130 『移住』と『小聞丸の婚約』
1545年7月。豊後、府内館。
楠予家が豊後を制してから半年の時が流れていた。
次郎は広江港で船に乗り、楠予水軍の船団を引き連れて豊後の港に入り、府内館を訪れていた。
広間で正重と謁見し、頭を下げる。
「御屋形様、お久しゅうございます。壬生次郎忠光、ただいま伊予から、第1回目の移住船団を引き連れて参りました」
九州攻略は一朝一夕には終わらない。
そこで次郎は兵士の家族たちを移住させる事を提案した。
身分の低い兵士が仕事で四国に帰る事はまずない。だから家族と気軽に会えるよう、任務地の九州に移住させようと言ったのだ。
今回連れて来たのは、移住に同意した兵士の家族たち2000人。住居などの用意の関係から10回以上に小分けして、約1年をかけて移住する計画となっている。
「うむ、ご苦労であった。源太郎たちは元気か?」
「はい。楠予家の者は皆、元気にございます。ところで御屋形様、府内の商人たちがやはり楯突いたそうですね」
楠予家では、米の取り扱いは楠予家の専売と定めている。
そのため府内の米問屋に対し、『楠予家に仕えるか、商売を畳むか、領内から出て行くか』三つの中から選ぶようにと伝えた。
一部の米問屋は、大友に勝ち勢いのある楠予家に従った。
だが、楠予家を“木曽義仲のごとき傍若無人の田舎武者”と見なした米問屋たちは違った。
彼らは古くからの横の繋がりを頼りに、府内の商人仲間と結託し、米以外の塩・油・布・魚など、生活物資の供給を一斉に止める不売運動を起こしたのである。
「米は専売でも、他の物資までは楠予家では手が回るまい」
彼らはそう踏んでいた。
民が困れば、民は楠予家に文句を言う。そして問題が解決しなければ民は楠予を見捨てる。そうなる前に楠予が折れる筈だった。
だが――正重の回答は、彼らの予想を遥かに超えていた。
「店を閉める者は、店を没収し、楠予領では二度と店を開くことを許さぬ。
必要な物資や商品は伊予より取り寄せる手筈が出来ている。
府内で商いをする者は、楠予家の意に従う者だけでよい」
正重の通達が出るや、商人たちの結束は揺らいだ。
ほとんどの者は、もともと米とは関係がない。そのため多くの者は、身の安全のために屈した。
だが残りの者は逆に、
「こんな脅しには屈せぬ!!」
と意地を張り、店を閉め続けた。
――だが、それは身の破滅であった。
楠予家は並みの武家ではない、商人でもある。
抵抗する事は、商いの権利を奪う大義名分を楠予家に与えるだけだった。
商人を追い出せば、その者が商いをしていた場所は空白地帯になる。そこに楠予家の商人を入れれば、楠予家の商いが一気に拡大する。抵抗は楠予家が喜ぶ行為でしかなかった。
正重は静かに笑う。
「次郎の予測した通りになったわ。奴らめ、わしを四国の田舎者と見くびりおって痛い目をみおった。……だが結局、七割の商人は楠予家に屈した。没収できた店は三割だけだ」
次郎は苦笑する。
「三割だけですか。まあ、その程度がちょうどいいかも知れませんね。
楠予家の直営店を増やし過ぎて、堺の商人に目を付けられれば厄介ですから……」
正重は肩をすくめ顎髭を撫でた。
「そうだな。堺の商人を敵に回し、楠予家の物流が滞るのはまずい」
次郎は豊後の統治状況を聞いた。
「商人は解決したようですが、百姓など民の方はどうですか」
「問題はない。殆どが税の安い楠予家の支配を認めておる。さすがに大友家の支配が長かったため、声を上げて喜んでおる者はおらんがな」
次郎は正重のそば控える、統治部の吉田作吉を見た。
作吉は作兵衛の四男で、統治部における次郎の部下でもあった。
「作吉。豊後の検地はいかがであった」
「はっ。およそ41万石ございました」
次郎は正重を見た。
「そうか。それは残念でしたね御屋形様」
正重が首を傾げる。
「残念?」
「あと一歩で楠予家の石高は100万石でした。残念賞です」
正重が苦笑する。
「ふっ。残念賞が何かは知らぬが、伊予、土佐、豊後を合わせて96万石となった。また論功行賞をせねばなるまい。わしも一度、次郎とともに伊予に戻ろうと思う」
「それがよいです。……豊後はいい土地なので、少し残念ですが」
「……?」
正重が首を傾げる。
次郎は、伊予の池田から豊後への本城移転を真剣に考えていた。
豊後は土地も広く、港も良い。立地だけ見れば、池田よりも遥かに優れている。
だが、実際に豊後の町や民の暮らしを見て、考えを改めざるを得なかった。
文化の成熟度、民の気質、商人の習慣――
それらを池田の水準にまで引き上げるには、どうしても数年はかかる。
池田の里を一から作り直すようなものだ。
それならば、今ある池田をそのまま成長させた方が早い。
池田には、楠予家の歴史も、家臣団の根も、民の信頼もすでにある。
次郎は心の中で苦笑した。
自分もまた、戦国武将にありがちな“地元が一番心地よい”という甘い罠に、囚われているな、と。
次郎は本城を移す提案をしない事にしたが、豊後を第二拠点として育てる事にした。豊後とはそれほど重要な立地にあった。
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1545年9月初旬
正重が帰還し、次郎は所領と俸禄が3000石ずつ加増され、合わせて所領7500石、俸禄7500石の身となった。
正重は大広間に重臣たちを集め、次の九州攻略についての評議を開いた。
源太郎が口火を切る。
「次郎、次の目標は予定通り日向の伊東家か?」
「はい。いま大友を喰らい、九州の中央部を取って、各地の九州勢が敵にまわれば、四方を囲まれ防戦一方となります。まずは南に向かい南九州を平定した後、北上して大友を攻めれば、大内などの全ての九州勢が敵に回っても怖くはありません」
玄馬が九州の地図を指し示す。
「大友との和議は成立しているが信用はできぬ。南下を始めれば、和議を破棄して攻め込んでくるであろう」
「そうですね。万一、大内などが動いた場合に備えて8000は豊後に兵を残して置くべきでしょう」
正重が佐介に問う。
「豊後に8000を残した場合、いかほどの軍を南下させられる」
「はっ。軍部の現在の総兵力は3万6千。うち8000が四国、残り2万8千が豊後に配置されております」
楠予家は大友の降兵を受け入れ、さらに兵を募った事により僅か8カ月で1万5千もの増兵を達成していた。
正重が顎鬚をなでる。
「そうだな……。では四国には……5000、豊後に8000を残し、残り2万3千で日向を攻める」
大保木佐介が頭を下げる。
「はっ、そのように手配いたします」
次郎が頷く。
「よろしいかと。それで総大将は誰になさいますか?」
「そうじゃな。今回は源太郎に任せよう。副将には兵馬と孫次郎を付ける」
源太郎が静かに頭を下げる。
「承知いたしました」
玄馬が付け加える。
「侵攻の時期ですが、豊後は伊予とは陸続きでないため、楠予家独特の法律の浸透に時間がかかっております。それは軍部も同じでしょう。今年は国内の安定につとめ、侵攻は来年まで待つべきかと存じます」
佐介が同意する。
「確かに、軍部も日々訓練に努めておりますが。国が大きくなった分、指示が伝わるにも日数を要しております」
次郎が言う。
「御屋形様。ならば、日向侵攻は来年でよろしいかと」
正重は静かに頷く。
「よかろう。では日向侵攻は来年の3月とする。皆はそれまで領国の安定と訓練に励め」
「「ははっ」」
正重が思い出したかのように、次郎を見る。
「ところで次郎。そなたには娘が二人生まれたな。どちらかを源太郎の嫡男・小聞丸と婚約させたい」
吉田作兵衛が手を叩いて笑う。
「それはよい。ならば次郎殿、もう一人は我が嫡男・作太郎の子・作継の嫁にくだされ!」
次郎は一瞬言葉を失った。
「……御屋形様。娘はまだ乳飲み子にございます」
正重は笑う。
「次郎、そなたも生まれたばかりの又衛兵の娘を又次郎の嫁にと申したではないか」
「……源太郎様の嫡男・小聞丸との婚約は……ありがたく思います。ですが小聞丸様は今年で十二歳におなりです。可能ならば正室は年の近い者を選んだ方がよいと思います」
「かまわん。源太郎には三人の男児がある。急ぐ理由はない」
そこで源太郎が動いた。
「お待ちください。正室のまつが産んだ男子は小聞丸ただ一人。万一の事があれば困ります。次郎の娘なら異論はございませぬ。
ただ、小聞丸は大切な世継ぎ、正室は次郎の申す通り年齢の合う娘を、重臣の娘から迎えるべきと存じます」
次郎が一歩進み出る。
「ならば準譜代家臣以上の家に一族の娘を推挙させて、御屋形様、源太郎様、千代様、まつ様、小聞丸の五人で吟味されてはいかがでしょう。李氏朝鮮では世継ぎの嫁を決める時、健康状態や能力など、将来王妃となれる人物かを吟味すると聞きます」
(まあ韓ドラで見ただけだし、本当か知らないけど……)
正重が顎鬚を撫でる。
「嫁を吟味するか……。婚姻は家同士のもの、古来より家柄や家の関係で選ばれて来た。源太郎はどう思う?」
「……父上。確かに、婚姻は家と家を結ぶ“政治”にございます。
ゆえに、これまでは家格と縁で決めるのが常でございました」
源太郎はそこで一度言葉を切り、次郎の方へ視線を向けた。
「しかし――次郎の申す『吟味』という考え、これは楠予家が大国となりつつある今、決して悪いものではございませぬ」
正重が眉を上げる。
「ほう。源太郎、そなたはそう思うか」
源太郎は深く頷いた。
「はい。小聞丸は某の嫡男にして、いずれ楠予家を支える柱。
正室は、ただ家格が高ければ良いというものではございませぬ。
気質、健康、学びへの姿勢、家中との和……
将来“家の母”となる者として、ふさわしいかどうかを見極める必要がございます」
作兵衛が眉を寄せた。
「御屋形様! それがしの家にも娘はございます。されど数年前までは貧しく、まともな教育を施しておりませぬ。それは他の重臣も同じかと思います、今から教育して間に合うでしょうか?」
作兵衛の言葉に楠河などが『うんうん』と頷く。
正重が困った顔をする。
「次郎、いかがいたす?」
「はっ。一番大切な物は人柄と世継ぎを産めるかでございます。学問はさほど重視する必要はないかと……」
「そうじゃな。聞いたであろう、重臣以上の者は、気兼ねなく娘を推挙せよ。あとはわしらが判断する」
「「ははっ」」
こうして小聞丸の正室を決める、嫁選びが始まった。
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1545年9月下旬
伊予・池田 慶姫視点
伊予に来て一年半年。
慶姫と夫の小倉宮光継の間には、すでに女の子がひとり生まれていた。
池田の秋は京よりも少し早く訪れ、山の端がうっすらと紅を帯び始めていた。
慶姫は几帳の内で筆を取り、静かに文をしたためていた。
今日は――
六歳年下の叔母、恵姫に宛てた手紙を書いていた。
秋がそっと言う。
「姫様……恵姫様は、きっとお喜びになります」
「ええ……ですが今回の話は恵姫の一生に関わります」
慶姫は胸の奥に小さな緊張を抱えながら、筆を走らせてゆく。




