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117 楠予家の忘年会

1543年12月下旬。  


楠予家は土佐を平定し、石高は伊予と土佐を合わせて55万石の大大名へと成長した。

石高ではまだ大内と大友には及ばないものの、金銭面では既に両国を超えており、数年後には開墾により石高の上昇も見込まれる。



戦が終わり、状況が落ち着いた所で論功行賞が行われた。


楠予家の一門衆(五家)と譜代重臣(四家)は一律の加増がなされ、所領と俸禄がそれぞれ2000石ずつ与えられた。


この加増により次郎は、合わせて所領4500石、俸禄4500石となった。


※譜代は本来の意味は数代に渡り仕えて来た家系を言うが、新興の楠予家では誰もこれに当てはまる者がいなかった。そこで次郎は譜代に別の意味を持たせ、ただのランク分けの言葉として使う事にした。


また準譜代重臣(四家)も一律の加増がなされ、所領と俸禄1500石ずつが与えられた。


それ以下の重臣の加増は功績による評価により行われた。

一番多かったのは藤田孫次郎の所領1200石、俸禄1200石の加増だった。


論功行賞で、準譜代家臣以上の者が一律で加増されたのは、又衛兵の死による所が大きい。

今後も楠予家は大きくなる予定である。その時、楠予家における又衛兵の系統が遅れを取らぬよう、次郎が『準譜代家臣以上の家の加増は、今後は基本的に一律の加増にしましょう』と提案したのだ。

この提案には、飛び抜けた家を作らないための策でもあった。

(ただし一律加増とは別に、功績に応じた金銭による報酬が別途設けられる事になった。)


次郎の案は――本来ならば馬鹿げた発言である。


だが次郎以上に功績を上げている者はなく、次郎が本来貰うべき加増は皆に分け与えられている状況である。

もしここで『俺だけ功績で所領をくれ』などと言えば、逆に取り分が減る可能性の方が高いと皆が分かっていた。


結果、一律加増の案は全員に受け入れられた。

吉田作兵衛や玉之江甚八は高齢のため、この政策を喜び(一律加増は家に対して行われるから)。大保木佐介も野心が低いため『まあいいか』と受け入れた。


準譜代重臣の高田、大野、国安、楠河の四人については、半年前に準譜代家臣に昇進した上、さらに『特別な家としての認定を受けたのだ。今後の家の繁栄が約束されたぞ』と、むしろ歓喜して喜んだ。



現在、又衛兵の家には双子の男子、又千代と又寿丸がいる。

そして先日、又衛兵の妻の幸(元就の娘)が女の子(夢)を産んだ。

これにより双子の男子(源一丸と源次郎)が将来所領を二等分して相続する事が決まった。ただし、二人が成人するまでは幸が所領をまとめて管理する。


女の子の夢は生まれたばかりだが、次郎のたっての希望により、お澄が産んだ長男の又次郎との婚約が成立している。



ーーーー

1543年12月下旬。 


戦国時代は旧暦のため、本来の年の瀬は二月である。

だが次郎が、少し早い忘年会だと言い張り、十二月に宴が開かれる事になった。


忘年会の日、

楠予家の重臣たちは、恒例の“年忘れの酒宴”だと喜んで集まった。


楠予屋敷の大広間の上座には

当主・正重と嫡男・源太郎が並んで座る。


次に一門衆。

※玄馬

※兵馬

※友之丞。


続いて譜代家臣。

※壬生次郎

※大保木佐介

※吉田作兵衛

※玉之江甚八。


準譜代家臣

※大野虎道

※国安利勝

※高田圭馬

※楠河昌成


重臣

河野通宣、藤田孫次郎、福田頼綱、玉川監物、徳重家忠、神拝権太、渋柿源八


旗本衆

黒岩兵衛、宇都宮豊綱、西園寺実充、一条房基、長宗我部国親、安芸国虎、吉良宣直、吉田作太郎、池田豊作、玉之江新八などが続いて座った。


家臣が急激に増え、楠予屋敷の大広間は今では手狭である。

このため現在は新たに池田に平城を建設中である。

ただ、次郎が正重たちに、いずれは居城を四国から本州に移すべきだと伝えているためそこまで巨大な城ではない。


次郎の構想では、近畿を取った暁には大阪に城を移し、日本統一後は関東に居城を移す予定だった。



楠予屋敷の大広間には、冬の冷気を追い払うように大きな火鉢が置かれ、酒に酔った重臣たちの笑い声が早くも響いていた。


接待役の次郎は厨房から出て広間へと顔を出し、満面の笑みで叫ぶ。


「皆様、料理が出来ましたぞ! 本日の“忘年会”は、楠予家の研究開発奉行の料理課が開発した、特製の新作料理をご用意しております!!」


吉田作兵衛が立ち上がり歓喜の声を上げる。

「今年も次郎殿の新作料理が食べられるのか! これは楽しみじゃ!」


次郎が違う違うと手を振る。

「作兵衛殿。俺じゃなくて研究開発奉行の料理課が開発した料理ですから!!」

「うんうん。分かっておる、分かっておりますぞ、次郎殿」


全然分かってねぇじゃなえか! 一応公の場なんだから、俺が作ったみたいに言うんじゃねえ!


河野通宣が言う。

「早く食べとうござるな。楠予家の料理は湯築城下でも評判にござる。前回、食べたすき焼は今でも忘れられませぬ。密かに今回もすき焼をと期待しておりましたが、新作も楽しみでござるな」


長宗我部国親が首を傾げる。

「すき焼きとは、どんな料理ながですか? 池田の里の料理屋で“からあげ”は食うたことあるけんどよ」


国親たち土佐衆も、既に主だった者は池田の里の武家町への定住を命じられ、引っ越していた。

自身の所領にいる事が許されているのは2万石の大身である河野通宣だけである。


次郎が手に持った新作料理どんぶりを、頭の上に持ち上げる。


「これは明国の麺料理、ラーメンを日本向けに改良した――楠予式ラーメンにございます!!」


重臣たちがざわつき。

玄馬が箸を持ったまま固まる。


「明国の……らーめん? 何だそれは!?」


兵馬が身を乗り出す。

「次郎、早くその料理をくれ!! 美味いは正義だぞ!!」


次郎は胸を張った。

「これは私の知っている和式ラーメンをほぼ完全に再現した自信作です。味はいくつかございますが、今回は豚骨味にございます!!」


源太郎が笑いながら言う。


「次郎。ごたくはいいから早く食わせろ。皆が待っっておるぞ」

「「そうじゃそうじゃ!! 早く食わせろ!!」」


広間に笑い声が飛び交い、大野虎道は酒を片手に叫ぶ。

「その通りじゃ。壬生殿。うまけりゃ何でもええんじゃ! 早う持って来てくれ!」


次郎は『仕方ないな』と笑って頷き、声を張る。

「分かりました。あと、から揚げと、白飯を焼いたチャーハンもありますから存分にお召し上がり下さい!」


一同がどよめいた。

玉之江甚八が目を丸くする。

「米を……炒めるんか? そんな料理聞いた事ないぞ……?」


吉田作兵衛が笑う。

「甚八、食ってみりゃ分かる。次郎殿の料理は、全部旨い」


「次郎殿、もう辛抱できん! 早く料理をくれ!」

「分かりました。では給仕の者達は料理を運んでくれ」


次郎の合図で侍女たちが一斉に料理を運び始めた。


正重は静かに盃を置き、皆を見渡した。

「……よい。今年は戦が続いた。皆よう働いてくれた。

次郎の料理、心ゆくまで楽しんでくれ」


その言葉に、広間は一気に明るく沸き立った。

侍女たちが運んできたラーメンのどんぶりを、膳の上に置くと、湯気とともに濃厚な香りが一気に広がった。


「な……なんじゃ、この匂いは……!」


玉之江甚八が思わず立ち上がる。

豚骨の香りに、重臣たちの視線が一斉に釘付けになった。


兵馬は鼻をひくつかせ、目を輝かせる。

「こ、これは……戦場の疲れが一気に吹き飛びそうな正義の匂いがするぞ!!」


大野虎道は箸を握った拳で膳を叩く。

「何をグズグズしておる! 早う! 早うおけい!!」


次郎はそれを見て笑いながら、手に持つどんぶりを正重の膳にそっと置いた。


「まずは御屋形様から。楠予式ラーメン、豚骨味にございます」


正重は湯気の向こうで静かに頷き、箸で麺をすくい上げた。

白濁したスープが麺に絡み、広間の空気が一瞬止まる。


正重のずずっと麺をすする音が広間に響いた。


――ずっずっ。


正重は麺を飲み込んだあと目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。


「……うむ、美味い。これは……胃袋に染み渡る味じゃな」


その一言で、広間が爆発した。

「御屋形様が褒めたぞ!」「よし、食うぞ!」

「美味い、美味いぞ! 壬生殿は天才か!」

「こ、これは凄い!」「麺が……麺がもちもちじゃ!」

「この液体も旨いぞ!」「この麺の上の豚肉の炙りが絶妙じゃ!」


次に唐揚げの皿が運ばれると、高田桂馬がすぐさま手を伸ばすが、黒岩兵衛がそれを止めた。


「高田大佐、世の中には順番というものがあります。まずは部下の私が毒見をしてからでなければ――」

「ふざけるな!! お前は自分のものが運ばれるまで待っとれ!!」


炒り飯の皿が置かれると、長宗我部国親が目を丸くした。

「米が……米が黄金色に光っちゅう……! なんじゃこれは!」


吉田作兵衛が豪快に笑う。

「長宗我部殿、美味いから食うてみい」


国親は横に備えられていたスプーンは使わずに、箸で炒飯を口に運んだ。


「……う、美味いぜよ! なんじゃこの食感は! 米が口の中でパラパラして、踊ちゅうがよ!! 飯を焼けばこんな風になるとは知らんかったがや!」


河野通宣が笑う。

「長宗我部殿、こっちのラーメンと言うものも絶品ですぞ」


国親は通宣に言われるがまま麺をすする。

「おおっ! こっちも美味いぜよ!

これは息子にも食わしてやりたいがよ!」


次郎はその光景を見ながら、心の中でガッツポーズを決める。


(うんうん。やっぱりラーメンは最高だよな!

チャーシューも自家製のを用意したし、メンマは和竹から作った本格派。

……まあチャーハン付きだから確実に太るだろうけどね。


――って、ああああぁ!!

餃子!! 餃子作るの忘れてるぅぅ!!)


次郎が接待役を務めた楠予家の“年忘れの宴”(忘年会)は、大成功だった。

それは戦国とは思えぬほど賑やかで、温かい夜だったと長宗我部国親は後に子供たちに語り継ぐ事になる。




ーーーーー


ひと月後、次郎は商業奉行に命じてラーメン屋を開店させた。


またそれと同時に希望者にはラーメンの製法技術を伝授する事、楠予領におけるラーメン屋の税金は他の飲食店と比べて高い事が告知された。


運上税(利益に応じた税金)は二倍。冥加税(営業の許可や、権利の保護)は等倍。

固定資産税(間口税を改良した、建物や土地の大きさによる税金)は二倍。

(屋台も通常の二倍である)


これらの税金はうどん・そばを除き、ラーメンに似た料理を出す店には全て適用されるとした。


とはいえ、次郎の予想に反してラーメンはすぐにはパクられず、急激には増えなかった。


理由は単純である。

ラーメン文化が国民にまだ根付いていない。


特に豚骨スープは、

• 大鍋が貴重

• 燃料が高い

• 長時間煮込みは非効率

• 臭み抜きの技術が未発達

• 衛生観念が弱い

といった理由から、弱小の個人店舗ではほぼ不可能だった。


そのため、豚骨ラーメンは塩や醤油、味噌、さらにはキムチのラーメンと比べても別格の高級品として扱われた。

塩や味噌などは比較的短時間で出汁が取れるため、まだ再現しやすい。

しかし豚骨だけは、楠予家の設備と技術がなければ到底作れない“特別な味”だったのである。



結果として、楠予家のラーメンは“真似されにくい高級料理”として、しばらく独占状態が続くことになる。


ラーメン屋と言えば楠予屋と言われ、池田の里の繁華街は夜遅くまで営業し、隣接する遊郭とともに眠らぬ町へと成長していったのである。


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