118 『壬生家の正月』と『三好』『大友』
1544年1月初旬。
壬生屋敷。離れの部屋。
次郎の今年の正月は、今までよりもさらに現代の日本人に近づいていた。
家族団らんでコタツに足を入れ、布団の上に板を置いて雑煮(餅入り)を食べていたのだ。
お琴が言う。
「次郎ちゃん、お雑煮美味しね!」
「うん。美味いね」
お澄が笑う。
「結花さんが考えたコタツと言うものは素晴らしいですね。足元がとっても温かいです」
「あっ、お澄。実際に作ったのは俺だからな。結花はコタツが欲しいって言っただけだぞ」
結花がフッと笑う。
「次郎君。まず口にする事が大事なんだよ。言わないと次郎君は作らないでしょ」
「いや、俺だって作ろうと思ったよ。だけど電気がなかったから……」
「次郎君は頭が固いんだよ。電気が無ければ火を使えばいいんだよ」
「いや、それを調べたのも俺じゃん」
ホントは電気製品のコタツが欲しかったんだよな。
でも電気の知識は1000兆貫文とかするんだよ。これ絶対買わせる気がない奴だ。
せめて楠予銭が所持金にカウントされたら、何とか出来たんだけどな。
今回、次郎の作ったコタツは火鉢を用いた置コタツである。
コタツの歴史は古く、既に百年ほど前から囲炉裏の上に衣服をかぶせて足元を温める、コタツの原型は誕生していた。
次郎は箸を置き、コタツの縁を軽く叩いた。
「まあ、調べたらコタツの原型はもうあるみたいだけど、このコタツは最新式の別物だ。
火鉢を使って、布団が火に触れないように“やぐら”を高くしてある。
それに、火鉢の上には金網を置いてあるから、布団が落ちても燃えにくい仕組みにしたからな」
まあ俺が考えたんじゃないけど。
お澄が目を丸くする。
「まあ……そんな工夫まで。どうりで安心して入っていられるわけですね」
結花は得意げに胸を張った。
「そうなのよ。次郎君が“火事が怖い”って言うから、じゃあ安全にすればいいんだよ、って私が言ってあげたの。
火鉢の周りに木枠をつけて、布団がずれないように紐で結んで……ほら、完璧でしょ」
次郎は呆れ顔で結花を見た。
「いやいや、そんなの現代人からしたら不安でしかないから! 火事は怖いんだぞ。どうせ炬燵は流行るから、仕方なく火を使う炬燵の中で、一番安全な奴を作ってやったんだ」
結花はため息をつく。
「次郎君は怖がりだよね。
燃えた時の事まで考えて、『火消し棒と水桶、砂桶の3つがセットで備わってないと絶対に使っちゃダメ』って、家の人たちだけでなく、御屋形様にまで言ったんでしょ。もし守らない人がいたらどうするの?」
次郎はむっとした顔で言い返した。
「法律化して重罪にしてやる! これはマジだからな!
火鉢を使うんだぞ。民も使うようになれば絶対におかしな事をして、本来落ちない筈の布団を落としたり、蹴飛ばしたりするバカが絶対にいるんだ。
火消し棒、水桶、砂桶を備えないで使う奴は懲役刑だ! 毎年冬に一度は家の中まで確認させてやる! あっ、夜回り隊も作って火の用心もさせとこう!」
結花が微笑む。
「まあ次郎君のその安全にこだわるところは好きだよ。なんか安心する」
お澄がくすりと笑った。
「結花さんは大胆で、次郎は慎重。
二人が揃えば、これからも素晴らしい道具が生まれそうですね」
長男の又次郎が泣き始める。
「ふえぇん! ふえぇぇん! 」
「ほら。又次郎もそうだって言ってますよ。ね~又次郎」
お澄が横に設置した揺り籠から又次郎を取り出し、あやしてやる。
次郎たちの優しい目が又次郎へと注がれ、壬生家の正月は暖かいうちに過ぎていった――『あっ、そうだ!』
「次郎君、忘年会でラーメンを作ったんだよね! 私まだ食べてないよ! 今から作ってよ!」
次郎は目を細める。
「は? 冗談だろ、正月からラーメンなんて食いたくねぇよ」
「いいじゃない。お澄さんもお琴ちゃんも美味しい物が食べたいよね」
「次郎。ラーメンは美味しかったですか?」
「うっ……」
お澄の目、口元は笑ってるけどなんか怒ってるっぽい。俺だけ食べた事を怒ってる?
お琴も笑いながら加勢する。
「次郎ちゃん、らーめんって美味しいの? 食べてみたいな~」
「お琴ちゃんまで……」
はぁ、又次郎。早く大きくなってくれよ。女三人に囲まれたら勝てねえよ。
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幕間
摂津国・三好家 芥川山城 本丸広間
甲冑の継ぎ目から白い息を吐きながら、久秀が膝をつく。
その声は興奮を抑えきれず震えていた。
「殿! 軍制改革は大成功です。
細川氏綱との小競り合いで、我が軍が一段と強くなったと、この松永久秀、確信いたしましたぞ!」
広間の上座で静かに座していた三好範長(長慶)は、その言葉を聞いても眉ひとつ動かさない。
やがて、扇を閉じる音だけが静かに響いた。
「……“強くなった”か。
久秀、そなたの目には、どこが変わって見えた?」
久秀は即座に答える。
「まず、行軍訓練により足軽どもの足並みが揃いました。
行軍の乱れが減り、初動が速い。
さらに槍の長さを揃えたことで、押し合いでも負けませぬ。
また組頭を置いたことで、侍大将の指示が末端まで届くようになりました!」
範長は静かに笑う。
「そなたを楠予家を探らせるために送ったのは正解であったな。これで父の仇――晴元に復讐する事が出来よう」
久秀は息を呑む。
範長の声は淡々としているが、その奥に鋭い光が宿っていた。
「心配するな晴元を殺しはせぬ。だが細川京兆家の当主の座から引きずり下ろす」
そこで範長は笑う。
「久秀。そなたの働きは見事であった。俺が畿内を制圧した暁には城を遣わそうぞ」
「はっ。ありがたき幸せ。
……そう言えば殿、とと屋から聞いたのですが、昨年の夏ごろ、九州の方で南蛮人が異国の武器を持ち込んだと」
「……ふむ。強い武器であればいずれ堺にも伝わって来よう。その時は久秀頼んだぞ」
「はっ!」
三好軍は連戦連勝を続け、本来は負けるはずだった戦いにも勝ちを収めてゆく。
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九州大友家 府内館
広間に南方の戦場からの伝令が届いた。
「申し上げます! 戸次鑑連様、伊東と土持の連合軍を撃破されました!」
伝令の声が広間に響くと、それまで沈鬱だった家臣たちの顔に光が差した。
義鑑もまた、胸の底から安堵の色を浮かべた。
吉岡長増が義鑑に頭を下げる。
「御屋形様、おめでとうございます。これで大友の威勢も回復致しましょう」
「うむ……鑑連めがやりよったわ。僅か5千の軍で1万の伊東と土持を破るとは見直したぞ」
八か月前の伊予での敗戦以来、府内館には敗報ばかりが届いていた。
国人衆は大友家から離反し、他国の侵攻が相次いだ。そのためまともに軍を動員するのが難しい状況だった。
だが一番の懸念だった日向の伊東家を半数の兵力で破った。これで義鑑の地に落ちた威信も再び上向くのは間違いかった。
吉岡長増が続ける。
「これで国人衆も再び御屋形様に従いましょう。
伊東の大軍を寡兵で敗れる大友の力。大友はまだまだ健在だと、世に伝わりましょうぞ」
だが、吉弘鑑理が慎重に口を開く。
「しかし……油断は禁物にございます。
伊予での敗戦は、深い傷を残しました。
筑後の龍造寺、肥後の相良……いずれも虎視眈々と隙をうかがっております」
広間の空気が再び重くなる。
義鑑は拳を握りしめた。
「わかっておる……。だが伊東に勝った。
この勝利をもって、再び大友の旗を掲げ直すのだ」
「「はっ!!」」
家臣たちは一斉に頭を下げた。
そんな中、吉岡長増は静かに目を伏せた。
(これは一時の平穏やも知れぬな。
……楠予家。もしあの家が攻めて来れば、大友は再び劣勢に立たされる)
楠予正重は、まるで大友など眼中にないかのように土佐へと向かった――
自分の息子を討たれながら、仇を討とうとしないその不可解さが、長増の胸に深く刺さったままだった。
当主義鑑はそれを『楠予家は九州には興味がない。大国である大友とは戦がしたくないのじゃ』と軽く考えていた。
だが――長増にはそうは思えなかった。
今や楠予家は、大友と並ぶ大国となったのだ。
(やっと大友家の家中が勢いづいたのだ。今は口に出せぬ。
だが、あの家が復讐に動けば不味い。動向を監視しなければならぬ)




