112 仁介原の戦い 開戦前
1543年9月中旬。
土佐・曽我山城
大平家を攻略中の大保木佐介は、楠予軍の指揮官たちを城の広間に集めて軍議を行っていた。
高田圭馬が、地元民から入手した情報を報告する。
「村人が申すには、『長宗我部と安芸が連合を組み、我らを討つために兵を集めておる』と行商人から聞いたそうにござる」
土佐侵略軍の司令官である大保木佐介が腕を組む。
「高田大佐、その情報は信じられるのか?」
「分かりませぬ。ですが警戒しておいて損はないかと」
佐介は広間を見回し各将に意見を求める。
「皆はいかが思う?」
徳重家忠が手を上げる。
「徳重中佐、申せ」
「長宗我部家と安芸家の両家の軍は、合わせて三千程度と思われます。されどこれに、吉良と本山が加われば五千を超えます。彼らが加わった場合の対策を考えておく方がよろしいかと」
「うむ、徳重中佐の言う事はもっともである。ならば五千の兵が攻めてくれば如何すればよい。皆の意見を聞かせよ」
大野虎道が進み出て、広間の中央に置かれた地図を指した。
「四家が連合を組み五千の兵で攻めて来るのならば、南の街道から来るはず。
この軍に籠城中の太平家と津島家の2家が呼応し、城を打って出れば我が軍が混乱に陥る可能性があります。ゆえに敵が現れればいったんこの地を放棄し、後方の福田中佐の軍千五百と合流して戦うべきかと」
大保木が眉を寄せた。
大野の案を採用し大平領を放棄すれば、せっかく得た大平領の民心が離れかねない。
もし土佐の民衆に『楠予家は当てにならぬ』と思われれば、その信用を取り戻すのは容易ではない。敵地で民心が得られなければ、敵軍と民の両方から兵站を狙われる事になる。万一そのような事になれば、今後の土佐侵攻に悪影響をもたらすのは確実だった。
「大野大佐の言う事には一理ある。だが、ここを退く訳には参らぬ。誰か他に良い策はないか?」
高田圭馬が言う。
「ならば新土居城の福田中佐をこちらへ呼び、六千の軍にて迎え撃ちましょう。土佐者はまだロングボウの威力を知りませぬ。しかるべき地に陣を敷き迎い打てば、労せずして敵を壊滅できるましょう」
大保木は満足気に微笑む。
「うむ、悪くない」
黒岩兵衛が手を上げる。
「黒岩少佐、申してみよ」
「高田大佐殿の言う事はもっともでございます。されど新土居城の兵を全てこちらに回せば、津野が息を吹き返す恐れがあります。
もし旧一条家の浪人どもが、楠予軍が苦戦していると判断し、決起でもいたせば厄介にございます。ゆえに、新土居城には押さえの兵を残しておくべきかと存じます」
黒岩兵衛は、楠予家が常備軍を設立した折に、他国より流れて来た農民の次男坊である。元は一介の兵士にすぎなかったが、越智家との戦で功を立てて分隊長に抜擢された。
楠予家で軍部学校が開校されると、黒岩は夜間の部で兵法を学んだ。そして大友家との戦で再び功を挙げ、中隊長へと昇進した。
「うむ、黒岩少佐の意見、藤田大佐は如何思うか?」
「はっ、理に叶っておるかと。津島家は逃亡兵が続出し弱っています。兵500を城に残し、さらに福田中佐に指揮を取らせれば、兵500でも攻略が可能です」
「あい分かった。では古川伍長、新土居城に赴き、福田大佐に『千の兵をこちらに寄こし、残る五百の兵をもって津島家を攻略せよ』と伝えよ」
「はっ!」
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二日後。
土佐・吉良城
長宗我部家と安芸家の連合軍三千五百は、土佐七雄の一人である、吉良家の領土へと踏み入った。
ここで長宗我部国親は弟の親吉を、吉良城へと向かわせた。目的は通行の許可と、最後の援軍要請である。
吉良城は、大保木のいる曽我山城のすぐ東にある。ゆえに親吉が城の広間に通された時、広間には楠予軍の襲来に備えて鎧を着込んだ、吉良家の家臣たちが大勢集まっていた。
親吉が兄からの言伝を吉良宣直に伝えると、宣直は静かに口を開いた。
「長宗我部と安芸の連合軍三千五百が吉良領を通過する事を認めよう。されど援軍は出せぬ」
親吉は頭を下げる。
「宣直殿。土佐は今、外敵に踏みにじられようとしちゅう。この土佐を守れるがは、土佐の国衆だけぜよ。どうか、長宗我部へ力を貸してつかあさい!!」
吉良宣直は顔を曇らせた。
「……親吉殿。長宗我部家が危機にあるは承知しちょる。されど、吉良が兵を動かせば、楠予家を敵に回すことになるがよ。いまは軽々に動くわけにはいかぬがよ」
親吉が床を叩く。
「楠予は、もう土佐の敵ぜよ! 津野や太平らが何をしたちゅうがよ! 楠予はな、長宗我部の所領安堵を退け、臣従すら拒んだぜよ! 楠予は土佐の国人を皆殺しにする気ぜよ!」
「……分かっちゅう。じゃが、ここで負けたら、吉良家が滅ぶがよ」
事ここに及んでも、宣直が決戦に及び腰なのは当然であった。戦国時代の初期は、総力を振り絞って敵国と決戦に及ぶことは一生に一度あるかないかの大事である。何度も決戦を繰り返している楠予家が、異常なのだ。
吉良家の重臣・斉藤又兵衛が、両手を床につけて宣直に言上した。
「殿。親吉殿の申されたこと、まっこと道理ながです。楠予が土佐の国人を皆殺しにする気なら、次に狙われるはこの吉良に決まっちょります。座して待っちょっても滅ぶがは同じ。ならば、土佐の国衆として立ち上がるべきやと存じまする」
広間がざわめいた。若い家臣らは斉藤の意見に目をギラつかせ。老臣らは沈痛な面持ちで目を閉じた。
親吉は拳を握りしめ、宣直の返答を待った。宣直はしばし黙し、苦渋の表情で口を開く。
「……分かっちゅう。分かっちゅうがよ。じゃが、吉良が兵を挙げ負けたら、楠予家は必ず吉良を討ちに来る。その時、吉良が持ちこたえられるがか……」
斉藤又兵衛が顔を上げ、強い声で言う。
「殿。楠予が攻めて来るがは、兵を挙げようが挙げまいが同じぜよ! ならば、戦に勝つより手は無いがです! 土佐のために戦うて滅ぶほうが、吉良の誇りが保たれるぜよ!」
その言葉に、広間の空気が変わった。
家臣たちの目に、覚悟が入り混じった光が宿る。
親吉がもう一度頭を下げる。
「宣直殿……どうか、土佐を守るために力を貸しとうせ」
宣直は拳を握りしめ、震える声で言った。
「……本山が動けば……」
親吉は眉間を寄せ、床を叩いた。
「そんな時間はないぜよ! 一条はふた月も持たず降伏した、津島や太平がいつ降伏してもおかしくないがよ! そしたら楠予は全力でこっちに向かうぜよ!」
又衛兵たち若い家臣が一斉に頭を下げる。
「殿! どうかご決断を!」
広間の空気が一気に張りつめた。
若い家臣らが次々と膝を進め、口々に声を上げる。
「殿、楠予は容赦せんぞ! 逃げても追うて来るがや!」
「吉良が立たんかったら、土佐は終わりぜよ!」
「いま動かんと、吉良の名が廃れるがよ!」
押し寄せる声に、宣直の肩がわずかに震えた。
「……好きにせい……、戦いたいもんは行くがや……」
広間に一瞬の静寂が流れた。だか次の瞬間、怒気が走った。
「殿、それはあんまりぜよ!」
「吉良の旗はどうなるがです!」
「好きにせいとは……そりゃあ家中を捨てる言葉ながや!」
又兵衛が膝を進め、声を震わせて叫んだ。
「殿! 吉良の当主が、そんな弱気でどうするぜよ! 我らは殿のために命を張っちょるがです! “好きにせい”では、兵は動けんぜよ!」
若い家臣らも次々と声を上げる。
「殿が立たんかったら、誰が吉良を守るがです!」
「殿! どうか腹を決めとうせ!」
「このままでは家中が割れるがや!」
宣直はやけくそになり立ち上がる。
「ええい! 分かったがや! わしについて来い! 出陣するぜよ!」
宣直の言葉に若い家臣の歓声があがり、次々と立ち上がった。
「おおっ、殿! よくぞご決断を」
「吉良家の意地を見せるぜよ!」
「殿の御決断、まっこと英断がや!」
この日、吉良家の兵千二百のうち、四百が城の守備に残り、八百が連合軍に加わった。
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翌日の昼。
曽我山城の広間で大保木たちは、大平領における、統治の進行状況について官吏の報告を聞いていた。
そこに突如として伝令が駆け込んで来た。
「申し上げます! 長宗我部家、安芸家、そして吉良家の連合軍が現れました! その数、およそ四千!」
予想したよりも多い敵兵の数に、広間にどよめきが走る。
高田圭馬が問う。
「吉良家が加わったのか。それでどこに現れた?」
「はっ、連合軍はここから南にある義盛山に陣を構えるもよう。現在、山を登っているところにございます!」
「義盛山か……波介川の向こうではないか。実に攻めづらい所に目を付けたものよ」
徳重家忠が地図を覗き込み、眉をひそめた。
「義盛山は波介川に守られた天然の要塞。あそこに陣を敷いたと言う事は、こちらが攻めて来るのを待つつもりでごさろうか?」
黒岩兵衛が腕を組む。
「……確かに義盛山は守るには良いですが、攻めるには向きませぬ。あえてあそこに登ると言う事は、太平家と連携して補給路を断つつもりなのかも知れませぬ」
大野虎道が唸る。
「ならば敵は夜陰に紛れて波介川を渡り、太平家の蓮池城に入城すると言う事もありうるな」
大保木佐介が静かに立ち上がる。
「どのみち兵站は蓮池城の近くを通っておる。連合軍が蓮池城に入らずとも、太平家が自由に動けるようになれば兵站が途切れる。よって我らはこれより、城を出て蓮池城の前に陣を敷き、連合が蓮池城に入城するのを阻止する」
大保木佐介の鶴の一声で出陣が決まった。楠予軍は曽我山城に百人の守備兵を残し、五千四百の兵が城を出た。
蓮池城には当初千二百の兵が籠もっていたが、楠予家の戦法により逃亡兵が相次ぎ、いまや兵力は六百ほどにまで減っていた。
降兵からその情報を入手していた大保木は、蓮池城はもはや脅威ではないと判断し、城の前に堂々と陣を敷く事にしたのである。
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連合軍・義盛山 山腹
長宗我部国親・安芸国虎・吉良宣直の三人は、楠予軍が蓮池城の前へ移動していくのを山上から見下ろしていた。
まだ十四歳の安芸国虎が家来に訊ねる。
「重忠、敵は攻めて来ぬがやないか」
「そのようでございますな」
国親が笑みを浮かべて言った。
「国虎殿、そんなに気にしなさるな。義盛山に攻めて来んことは、はじめから分かっちょったき。もし攻めて来ちょったら、そりゃあ“もうけもん”というだけの話よ。
敵が蓮池城の前に陣を敷いた――
これはこれで、わしらには好都合ながぜよ」
吉良宣直が首を傾げる。
「長宗我部殿、好都合とはどういうこっちゃろうか」
国親は一瞬、顔を引きつらせて応える。
「我らは今宵、波介川を渡って楠予軍のすぐ東、仁介原に陣を敷いちょったら、蓮池城とわしらで挟み撃ちにできるがよ」
宣直は感心したように頷いた。
「なるほど……さすが国親殿じゃ」
「宣直殿、これは負けられん戦いや。負けたら命はない。ゆえに明日は、わしら三人が同じ場所に本陣を置くのはどうじゃ。そうしちょけば、誰か一人が逃げ出すこともないき。宣直殿も、そのほうが安心できるろう」
国親の提案に宣直は、拒否したい気持ちを押さえ、苦笑しながら頷いた。
「それは安心じゃ。逃げる時に、わしだけ置いて行かれることはないきの。あははっ……」
「そういうことぜよ。安芸殿もそれでよかろう?」
国虎は細い目で宣直をじっと見つめていた。
国親が、宣直を頼りないと見て三人で同じ場所に本陣を置こうと言い出した――その意図を、国虎は察していた。
ゆえに、その目には宣直に対するわずかな蔑みが宿っていた。
「……分かったがや」
その日の夜、連合軍四千三百は月明かりを頼りに、静かに波介川を渡った。
そして楠予軍に気付かれぬよう、対岸の野原、仁介原に、ひっそりと陣を敷いた。




