108 『伊予統一』と『楠予銭』
今年最後の投稿になります。読んでくれた皆さま、ありがとうございます。
最後は感謝の大大増量でお届けします。(すいません、補足してたら2回分になっただけですw)
1543年7月中旬。
伊予西南部では、准将に任命された司令官の大保木佐介が西園寺家の攻略を進めていた。佐介は西園寺家の本城・松葉城のすぐ近くに位置する黒瀬城を攻め落とすと、ここを前線の本拠と定め、西園寺領の支配に乗り出した。
楠予軍は定石通りに行動せず、西園寺家の兵の多くが立て籠もっている松葉城を包囲しなかった。松葉城の近くには、城を監視する中隊(400人)が山林に配置され、城は半ば放置された。
そして松葉城から兵が出れば、黒瀬城から直ちに楠予軍が出撃してこれを撃退した。少数の兵が抜け出した場合には、望遠鏡で城を監視している中隊(200人)、もしくは中隊所属の小隊(40人)により、その者たちは即座に捕縛されるか、斬り捨てられた。
また、楠予家は支配下に置いた西園寺領の民に対し、『西園寺家が降伏するまでは年貢を免除する』と布告した。さらに、西園寺家の兵が年貢の取り立てに来た際には、すぐ楠予軍へ通報するよう、各地の名主や村長に命じた。
これにより、西園寺家は領内での年貢徴収が困難となり、地元の民の大半の者の気持ちが、楠予家に傾いていると知った松葉城の兵の士気は急速に低下した。加えて楠予軍は『楠予家に忠誠を誓う者は、年に三貫文・米一石・塩五升で召し抱える』と記した矢文を多数城内へ撃ち込んだため、その高待遇に心の揺れた下級武士や農民兵の逃亡が相次いだ。
ひと月が経過した頃、黒瀬城の大保木佐介のもとへ、土居清晴が西園寺家の降伏交渉の使者として訪れた。
「どうか、所領三万石の安堵と松葉城の所持をお願い申し上げまする。
大保木殿、この条件で何卒、楠予様へお取り成しを願いたく……っ!」
土居は畳に額を擦りつけるようにして懇願した。
しかし佐介は、静かに首を振った。
「御屋形様は大名としての西園寺家を滅ぼすおつもりじゃ。宇都宮家が二百石で仕えることになったのは知っておろう」
「宇都宮家とは違いまする! 宇都宮家は当主を捕らえられたゆえに開城したのです。しかし当家は、まだ戦えまする!」
土居の声は震えていたが、必死に食い下がった。
佐介はその姿を冷ややかに見つめた。だが佐介は無駄な交渉をするつもりはなかった。降伏の使者が来た場合の対処は、すでに正重から命じられていたのだ。
「御屋形様はこう仰せだ。『西園寺家が早期に降伏するなら五千石と松葉城を残す。だが年内に降らぬなら、そのまま城で朽ち果てさせよ』とな」
土居は顔を上げ、蒼白になった。
「ご、五千石では……それでは代々の重臣や家臣を養えませぬ……っ!」
佐介は淡々と答えた。
「養えぬなら、楠予家で一般兵として面倒を見る。能力があれば、すぐにでも出世できよう。条件は見たのでござろう?」
その声音には、情けも怒りもなかった。ただ、勝者の余裕と、敗者に与える最低限の慈悲だけがあった。
土居清晴は震える声で問う。
「全ての兵が楠予家で面倒を見て頂けるのでしょうか?」
大保木は頷く。
「御屋形様は面倒をみると仰せじゃ。楠予家は裕福な家じゃからな。戦の最中であっても、西園寺領の民から年貢を取らぬと、約しておることからも分かろう。降伏されよ。楠予家の兵はすべてが常備兵でござる。待ってもこの地から消えることはない」
その言葉は、淡々としているのに逃げ道を完全に塞ぐ響きがあった。
土居清晴は目を閉じ、膝から崩れ落ちた。
楠予家は大友軍一万と、自分たち西園寺軍四千五百を難なく撃退した。その圧倒的な強さは、土居の骨の髄まで染み込んでいる。大保木は、ひとつも誇張していない。土居には、それが痛いほど分かった。
ーーーーー
7月下旬。
西園寺家は楠予家に降伏し臣下の礼を取った。ここに楠予家は伊予統一を成し遂げたのだ。
数日後、楠予屋敷の広間には重臣たちがずらりと並び、静かな緊張と誇らしさが満ちていた。
次郎が一歩進み出て、深く頭を下げる。
「御屋形様、伊予統一おめでとうございます」
正重は扇を軽く動かし、穏やかに笑んだ。
「うむ。これも皆の働きによるものじゃ」
玄馬が腕を組んで頷く。
「御屋形様、西園寺家と宇都宮家が降った事で楠予家は約12万石を手に入れました。これで楠予家の石高は33万石でござる。おめでとうございまする」
「うむ」
源太郎も誇らしげに言葉を添える。
「父上、これで楠予家は名実ともに伊予の主にございます」
作兵衛は嬉しそうに笑いながらも、どこか引き締まった声で言った。
「伊予での戦は終わったが、これからが本番じゃのう。民を治め、兵を養い、さらに国を豊かにせねばならん」
正重は皆を見渡し、静かに言葉を落とした。
「うむ。次なる目標は土佐の攻略。まずは先の戦で宇都宮家と西園寺家に援軍を出した一条家を討伐する事じゃ」
次郎は深く頷く。
「一条家は我らに大敗した痛手から、まだ立ち直ってはおらぬでしょう。降伏してくれれば楽なのですが……」
玄馬が眉を寄せ、腕を組んだ。
「確かに降伏してくれれば御の字じゃ。楠予家では出陣中の兵に危険手当として日に十文を支給しておる。兵の質を保つためとはいえ、これは相当な出費になっている。長引くのは良くない」
友之丞が静かに頷き、言葉を継ぐ。
「確かに出費は痛い。だが、今さら手当を減らせば士気が落ちます。
それに、一国を攻め落とすには五千くらいの兵力を見せねば、敵も容易に降伏を選ばないでしょう。兵を出し惜しめば、かえって戦は長引くかと」
次郎は頭の中で算盤を叩く。
(五千の兵の危険手当が一日に5万文、つまり50貫文。これを360倍すると年に1万8千貫文。意外と高いな!)
楠予家の財政は他国に類を見ないほど裕福である。現在の収入は交易関連の収入が年に5万貫文、商業収入が3万貫文、これに年貢収入がさらに追加される。
軍事面では、伊予を統一した楠予家は、常備兵の数を八千から一万二千へと増員する方針を定めていた。
兵一人を雇う条件は、年に三貫文・米一石・塩五升である。
この基準で計算すれば――
一万二千の常備兵の維持費は、年に三万六千貫文。
さらに、五千の兵を一年間出陣させた場合の危険手当を加えると、合計五万四千貫文になり、結構な出費となっている事が分かる。
次郎は正重の前に進み出て、腰の巾着袋を開いた。
重臣たちが不思議そうに見守る中、次郎は袋から一枚の銅銭を取り出し、正重に差し出した。
正重は首を傾げる。
「次郎、これは何じゃ?」
「別子銅山から掘り出した銅を精錬し、加工して作った、新しき銅銭にございます」
正重は銅銭を摘み取ると顔に近づけ、すぐに目を大きく見開き感嘆の声を上げた。
「なんだ! この細やかな紋様は!」
次郎の作り上げた銅銭は、丸く整えられ、縁には細かなギザギザが刻まれており、その精密さは戦国の技術では到底あり得ぬものだった。
さらに表面には、今にも吠えかかるかのような虎が彫られ、裏面には、雲をまとって天へ昇る龍が躍動している。
どちらも毛並みや鱗の一本一本までが鮮やかに浮かび上がり、まるで生き物そのものの迫力を放っていた。
そして絵の上方、縁に沿って細い文字で「天文12年7月7日」と刻まれている。
それらの美しい線の細さは、誰が見ても“人の手では不可能”と悟るほどだった。
この銅銭は次郎が通貨制作の知識を購入し、作ったものだ。
鋼を焼き入れして硬くした棒の先端に、虎と龍の絵を“逆向き”に彫り込んだ。毛並みや鱗の一本一本まで刻むため、針のように細い鉄筆と、磨いた石のルーペを使い、何日もかけて原型となる刻印を仕上げた。
次に、銅を溶かして薄い円板を鋳造し、その上に刻印を置いて大槌で一撃を加える。硬い鋼の刻印が銅板に食い込み、虎と龍の姿がそのまま浮かび上がる仕組みである。
最後に、銅銭の縁を鋼の輪で挟み、細かなギザを刻むために何度も叩いて仕上げた。日付の細い文字も同じ方法で刻まれている。
こうして、戦国の技術では到底真似できぬ精密な銅銭が生まれたのであった。
次郎は皆に銅銭を配りながら言う。
「これは永楽通宝などの鋳造方式と違い、研究開発奉行が考案したパンチ方式と言う方法で作ったものです」
正重たちは次郎の『研究開発奉行』の言葉により、『あっ、そう言う設定だったな』と生ぬるい顔になった。
玄馬が言う。
「実に見事な銅銭じゃ。もしやこれを楠予家の新しき通貨とする気か?」
「はい、楠予家はこれからは自国の通貨を持つべきにございます」
友之丞が眉を寄せる。
「……果たして民や商人が、新しい楠予家の通貨を受け入れるだろうか?」
作兵衛が頷く。
「甲斐の武田氏などは金で作った“甲州金”を通貨としておると聞く。だがさすがに銅銭では民は受け入れ難いと思うのう。そうじゃ、ここはいっそ他国と同じように、偽の永楽銭を作ってはどうじゃろうか?」
次郎が首を振る。
「それはならず者のする事です。確かにすぐに民は受け入れぬでしょう。ですが楠予家の通貨は他国では真似出来ず、偽造の恐れがありません。楠予家が税の受け取りや領内での公費の支払いを、楠予家の通貨のみとすれば、おのずと楠予家の通貨は領内に広まると思います」
次郎の言葉に、座敷の空気がわずかに揺れた。
だが源太郎も作兵衛も、まだ納得しきれぬ顔をしている。
そこで次郎は、銅銭を指先で軽く弾きながら続けた。
「そもそも金の価値は、皆が価値があると思うから価値が生まれるのです。かつてモンゴル帝国の元では、紙による金が作られました。元が存在している間は金としての価値が、確かにそこにあったのです」
次郎は銅銭を弾いた指を止め、皆の視線を受け止めた。
「元の紙幣は、今ではただの紙です。しかし“元という国が保証する”からこそ、かつて人々は金として扱ったのです。
――つまり金の価値とは、物そのものではなく、信用なのです」
作兵衛が目を瞬かせる。
「ただの紙切れも……金になる、と?」
「はい。力ある国が『この紙は金だ』と言えば、民はただの紙切れですら金として扱わざるをえないのです。楠予家の民で言えば、この銅銭に御座います」
源太郎が悩ましい顔をする。
「……だが金を自国で作る意味があるのか。作りすぎれば価値がなくなり、見向きもされなくるのではないか? このような貴重そうな銅銭、万一捨てられでもしたら大損であろう」
次郎は源太郎の問いに、笑って応える。
「初めの型作りの手間はかかりますが、銭を量産する事には、大した手間も費用もかかりません」
次郎は言葉を続ける。
「それと、おっしゃる通り金を作りすぎれば価値は下がります。しかし、それは“無制限に作った場合”の話です」
次郎は銅銭を袋から取り出し、掌に乗せてゆく。
「通貨とは、井戸水のようなものです。少なすぎれば人は渇き、多すぎれば溢れ出る。大事なのは“量を定め、流れを整えること”なのです」
源太郎が腕を組む。
「……つまり、楠予家が量を決めて作ればよい、と?」
次郎はニヤリといやらしい笑みを浮かべる。
「はい。日本ではこれまで自国の通貨を作る技術がありませんでした。作った通貨の品質はバラバラで、偽造を防ぐ技術がなかったからです。そのため現在の日本は深刻な通貨不足になっております。商人も領主も銭を出し惜しみ、賃金も物価も上がらず下がる傾向にあります。だから楠予家が銭を作り増やしてやるのです」
次郎には勝算があった。
民が楠予家で税を納める時は、楠予家の通貨を使わなければならないようにするのだ。
それにより民に楠予家の通貨を無理やり使わせ周知させる。ただ、それだけでは民は税を納める分だけを両替所で交換し、手間が増えるだけの可能性が残る。よって楠予家の領内では楠予通貨の受け取りを拒否する事ができないとする法を作り、布告する。官(楠予家)と民、商人の間の取引全てでだ。もし破れば牢屋行きと、厳しく罰する。
楠予通貨の楠予領内での扱いが保証されていれば楠予銭の需要は跳ね上がる。受け取る側がどうしても永楽銭が欲しいなら、面倒でも受け取ったあとに換金所まで持っていき交換すれば良いのだ。
とどめは、自国での家臣の給与の支払いはもちろん、公費の支払いを楠予通貨で行う事だ。もちろん給料で受け取った楠予通貨は楠予家の両替所で永楽銭に換金可能だ、だが一定金額からは換金名簿に署名をさせるのだ。
賢い家臣や商人たちはすぐに気づくだろう。『換金すれば楠予家に目を付けられる』と。ゆえに楠予家が落ち目にならない限り、嫌でも楠予領内での通貨の流通は、楠予通貨が主流になっていく。
正重たちは次郎の説明を聞きながら、徐々にその“いやらしい笑み”の意味を理解し始めていた。
玄馬が腕を組み、低く唸る。
「……つまり、楠予家は永楽銭を回収し、楠予銭を吐き出して領内に広めるという事か」
次郎は満足げに頷いた。
「はい、基本はそうです。ただ永楽銭は偽物が多いので、楠予領内には置いておきたくありません。集めた永楽銭は他国の両替所で金銀に替えてもらうつもりです」
「それで楠予通貨が広がると思うか?」
「はい。領内で使えるなら持っておいて損はありませんし、楠予銭は偽造の心配がありません。
しかも楠予家の両替所に行けば、永楽銭はもちろん、金や銀との交換も楠予家が保証いたします。
これなら民はいずれ好んで楠予銭を使うようになるでしょう」
玄馬はしばし黙し、掌の銅銭をじっと見つめた。
虎と龍の彫りは、灯火の揺らぎに合わせて生き物のように光る。
「……なるほどのう。永楽銭は本物か偽物か、常に疑わねばならん。だがこれなら一目で“楠予家の銭”と分かる」
源太郎も深く息を吐いた。
「民にとっても商人にとっても、“疑わずに使える銭”というだけで大きな利よな。しかも両替もできるとなれば安心じゃ」
作兵衛が苦笑した。
「この楠予銭の出来に比べれば、永楽銭など赤子のおもちゃじゃ。交換の保証があるなら、わしでも喜んで使うわ。そうじゃ、永楽銭は偽物も多いし……いずれ楠予銭や金銀との交換を拒んでやるのも面白いかもしれませぬな」
作兵衛は冗談めかして言ったが、
後に楠予領内では永楽銭による金銀や楠予通貨への交換が、本当にできなくなる。
ーーー
ふた月後、楠予家は楠予通貨を領内で使い始めた。
作られた楠予通貨の種類は3種類。1文銭、10文銭、100文銭の3つの大きさの異なる銅銭が作られた。3つだけにしたのは種類が多すぎると、民が混乱し、受け入れられなくなると次郎が考えたからだ。
初めて楠予通貨を見た、楠予領の民は素晴らしい紋様に感嘆したが、それでも当初は好んで使われなかった。だが意外にも楠予通貨を好む者がいた。楠予家の領内で商いをする行商人たちである。彼らは偽造の心配のない楠予通貨を好み、民からの銭の受け取りも楠予通貨を望んだ。そのため民たちはすぐに楠予通貨を好んで使うようになり、予想以上に早く浸透していった。
ーーーーー
幕間
4か月後。
池田の里の定期市
行商人の一人が、腰の袋を揺らしながら声を上げた。
「おい婆さん、その永楽銭は受け取らんぞ。楠予銭で払ってくれ。楠予銭の方が安心じゃ」
婆さんは驚いた顔で手元の銭を見つめる。
「楠予銭? 永楽銭は……いかんのかえ?」
「婆さん楠予銭を知らないのか? 永楽銭は偽物ばかりで信用できんだろ。そもそも本物でも怪しいんだよ、重さも違うし、色も違うしな。それに比べてこの楠予銭なら間違いなく本物じゃ。ほれ、見てみな、虎と龍が生きとるようじゃろ」
この時代、日本では質の良い貨幣が不足していたため、永楽銭は非常に重宝され、主要な通貨として扱われていた。
しかし、本物の品質自体が低かったことから偽造も盛んに行われた。
とりわけ戦国時代は、各勢力が独自に貨幣を発行したり、既存の貨幣を勝手に改鋳したりしたため、偽銭が流通しやすい状況にあった。
そのためこの時代の永楽銭の半分は偽物だったと考えられ、地域によっては七〜八割が偽銭だった可能性もあった。
婆さんは受け取った楠予銭を光にかざし、思わず息を呑んだ。
「……ほんに綺麗な銭じゃのう。こんな銭、あたしゃ初めて見たよ」
婆さんは楠予銭を商人に返し、自分の持つ袋の中を永楽銭を見、汚物を見るかのような表情になった。
「なんじゃ……これは……」
周囲の者たちはその光景をみて、誰からともなく囁きが広がった。
「楠予銭なら安心じゃからのう、これなら偽金の心配はいらん。わしら行商人には大助かりじゃ」
「そうじゃそうじゃ。それに楠予家はあの大友家に僅かな数で勝ったんそうじゃないか。なんでも敵は3万もいたが楠予家の御屋形様は僅か3千の兵で追い返したと聞いたぞ」
「それはすごいな!」
「待て待て。その話は怪しいぞ、眉唾物じゃな」
「お前さん信用しないのか? 心配なら楠予家の両替所で永楽銭に交換してもろたらええんや。お殿様は無料で幾らでも交換してくれるぞ。もちろん偽金はダメじゃがのう」
「それじゃあ、おらの袋の中の銭のほとんどがダメじゃねえか」
広場ではどっと笑い声が起きた。
「心配するな。両替所のお役人様が、当分の間、形のよい永楽銭なら楠予銭と交換してやると言っておったわ」
「当分ってのはいつまでだ? もし1日ならどうすんだよ!? オラちょっくら両替所まで行ってくるだ!」
男は急いで両替所へと駆けだした。
両替所は本来、商人が生業として営むものだが、楠予家では主要な町に役人を置き、金銀は手数料を取って運営していた。
また楠予家では当初、金と銀の交換比率を一定にする案も出されたが、次郎が猛反対した。
一定比率を定めれば、諸国との価格差を利用され、思わぬ損失や金銀の流出を招きかねない。それは日本を統一した後であっても同じことだ、と。
ひとりの商人がボソリと呟く。
「わしら楠予領の商人は、税を楠予銭で納めなければならん。楠予家が天下を取ってくれるなら財産の全部を楠予銭にするんじゃけどな」
「それは夢じゃな……。じゃが、この通貨を見ると永楽銭はもう集める気がせんのう。万一、楠予家が滅んでも、楠予銭が使われ続けて欲しいのう」
「そうじゃな。この通貨の龍と虎の絵を見ていると、これこそが本当の銭としか思えん」
その日、市では楠予銭を求める声が相次ぎ、永楽銭を出す者は逆に怪訝な目で見られるほどだった。
その風潮は次第に強まり、時間とともに市全体に及んでいった。
夕暮れが迫り、市はそろそろ店じまいの時間となった頃、遠くからやって来た若者が店で品を求めた。
「兄ちゃん、永楽銭はあかんで。楠予銭はないんか?」
「永楽銭しか持っとらんのやが……」
「ほな、両替所で替えてきな、楠予銭の方が商いが早いんや。楠予銭には1文銭だけやのうて10文銭と100文銭があるで。銭が溜まれば100文銭にしといて、100文銭が溜まれば楠予家の大きな両替所で金や銀と交換して貰えばええ」
庶民が日常で扱う金は永楽銭のような銅銭であったが、大口の取引を行う豪商や大名たちは主に金や銀を用いた。
流通量(枚数)では銅銭が圧倒的に多いものの、価値の総量で見ると金銀が全体の七〜八割を占め、関西では銀をメインとする“銀本位”の経済が発達し、関東では金をメインとする“金本位”の経済が形成されていた。
このため、銅銭だけでは通貨を支配しきれないと悟った次郎は、後に銀で作った額面五万文銭の小判と、金で作った額面五十万文銭の小判を鋳造することになる。
この通貨は銀や金そのものの価値で考えれば、重量が本来の十分の一ほどしかなく、到底その価値に及ぶ代物ではなかった。
だが、この“額面を基準とする楠予通貨”が、やがて“重量を基準とする日本の金銀経済”を根底から破壊していくことになる。
並の強国がそんな事をすれば、商人がその通貨の受け取りを拒み、経済が立ち行かなくなる。
だが楠予家は違った。国内の主要な商いの多くを楠予家自身が握り、貿易収支も圧倒的な黒字である。
ゆえに他国の商人には従来通り金銀の重量で支払ってやればよかった。どうせ楠予家の方が受け取る金銀の方がはるかに多いのだ。
金銀に混ぜ物をして支払いに回すような国とは違う。楠予家は“便利だから”国内で楠予通貨を広め、貨幣経済を発展させているのである。
行商人の説明に、若者は耳をそばだてた。
「金や銀にも替えられるんか?」
「おうよ。楠予家の大きな両替所なら、相場通り交換してくれるわ。今なら十文銭6枚で銀1匁に替えてくれる。永楽銭よりもずっと持ち運びも楽や」
「そりゃあ便利やなあ……永楽銭は数が多くなるから重いし、偽物もよく混じっとるし……」
そんな声があちこちで飛び交い、商人に永楽銭の受け取りを拒否され、隣接された両替所に行く者があとを絶たなかった。(中には次郎の仕組んだサクラの商人も数名いたが……)
若い母親が、幼い子を抱えながら呟く。
「この銭、ほんまに綺麗やなあ……虎さんも龍さんも、まるで絵巻物みたいや」
子どもは目を輝かせて楠予銭を指差した。
「かあちゃん、これ、ほしい!」
「はいはい、また今度な」
この日、池田の里の市では永楽銭が駆逐され、主役の座を楠予通貨に奪われた。幾人かの民の目には、沈みゆく夕日が永楽銭の未来を暗示しているような気がしていた。後に竜虎銭と言われる楠予通貨の台頭の日であった。




