困惑
無数の蔓が一斉に襲い掛かってきた。ロキとフレスヴェルグ両方にまったく同時に攻撃を仕掛けてくる蔓に、二機は共に飛び退りながらロキは手刀で蔓を払いながら引き千切り、フレスヴェルグは手にした銃から高熱の酸を発射して蔓を溶かしていった。
「おかしいな……?」
戦闘が開始されるとすぐにジャンが違和感を口にした。リベルタも口には出さなかったがジャンと同様の違和感を覚えていた。
弱いのだ。
確かに、この蔓達に生身の人間が対峙したら圧倒的な物量の前になすすべなくやられるだろう。市販のイヌ型アルマでも太刀打ちできない。だがその程度だ。ロキやフレスヴェルグのような真のアルマにとって、この植物は弱すぎる。ジャンの前の愛機であるクモ型でも難なく対処できるだろう。
『おかしいですね。メルセナリアから発信された寄生樹アンゼリカのデータと比べて、この木は戦闘能力がかなり低いようです』
ロキが次々と蔓を引き千切りながら、ジャンの気持ちを代弁する。酸の銃で蔓を焼き溶かしながら、フレスヴェルグも困惑の感情を抱いていることがリベルタにも伝わってきた。
「戦いは得意じゃないのかな……? 人間だってジャンみたいに強い人もいれば、私みたいに弱い人もいるんだし」
リベルタが自分を例に出しながら仮説を述べる。その意見には誰もが同意するものの、フレスヴェルグはどうしても納得できない様子で反論した。
『しかし、人類文明の要であるオベリスクを制圧するという、原生植物にとっても極めて重要な作戦を戦闘面で頼りない種に遂行させるのは他の種にとっても不安なのでは? メルセナリアの情報からすると植物達にも人間と同様の感情や思考があるようですし』
機械であるフレスヴェルグが述べた疑問はとても情緒的なものであったが、それゆえに誰も否定できずにいた。
次々と伸びてくる蔓を蹴散らしながら、うんざりしてきたジャンは勝負を決めようと決意する。
「どうもあの目玉が気になって仕方ない。ちょっと攻撃してみようぜ」
『賛成です』
ジャンの提案に間髪入れず賛意を示したロキは、そのまま三本の木に向けて突っ込んでいく。リベルタはロキの行動の早さに戸惑いつつ、ロキが向かった木とは別の木にある目玉めがけて銃を撃った。
ジュウウウウ、と激しい音を立てながら、銃で目玉を打たれた木が枯れていく。あまりのあっけなさに驚くリベルタを尻目にロキが一本の木の目玉を殴りつけると、その木も簡単に折れて地面に倒れ落ちた。そこに最後の一本から伸びた蔓がロキの腕を捕まえる。
『いけない!』
この木の蔓はオベリスクに潜り込んで機能停止させたものだ。戦闘能力は低くとも、アルマが捕まればろくなことにならない。すぐに銃で目玉を撃とうとするフレスヴェルグだが、ロキは自由な方の手でフレスヴェルグの動きを制止するようなジェスチャーをした。
「何やってんだロキ!?」
中にいるジャンもロキの行動に驚きの声を上げるが、ロキは落ち着いた態度で意図を説明する。
『この蔓は機械の記録に侵入して悪さをするようです。先ほども侵入を試みられました。ですが、それは私自身の目的と一致しています。つまり、こいつに私の記憶を封じている鍵を壊してもらおうかと』
「ええーっ、そんなことできるの? 危ないよ!」
ロキの企みを聞いたリベルタがそれには賛同できないとばかりに銃の引き金を引いた。銃口から発射された赤い液体が最後の木の目玉に当たる。これも激しい音を立てながら枯れていき、その幹から伸びた蔓も瞬く間に枯れロキの腕から剥がれ落ちた。
『ああ、もうちょっとだったのに』
ロキが心底残念そうに言いながら、腕にまとわりついた枯れ葉を払い落す。
(……幾重にも掛けられたセキュリティプロテクトの何枚かが突破された。単なる思いつきだったが、これはひょっとするかもしれないぞ)
即興の企みが成果を上げそうで内心ほくそ笑むロキだが、その感情もジャンには伝わっている。なんだか嬉しそうなアルマの様子から、どうやらあの植物がロキの望みを叶えてくれそうだと理解したジャンは、今後どうするべきかと考えていた。オベリスクは五機あるという。当然あの木も全ての場所にいるだろう。だがわざと捕まることはフレスヴェルグやリベルタに止められるまでもなくジャン自身も危険だと思っていた。なにせ自分が乗って命を預けているアルマだ。
『オベリスクは自己修復を始めましたが、やはり他の四機全てが敵の手に落ちている状況ではネットワークの復旧も限定的ですね』
ネットワークを完全に遮断するためには五機のオベリスクを全て機能停止させなければならない、ということは一機でも復活すればネットワークは使えるようになるのが道理というものだが、さすがにそんな都合の良い話はなかった。フレスヴェルグが接続を試したところネットワーク上の情報をいくらか得ることはできたが、遠隔地との通信が可能な状態には回復していなかった。
「ちょっとは戻ったんだ? ネットが使えなくなって世界はどんな状況になってるのかな?」
『酷い状況ですよ。登録IDの約三割が消失していました。つまり何らかの理由で命を落とした人間が全人口の三割に達しているということです』
数字だけ言われてもピンとこないリベルタだったが、とにかく大勢の人間が命を落としたのだということは分かった。この不自然なほどに弱かった〝目玉の木〟がそれだけの成果を上げたということだ。
「三割も……死んだのか……」
リベルタとは対照的にジャンはその被害の大きさを具体的な規模感で理解していた。とてつもない大惨事だ。自分の愛した家族や国民、旅の間で出会った人々の顔を思い浮かべ、絶望的な気持ちと共に無事を願わずにはいられなかった。
そんな主の感情を共有したロキは、自分のことばかり気にしていた先ほどまでの己の態度に後ろめたさを感じた。考えていることが全て伝わるわけではないが、お互いの感情は伝わる。共に旅を続けてきた仲だ、何を考えているかはどちらも手に取るように分かる。だから主に余計な悩みを与えてしまった自分の行動を反省した。
敵があまりに弱いから気が緩んでいたのだろう、やはりフレスヴェルグが警告する通り原生植物は恐ろしい敵だと考えを改めるのだった。
『悪魔の樹木……か』




