記と言うんは、楠予家の勘定奉行が使いよる帳簿の付け方の事よ」


松下良蔵は、筆をくるくる回しながら見下したようにニタリと笑う。


「お前らの帳簿は単式簿記いうてな、間違いがあっても気づきにくいし、掛け取引の管理にゃ向いとらんのよ。やけん伊予じゃ、もう何年も前から複式簿記が出来ない者は勘定方の役人にはなれんのよ」


土持弥平は、松下の説明を聞きながら、まるで異国語でも聞いたような顔をした。


「かしかた……? かりかた……?

なんで二つも書く必要があるっちゃ。一つでよかやろが」


松下は下を向いて口に手を当てて、クスクス笑う。


「こりゃあ、もう学校に通うた方が早いがね。ここでの引継ぎが終わったら、お前さんは豊後に行かされるやろ。あっこにも勘定方の学校が出来たと言うけん通ってみたらどうぞね。算盤と複式簿記が出来んと、これからの楠予じゃ勘定方の仕事は続けられんぞな」


土持がイラつき、眉を寄せる。


「……学校? なんね、そいは。お寺のことね?」


良蔵は肩をすくめ、わざとらしく天井を見上げた。


「まあ文字とかを教わると言う意味やったら近いけど、ちょっと違うかねぇ。

教師という師匠がおってな、大勢の生徒に技を教えてくれるんよ。黒板いうてな……まあ、九州もんにはいうても分からんやろね。いっぺん行ってみるのが一番ええわい」


土持弥平が顔を赤くする。

「はあ!? 分からんち、なんねそいは!

九州人ばバカにしちょるんか! 四国の方がよっぽど田舎やっちゃろが!」


今度は松下が目を吊り上げる。

技術の遅れた、九州の田舎者に馬鹿にされることは、松下のプライドが許さなかった。


「はあ! 伊予にはね、鏡や砂糖菓子、薬にガラスに器と色んな特産品があって日の本だけでのうて、南蛮人までもが買いに来とるんよ。その伊予が田舎な訳ねないがね! ええか! 日向とは違てね、池田にはおっきな道があってね、馬車が凄い早さで人や物を運んどるんよ。こんなのんびりとした九州の田舎とは訳が違うわい!」 


ついに土持弥平はぶち切れ刀を抜いた。


鞘走りの音が、役所の中を駆け、空気を一瞬で凍りつかせた。


「こん四国の田舎もんが!! 九州をば馬鹿にするんは……許さんちゃ」


松下良蔵は一歩後退りし、目を見開いた。


「か……刀を抜くいうて、お、おまん正気なんか!」


その時、役所の長官である有田正純が止めに入った。


「土持止めよ。松下、お前が悪い。土持に謝れ」


松下は有田が止めに入った事で少し気を持ち直した。


「しかし、お役所で刀を抜くのはご法度ですぞな!」


「松下⋯⋯玄馬様と壬生様がこのような事態を懸念して、九州では複式簿記を知らぬのが普通ゆえ、馬鹿にするなとの通達を忘れたか?」


「……そ、それは……」


有田は一歩前に出て、松下を睨み据えた。


「松下、伊予の者として誇りを持つのはよい。

だがな――“誇り”と“驕り”は違うぞ」


松下の肩がびくりと震えた。


「九州の者は、楠予家に降ったばかり。楠予家の常識は日の本の常識ではない。伊予者の誇りがあるならば、自ずと尊敬される人間にならねばならん。いたずらに技をひけらかすは伊予を恥ずかしめる行為ぞ」


松下は己の不徳に気づき、下を向き目線を反らした。


「……はい」


土持弥平は刀を握ったまま、息を荒くしていたが、有田の言葉に、僅かに冷静さを取り戻す。


有田は今度は土持に向き直る。


「土持。お前もだ。

刀を抜くは武士の本懐。だが、役所で抜けば“ただの乱心”じゃ。楠予家と九州人の名を汚す行為と知れ」


土持は歯を食いしばりながらも、ゆっくりと刀を鞘に戻した。


「……すんまっせん。頭に血が上ったっちゃ」


有田は頷き、松下に視線を戻す。


「松下。謝れ」


松下は悔しそうに唇を噛んだが、やがて深く頭を下げた。


「……土持。言い過ぎた。すまん」


弥平も、まだ怒りを残しつつも頭を下げる。


「……わしも、刀を抜いたんは悪かったちゃ」


有田は二人を見渡し、深いため息をついた。


「はあ、皆もよく聞くように。他の四国の者も同じじゃぞ。九州の者をバカにする事は許さん。九州勢もまた覚えておけ。この先、中国地方や本州に渡る事があったとき、その地で楠予の技を知らん者がおっても、決して馬鹿にするでないぞ!」


役所の者が一斉に、こめかみに右手の人差し指を当てる楠予式敬礼を取った。


「「はい! 長官殿!」」



ーーーー


1546年10月。

壬生屋敷。


壬生家ではベビーブームが続いていた。


先日、側室の結花が次男・大翔ひろとを産み、その2ヶ月前にはお澄が三女・香澄を産んでいる。


次郎はいまでは5人の子供の父親となった。


長男 又次郎 お澄

次男 大翔 結花

長女 香織 結花

次女 桜  お澄

三女 香澄 お澄



次郎が胸の中の赤ん坊を優しく揺する。

「大翔、パパでちゅよ〜」


お琴が次郎の隣で赤ん坊の顔を覗き込み微笑む。


「次郎ちゃん、赤ちゃん可愛いね。私も早く欲しいな!」

「あっ、いや…。お琴ちゃんはもう少し先かな? いや、だいぶ先かな⋯⋯」


お澄が胸に抱いた赤ん坊(香澄)をあやしながら笑う。


「次郎、お琴様も再来年には嫁いで来るのです。二年なんて直ぐですよ」


次郎が焦ってあたふたと応える。


「いや、まあそうなんだけど、そうじゃないんだよ。ほら、楠予家でも一応、子供は16歳以上になってから作るのが望ましいって御触れを出してるでだろ。二年後だと、お琴ちゃんはまだ14歳だからね」


お琴が頬を膨らませる。

「でも乳母のおねは、初めて子供を生んだのは12歳の時だったって言ってたよ!」


おい、12歳は早すぎだろ! 前田利家の妻かよ!


次郎は情けない顔で、結花に助けを求めた。


「結花からも何とか言ってやって」


結花は『仕方ないわね』と、皆に弱年齢での出産のリスクを説明する。


結花の説明を聞き終えたお琴が、残念そうな顔をする。


「分かった⋯⋯。私だけじゃなく、赤ちゃんも危険になるならもう少し我慢する……」


お澄が頷く。


「それがいいです、お琴様」

「……お澄ちゃん、お琴様は止めて。なんか他人行儀だよ」

「いけません。お琴様はもう直ぐ正室になられるお方です。礼を欠けば子供の教育にもよくありません」


次郎が眉を寄せ、首を振る。


「いや、壬生家の中ではそんな堅苦しいのは止めよう。皆がちゃんと正室はお琴ちゃんだって分かってれば問題ないよ」

「……次郎がそう言うのなら……」


お琴が次郎に抱きつき、笑う。


「ありがとう次郎!」


「⋯⋯っ?」

(次郎? あれ呼び捨て?)


お琴が恥ずかしそうに言う。


「えっとね。私もそろそろ名前呼びがいいかなって、次郎もね、お琴って呼んで⋯⋯」 


(いやいやいや、さっきお琴ちゃんって呼ぶって決まったよね?)


「え〜と、⋯⋯お琴?」


次郎の言葉にお琴が微笑む。


「うん、次郎」


まあ、お琴ちゃんが嬉しそうだからいいか……。



ーーーー

1546年11月初旬。

一宇治城 島津忠良


島津家当主の貴久が書状を読み、難しい顔をした。


「父上。楠予軍が大隅を平定した、との報せでごわす。

徹底抗戦した者どもは、皆玉砕したち申す。

楠予は下の者を引き抜くが上手か。

雑兵が降り申せば、城はたやすう落ちもす」


忠良は目を細めて、静かに問う。

「……それで、楠予軍は此方へ進軍しちょるのか?」

「いえ。楠予源太郎正継は、一部の兵を大隅に残し、豊後へ引き返したとの事にございもす」


忠良は目を閉じ、低く呟いた。


「楠予は強か。

隙あらばと釣り野伏を仕掛けたつもりじゃったが、逆に此方の動きを利用されて、甚大な被害を出してしもうた……」


貴久は悲痛な表情で頷く。


「次に楠予軍が来る時は、三万を超える大軍やも知れもはん……。

父上、島津は……ここで終わってしまうのでございもすか……」


「……いくさばしたら、滅びよう」


そこで忠良は貴久を静かに見る。


「貴久……。聞く所によれば、楠予軍は所領安堵を一切認めず、所領の殆どを取り上げるち言う。

じゃどん、降伏して所領を大きく減らされた者どんは、以前よりも裕福な暮らしをしちょるらしかぞ……」

「は?」


貴久は忠良の突然の話題変更と、所領が減らされたのに裕福になるという意味が理解できず、困惑した。


「例えばじゃ。降伏して三千石残されたとすっど。

その三千石で雇うちょった兵のほとんどは、“軍部”ち言う楠予家の管理下の組織に渡さねばならんらしか」

「⋯⋯それでは所領も兵も、すべて楠予家に奪われるち言うことですか」

「その通りじゃ。じゃどん――

奪われた兵の半分を雇い直せるほどの銭を貰えるらしか。つまり、当主が好きに使える銭ち言うこっじゃ」


貴久は憤慨する。


「銭が貰えても、所領も兵も奪われて……それで武士と言えもすか!」

「……謀反する気がなかなら、私兵はいらんち言う事よ。

兵はすべて国の管理下に置く。

これが楠予家の強さの秘密じゃ」


貴久は目を見開く。


「そ、そんな事……どうやれば可能なのでございもすか」

「分からん。じゃどん、どうやったか知らんが……楠予家には出来ちょる。

わしらが勝てる道理は、どこにも無か」

「くっ……」


忠良は優しく微笑む。


「貴久。島津家当主のそん方が決めい。

降伏して島津の血脈ば守るか、誇りと共に死すか」


貴久は悲し気に忠義の顔を見る。


「……父上、狡うございもす。

既に父上は降参を選ばれちょるのでござろう。

じゃっどん……豪族や家臣たちが納得致しもすか?」


「納得させるしかなか。最悪豪族は見捨ててもよか、我らだけで降る。

あの楠予軍に勝てる道理は、どこにも無かど」


そこで忠良の目が険しくなる。


「貴久。もし島津の直臣の多くが反対すれば、そん方は降伏を主張せい。

わしは交戦を主張し、その者たちを連れて出陣し、皆を討ち死にさせ、わしも死ぬど」

「ち、父上……?」


貴久は忠良の覚悟を垣間見た。


ーーーー

1546年12月下旬。

伊予楠予屋敷。広間。


豊後にいる玄馬から書状が届いた。


豊後は九州攻略の最重要拠点であり、安定している池田とは違い、統治部の役人たちも多忙を極めていた。


そのため、玄馬自らが現地に出向いて指揮を取っていたのだ。


書状には驚くべき内容が記されていた。

薩摩の島津家が降伏を申し出てきたというのだ。

しかも、所領没収を前提に「残される所領は一割で結構」とまで言っている。


だが残念ながら薩摩一国全てが降る訳では無かった。


島津家はほぼ薩摩一国を手中に収め、石高は22万石。

しかしその半分以上を領有する半独立の豪族たちが、今回の島津宗家の降伏に納得していない。


つまり――

楠予家に降伏するのは、島津宗家の直轄領である十万石のみだった。


正重が困惑した顔で問う。


「次郎、これはいかがしたものか。所領安堵を条件に降ると申し出る者は、これまで幾人もおったが、所領を奪われてよいから家臣にしてくれなどと、これまで言う者はいなかったぞ」


隣に座る源太郎が頷く。


源太郎は大隅攻略後、軍の大半を豊後に残し、一度池田に帰還していた。


「孫次郎に一度負けただけで、降伏を選ぶ臆病者です。1割残してやれば問題ないのでは?」


次郎が慌てて首を振る。


「源太郎様、島津は強いです! そして確かな目を持っています。恐らく戦う力を残して降伏する者には、楠予が1割の所領を残すと知っているのでしょう。いま少し大切に扱うべきです!」


(ここで島津四兄弟が家臣になるのは大きい! 絶対に欲しい!)


正重が頷く。

「うむ。なら侵攻する前に降伏した島津には、所領を三割残してやろう」


次郎が付け加える。

「御屋形様、今回は三割でいいですが、もし次に侵攻前に降伏する者がいれば二割と決めておきましょう。そうすれば異例の申し出をした、島津の英断が際立ちます」


正重が理に適っていると頷いた。


「あい分かった。ならば侵攻前に降伏して来れば二割の所領を残し、侵攻後ならば状況次第とする」

「はっ!」


この処置により、島津家は3万4000石を残され、楠予家で最大の所領を有する家臣となった。


ただし問題が起こった。

島津家に兵役を免除する(放置)と伝えた所。

島津家は楠予家の普通の家臣と同じく、兵を軍部に供給し、代わりに貸出料を貰いたいと言って来たのだ。


島津家の兵役は次郎の所領7500石、俸禄7500とほぼ同じになる。(俸禄を所領に直すと3万石相当の兵役)


今の楠予家にとって3万4000石の重臣に兵役を課して、貸し出し料を払う事は、ギリ許容範囲(次郎に取って)であった。


そのため島津の申し出を受け入れる事に決まった。

だがこうなると放置していた河野家が可哀想と次郎は思い。河野家にも『兵の供給をする代わりに貸出料を受け取りたいか?』と聞いた所、『ぜひそうさせて欲しい』と返答があった。


※後に河野通宣は貰った銭を、自身の直轄領の開発に使い、住民から名君との評判を手に入れる事になる。


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