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128 『堺の好景気』と『南蛮貿易』

1545年1月初旬。 摂津・堺


堺の町はここ数年、楠予家の影響で活気づいていた。


砂糖菓子を求める京の使者が行き交い、濁りのない清酒を積んだ樽が路地を転がり、鏡や薬を扱う店には客が絶えない。


会合衆えごうしゅうの会合では、商人たちが口々に楠予家の話題をする。


「楠予の砂糖菓子は飛ぶように売れとる」

「砥部焼の茶器、あれも新しい商いになっとるで」

「お前のとこは楠予の薬で儲けとったな」

「そうじゃ。あんたの所は何やったかいな、鏡か?」

「わいは石鹸や。あれは汚れがよう落ちるで」

「堺の商人は皆、楠予さん所のおかげでぎょうさん儲けさせて貰とる。安くていい塩のお陰で保存食、皮革加工、染色・織物、味噌・醤油と塩を必要とする業種が活気づいとる」


堺は楠予家の品を扱う商人が急激に増え、その恩恵を肌で感じるようになっていた。

楠予家が東に品物を売る場合、堺の町を通さねばならない。堺が潤うのは必然であった。


「あっ、南蛮船や! 南蛮船が来よったぞ!」


港の方から、子どもたちの叫び声が響いた。商人たちは顔を見合わせ、慌てて外へ出る。

堺に南蛮船が来るのは、まだ年に数回しかない珍しい出来事だった。


港に着いた船は、帆が破れ、船体も傷んでいた。

冬の海を渡り堺に来る途中で嵐に遭ったのだ。


南蛮人たちは中国人の通訳を伴い、船から降り、堺の町を見て歩き、驚きの声を上げた。


「オオ……ニホンの町、こんなに賑わっているのか」

「砂糖の匂いがするぞ……これは菓子か?」

「おいこの鏡……ヨーロッパの王侯貴族の持つ鏡に負けていないぞ……!」


彼らが見たのは、

• 白砂糖を使った菓子

• 透明度の高い鏡

• ガラスの器

• 濁りの無い清酒

• 香りの良い石鹸

• 薬を求める行列


南蛮人は互いに顔を見合わせた。


「これは……我らの国でも珍しい品だぞ」

「日本に、こんな技術があったのか?」


堺に来ていた、楠予家の商人が胸を張って声をかける。


「日ノ本広しといえど、これらの品物を作れるのは伊予の楠予家だけですぞ。決して日ノ本だから作れる訳じゃないのでござる」


中国人の通訳が訳す。


「イヨのクスヨけ?」

「その通り。伊予国の池田と言う町で作っとるんじゃ。一度寄ってみてくれ」


南蛮人はさらに驚いた。


「地方の大名が……これを作るのか?」

「信じられん……!」


堺の商人が割って入る。

「ちょっと楠予はん。いくら大のお得意はんでも、店先でお客さん取られたらかなわんわ〜」

「ああっ、すまんすまん。そんなつもりは無かったんや。怒らんといてぇな」


南蛮人商人は顎のヒゲを撫でる。


(ふむ、四国の池田、帰りに寄ってみるか……)



ーーーーー


1545年1月中旬。


壬生屋敷に源太郎からの使いが来た。


『南蛮船が来たので至急楠予屋敷に来るように』との呼び出しである。


次郎が玄関から出ようとしたその時、後から駆け足でやって来る音が聞こえた。


「次郎、南蛮船が来たって本当なの! 私も見に行きたい!」

「だめだ結花、お前は身重なんだからじっとしていろ」


結花は小馬鹿にするように、両手の手のひらを上にして、肩をすくめた。


「身重でもちゃんと運動をした方がいいのよ。そんな事も知らないの?」

「知らねえよ。あっ、そうだ。なら家でお澄と一緒に運動しててくれよ。お澄も身重だから丁度いいだろ」


お澄と結花は同時期に妊娠し、あと数か月後に出産予定だった。

次郎は背を向けて玄関を出ようとした。


「あっ、待ってまだ話は終わってないよ!」


結花が付いて行こうと草履を履こうとした時、肩を掴まれた。


「結花様、どこに行かれるおつもりでしょうか?」

「あっ。小梅さん……これはね、えっと、ちょっと急患が入ったみたいなの? えへへ」


小梅は静かに首を振った。


小梅は結花の目付けとして、正重が送って来た侍女だった。

結花が次郎の元で伸び伸びと過ごす様子は、周りから見れば夫婦揃って破天荒なようにしか見えなかったのだ。特に女性には厳しい時代である、小梅は結花を教育する係りを兼ねて送られて来たのだ。


「小梅さんごめん! 茶の湯のお勉強はまた今度って事で! じゃあ、バイバイ、いたたっ!」

「お殿様の仕事の邪魔はいけません。帰りますよ」


結花は首根っこを掴まれ、部屋に強制送還されてゆく。


「いや~、離してえ〜。私も南蛮の品や、金髪イケメンみたいよ〜!」


それを見て次郎は『やれやれ』と手のひらを上にして、肩をすくめた。


ーー


楠予屋敷の広間で、次郎はポルトガル商人のカスティーリョと面会した。


カスティーリョは商売に必要な中国語を学び中国語が話せるため、中国人の通訳を同行させていた。

通訳が次郎の言葉を中国語に訳し、それをカスティーリョが理解するという形で会話が進む。


次郎はカスティーリョに以前から欲しかった材料が手に入るか訊ねてみた。


① ウコン

② クミン

③ コリアンダー

④ ブラックペッパー(胡椒)

⑤唐辛子


いずれも日本では生産できない香辛料だった。

これらは次郎が愛してやまない

――日本のソウルフード、“カレーの材料”たちだ。


通訳が次郎の挙げた香辛料の名を中国語で伝えると、カスティーリョは目を丸くした。


「……ほう。

ウコン、クミン、コリアンダーに胡椒、そして唐辛子か。

いずれもインドやマラッカで手に入る品だ。

だが、日本の武家が香辛料を求めるとは思わなんだ」


通訳が日本語に訳す。


次郎が頷く。

「料理に使いたいんだ。

まずは少量でいい、作ってみたい料理がある」


カスティーリョは興味深そうに身を乗り出した。

「その五つを揃えてどんな料理を作るのだ?」


次郎が胸を張って応える。

「カレーだ」

「聞いたことのない料理だな。

どこの国の料理だ?」


次郎が身振り手振り説明する。

「インドの料理だ。

肉や野菜を香辛料で煮込むんだ」


「なるほど……それなら確かに我らも似た料理を食べている」


そこでカスティーリョはしばし考え込み、

やがて愉快そうに笑った。


「分かった。次にマラッカへ戻るときに必ず手配しよう。量はどれほど必要だ?」


次郎は暫し考える。

「……袋に一つずつでいい。まずは味を確かめたい」


カスティーリョが頷く。

「承知した。次の来航は一年半後になるが、その時に必ず持ってこよう。珍しい注文は嫌いではないからな」


「……1年半後か。9ヶ月でヨーロッパまで戻って、また9ヶ月で日本まで来るって事か……」


次郎が何気なく言った言葉を通訳が訳すと、カスティーリョは大笑いし、首を横に振った。


「いやいや、ヨーロッパまでは戻らぬ。我らは決まった区域を担当しているのだ――」


カスティーリョは南蛮人の交易の仕組みを次郎に聞かせた。


南蛮人の商人はヨーロッパと日本を往復して商売しているわけではない。

そのような事をすれば往復で3、4年はかかる。


日本からリスボンまでの航路は次のようになる。


日本

↓(1〜2ヶ月)

マカオ(中国)

↓(数ヶ月)

マラッカ(インドネシア)

↓(数ヶ月)

ゴア(インド)

↓(半年以上)

リスボン(ポルトガル)


これらを全部合わせると 片道1年半〜2年かかる。

(季節風の待機時間も含まれる。)


このためヨーロッパから直接中国や日本へ行くことは“ほぼ無い。

アジア内に複数の拠点を置き、そこを中継して中国・日本へと向かう。


この時代、スペインとポルトガルは

トルデシリャス条約(1494)で世界を二つに分け、それぞれが勢力を伸ばす方向を決めた。


★ポルトガル

:アフリカ・インド・東南アジア・中国方面


★スペイン

:アメリカ大陸・大西洋方面


これによりポルトガルが“アジア航路”での海の覇権を掌握しており、この時期の南蛮人と言えばポルトガル人の事だった。



ーーーーーー


★ポルトガルのアジア貿易ルート

(16世紀)


本国リスボン → インド(ゴア)

ここまでは“本国船団”が動く。

銅・銀・毛織物・サンゴ・水銀、鉄砲、火薬などを積んでインドへ。

ここで一度“アジア担当”にバトンタッチする


ーーーーーー

★ヨーロッパ(ポルトガル)の主な輸出品


※銅

インドでは銅の国内生産が不足しており、日常的な貨幣や食器などの材料として大量の需要があった。ポルトガルはドイツやハンガリーの鉱山から銅を調達し、リスボン経由でインドへ運んだ。


※銀

銀は当時経済が急速に発達していたインドや中国では慢性的に不足しており、インドで使われなかった銀は中国へと運ばれ絹や陶磁器と交換された。


※毛織物

インドは綿織物の産地だが、ヨーロッパ産の高級な毛織物ウールは王族や、貴族の間で権威を示すステータスシンボルとして高く売れた。


※サンゴ

地中海で取れる赤珊瑚はインドや中国で宝石として高い価値を持っていた。魔除けや装飾品としての需要が絶えず、軽量で高価なため、輸送効率の良い交易品であった。


※水銀

銀を精錬する際に不可欠な材料であり、銀需要に沸くアジア市場では常に求められていた。(中国では建築用の金具や調度品を作るための銅器製造が空前のブームとなりその仕上げに大量の水銀が必要で、生産が追いついていなかった。また日本でも水銀が足りず必要としていた)


※鉄砲、火薬

ポルトガルの軍事優位を支える最新兵器であり、現地の勢力争いに介入する際の軍事援助や、貿易の独占権を獲得する際の切り札に使われた。


ーーーーーー


※インド(ゴア) → マラッカ(マレー半島)

マラッカは アジア貿易の心臓部。


• 東南アジアの香辛料

• 中国の絹・陶磁器

• 日本の銀

• インドの布

• 中東の宝石

など全てがここに集まる。


※マラッカ(マレー半島) → マカオ(中国)

中国貿易の拠点。


• 中国の生糸

• 陶磁器

• 茶

• 漆器

これらを仕入れて、日本へ。


積み荷は:

• 中国の生糸(最重要)

• 陶磁器

• 茶

• 漆器

• ガラス器

• 南蛮薬

• 鉄砲・火薬


そして日本で 銀 、工芸品、武器(美術品用)、日本人奴隷を買って帰る。


これが史実の南蛮人の取った行動だった。



ーーーーー


通訳が長い説明を訳し終えると、次郎は思わず息を呑んだ。


(奴隷とか日本人を舐めてるな。これは出来るだけ早く禁止令を出さないとダメだな。むあ、確かに楠予家も買ってるよ。でもうちは“戦場の分捕り”で捕らわれた奴隷は絶対に買わない。あれはただの略奪だ。楠予が買うのは、本人と家族が同意した奉公人だけだ。しかも年季があけた人の95%はそのまま楠予家で働きたいって残るほどの超優良企業だ。残れば職人としての本格的な技を学べるし、管理職にも就けるようになり、将来の道が開ける。だから当然と言えば当然かもしれない。それでも親元に帰る者もいるけど……何割かはまた売られて来る……酷い世の中だからな……)


※年季は3~10年と人それぞれ。

※当時の相場では奴隷の値段は数日分の食事程度だった。


子どもは30〜100文。

成人は20〜50文とさらに安かった。

これは成人はなつき難く、逃亡のリスクがあるため買い手が少なかったためだ。

一方で、見栄えのいい女性などは500文以上の高値で取引されていた。



次郎が感想を述べる。

「……てっきり、ヨーロッパと日本を直接行ったり来たりしてるのかと思ってたよ」


通訳が伝えると、カスティーリョは肩をすくめて笑った。


「そんな無茶はせぬよ。我らはマカオに家を構え、そこで商いをしている。

日本へ来るのは基本、季節風に乗れる時だけだ。だから本来は夏から秋ごろに船を出すのだが、今回は冬の航路を見るために、少し無理をしてやって来たのだ。我らの船は逆風でも進めるからな。

まあヨーロッパへ戻るのは、よほどの事情がある者だけだな」


次郎が頷く。

「……なるほど。だから“次の来航は一年半後”の夏ごろなのか」

「そういうことだ。

だが次に来る時には、そなたの望む香辛料を必ず持ってこよう。

ウコンも、クミンも、コリアンダーも、胡椒も、唐辛子も。

マラッカにもゴアにもいくらでもある」


次郎は笑う。

「それは助かる。これで念願のカレーが食べれる」


カスティーリョは興味深そうに目を細めた。

「その五つを揃えて作る料理……“カレー”と言ったか。

どんな味か、次に来たときにぜひ食わせてくれ」


「わかった。なら袋は二つで頼む」


通訳が伝えると、カスティーリョは口元を緩めた。

「ふむ。いいだろう」

「では支払いは銀でいいかな? 楠予家の品物で欲しいものがあるなら、物々交換でもいいよ?」


カスティーリョは肩をすくめ、商人らしい笑みを浮かべた。


「どちらでも構わぬよ。

香辛料は軽くて高価、銀は重くて扱いづらい。だが、そなたらの鏡や砂糖菓子はマカオでも評判が良い。もし交換したいなら、こちらとしてはむしろ歓迎だ」

「分かった。では物々交換で頼む。あっ、でも明国への輸出は林一家に任せてあるから、中国で捌くなら福建海商の林一家に売って欲しい」


通訳が次郎の言葉を伝えると、カスティーリョは一瞬だけ考え、すぐに頷いた。

「なるほど。中国での売り先を林一家に統一する……賢明な采配だ。

我らとしても、取引相手が定まっている方がやりやすい。では中国で売る場合は、林一家を通すと約束しよう。明国は海禁で南蛮人にも貿易を禁じているから、その方が楽だ」


次郎が首を傾げる。

「禁じられてる……? どういうことだ」


(え? そんな事、林さんは言ってなかったぞ?

勘合(札)を持ってない日本人が勝手に明国に行ったらダメって大内家の人が言ってたけど、明国の人間が日本に来て交易した場合も密貿易になるのか?)


通訳が中国語で問い返すと、カスティーリョは指を一本立てた。

「明は“海禁”といって、外国との私貿易を禁じている。勝手に港へ入れば、船も積み荷も没収される。本来なら、我らポルトガル人も明国と商うことはできぬ」


「じゃあ、どうやってマカオで商売してるんだ?」


カスティーリョはニヤリと笑った。

「そこが面白いところだ。明の役人も商人も、建前では“禁じる”と言いながら、裏では“良い品と銀”には目がない。だから、我らは“表向きは禁じられた客”だが、実際には歓迎されている」


次郎が言葉を漏らす。

「……建前と本音が違うわけか(と言うより役人の腐敗だな)」

「その通り。中国は銀を欲しがっている。日本は銀を持っている。我らはその橋渡しをしているだけだ」


「……そうなのか」

「ああ、密貿易とはいえ、明の商人は喜んで買う。役人も……まあ、銀を握らせれば何も言わぬ」


次郎はため息をつく。

「……そういう仕組みか」


カスティーリョは肩をすくめた。

「ああ、そういう仕組みだ。世界はどこも同じさ、建前では禁じていても、商いは止まらぬ。良い品と銀が動けば、海禁など形だけのものだ」


カスティーリョとの出会いは次郎に取って幸運だった。

彼らとの交易は林一家の次に、大きな財をもたらす事になる。



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