#Vまつり
今朝の俺は早起きである。
高いホテルのベッドが慣れず、予定よりも早く目が覚めてしまった。
それはどうやらエリカも同じようで、スタッフ権限を使って人混みができる前に入場した。
P.S事務所初のリアルイベント『プリズムシフト・プレミアムフェス』は予定通り開催される。
界隈でP.S.Pと、かなりギリギリの略称が付けられたそれは、しっかりと名のある会場を抑えてのイベントとなった。
「兄者殿。確か儂らの仕事は特にないという話じゃなかったかの?」
「うちの愚妹が迷惑をかけて申し訳ない」
そんな一大イベントを見に来た俺達は、簡素なテーブル席に並んで座っている。
いわゆる受付席である。
一応のためマスクで顔を隠しつつ、入場する客にパンフを渡す程度の役割を請け負った。
理由は言うまでもなく身内の不手際だ。
「選りによって今日に寝坊とはのう」
「ここ最近、デカいやらかしがなかったからな……油断してたわ」
「一定数はやらかす宿命でもあるのかの」
「さっきマネージャーさんが部屋に入れたって言ってたし、開始にはギリギリ間に合うと思うけどな」
「セキュリティが良すぎて入れないとは珍しい事態じゃな」
「今頃二人がかりでうちのバカ姫の準備を手伝ってる事だろうよ」
久しぶりの寝坊だが、その理由に同情の余地がないわけでもない。
普段の生活からして愚妹の体内時計は狂っているため、早朝の活動はどうしても苦手になっている。
その上、昨日はプールにリハとかなり忙しない日となった。
早めに部屋へ押し込んで寝かせたが、まぁこうなるか。
「朝から話題が尽きんのう」
「本当にすまん。今考えれば昨日も、プールで遊ぶために早起きしてたからな」
「よいわ。どうせ手持ち無沙汰じゃからのう」
「……実はこういう時に備えた予備人員扱いだったりしねぇよな」
「お主、ボスのことをなんだと思ってるんじゃ」
「超人」
「買い被りすぎじゃろう」
「P.Sとかいうバケモノ集団をまとめてる時点で人間を辞めてる」
「その論法だと儂もバケモノになるんじゃが」
「今知れてよかったな」
「世論じゃお主はそのバケモノ共の保護者じゃろうに」
いやいや全然部外者ですから。
今日だってイベントを見に、来たら馬鹿な身内のせいで人員の穴埋めしてる程度の関係性ですし。
やっぱこういうことを請け負うのが良くねぇのかな。
我ながら、困っている知り合いに手を差し伸べてしまう聖人性に振り回されている。
人が良すぎるな俺。
「──どうぞ、パンフレットです」
「──こちら入場特典になります」
「…………」
「…………ぷっ」
「何がそんなに面白いよ」
「いや、声違いすぎるじゃろ」
「そっちは口調まで別人じゃねぇか」
「そういえば兄者殿は声真似が得意だったのう」
「俺はお前が敬語を使えることに驚いてるよ」
「当然じゃろ。バイト経験も多いんじゃよ」
「おねじさんにはかなり早めに敬語を諦めてたけどな」
「仕方ないじゃろ、あの時はパニクってたんじゃ」
下手に慣れない話し方をすると失礼がありそうとかそんな所か。
おねじさんなら気にしないだろうけどな。
軽口を言い合いながらも、仕事はきっちりこなす。
人も増えて来たしな。
臨時で入ったが、これくらいの仕事量ならなんてことはないだろう。
愚妹も間に合うらしいし、これ以上のトラブルも起きないはず。
そう思っていた俺はさぞお笑いだったろう。
「倉元っ……」
「なんじゃ?どうしてこっちを向く」
「別に用はねぇよ」
「首だけ九十度に曲げてるのはただの不審者じゃぞ」
「仕方ねぇだろ、顔向けれる方向がこっちしかなかったんだよ」
「何があったんじゃ」
「人混みに知り合いがいた。てか会社の同僚だ」
「身バレできない相手じゃのう」
こっちはスタッフ用のTシャツにマスクをしている。髪型も会社の時とは違うし、バレないかもしれない。
しかし万が一がある。
「この装備で知り合いにバレると思うか?」
「分かるんじゃないかのう」
「マジかよ、どの辺が?」
「目付きが悪いの」
「え、どの辺が?」
「だから目付きじゃって」
「グラサンとか持ってねぇしな」
「スタッフがマスクとグラサンはもう怪しさしかないじゃろ」
確かに変装のしすぎはむしろ主張しているように見える。
私は有名人ですよと言っているようなもんだからな。
いや、俺は流石に有名人ではないけども。
「すまんが少しだけここ任せていいか」
「よいぞ。死活問題じゃからのう」
「悪い、すぐ戻る」
「さてどんな埋め合わせをしてもらおうかのう」
「ダーツでも負けてるしな。一回くらい願いを叶えてやるよ」
「格安の願望器じゃな」
昨日のはP.Sルールとか一切話さずにやってたけどな。
最初から吹っ掛けられてもあの戦力差なら負けていただろう。
ここはエリカに甘えることにして、一時的に身を隠す。
ほんと、なんで俺はこんなことをしてるんだか……。
かつて、案件はおろか他方からのコラボすら来ない危ないヤツら、プリズムシフト。
そんな彼ら彼女らが主催するリアルイベントがようやく始まる。
客席はほぼ満員。
会場のボルテージも申し分ない。
初陣、その掴みを請け負うのは、P.S内でも特に踊れるユニットでの楽曲。
サラッと八重咲が入っているあたり、改めてスペックの高さを感じる。
そして一期生によるマイクパフォーマンスの後、スミレさんの一言で祭りが始まった。
いやアンタが言うんかい。
ここからは各コーナーごとに出てくるライバーが変わるらしい。
「は〜い!二期生の春風桜だよ〜!みんなおはる〜!」
「同じく二期生、八重咲紅葉です!わたしは人間をやめるぞ、アリーナぁぁぁ!」
「やめんな!」
「人間じゃない夜斗さんに言われてもですね」
「そうだ〜みんな聞いて〜!アタシ今日ガチ寝坊した〜!」
「よく自分から言えますね!」
「それマジのやつだからな!」
「間に合ったしセーフってことで〜あ、マネちゃんにはちゃんとごめんなさいしたからね〜!」
「謝ればいいってもんじゃねぇぞ!」
「サクラちゃんにはその分活躍してもらいますよ!」
「おっけ〜!かかってこい〜!」
「今からやるのは協力性だけどな!」
3Dを活かしたジェスチャーゲームか。
正直、配信でするのとそんなには変わりはないと思うんだがな。
それでもファンはP.Sライバーがバカするところを見に来たのだから、それでいいんだろう。
さっきようやくスケジュール表を手に入れたが、ひたすら遊んでトークして歌うだけのイベントらしい。
ステージにいるのも結局はホログラム的な存在で、これがリアルかと言われればグレーな気もする。
よく分からんイベントだ。
俺は今日、それをモニター越しに裏側で眺めている。
「楽しそうにやってるのう」
「いつもと変わんねぇな」
「儂もVTuberのリアイベは初めて見るが、こんな感じなんじゃのう」
「これが見本になるのか怪しいけどな。ほとんど芸人だぞ」
「芸人でアイドルでスポーツ選手なのがVTuberという存在じゃ」
「曖昧だな」
「何にでもなれるという方が正しいじゃろうな」
自由であることこそVTuberか。
ほとんど海賊じゃねぇかそれ。
ただまぁ、それはさぞやる気の出ることだろう。
なりたいもの、なりたい自分になれるなんて夢物語を現実にしてしまうんだからな。
今ステージの上で暴れているアイツらも、やりたい事をやってここまで来た。
もちろん楽なことだけではなかったと思うが、根底にあるのは自分の欲望だろう。
ほんと、とんでもない職業だな。
「兄者先輩!」
「甘鳥、そろそろ出番か」
「そうッス!何かないッスか?」
「昨日言った以上のもんはねぇよ」
「後輩になんか一言下さいよ」
「お前は俺の後輩じゃねぇ」
「いつも通りのツッコミッスね!」
「おう。だからいつも通りやって来い」
「おっけぇッス!いってきまッス!」
大丈夫そうだな。
不安と緊張はゼロってわけじゃないみたいだが、それくらいがちょうどいい。
てか、叩いてかぶってジャンケンポンとかありかよ。
もうそれVTuberである必要なくない?
まぁ、面白いしいいか。
P.Sの大先輩にして鬼神のごとき圧を放つ姉御の頭を、甘鳥は容赦なくひっぱたいた。
あ、逃げた。
そりゃ逃げるか。
なんか同期に捕まって生贄にされてるけども。
「本当に楽しそうじゃのう」
「もしかしたらエリカもあそこにいたのかもしれないのか」
「有り得んのう。もしもいたとしたら、それは抜け殻みたいなもんじゃ」
「反骨精神のない蛇王エリカに価値はないか」
「中々の言い草じゃな。というか儂はそこまで敵対的かの?」
「バトルジャンキーだろ」
「喧嘩を売られてるのは儂のような気がするんじゃが」
いや貴方、再戦するまでどれだけ人を追いかけ回したか忘れてませんかね。
強敵と見るやその日会ったばかりの音無にまで決闘を申し込んでたし。
ゲーマーとか負けず嫌い以前に、どう考えても戦闘狂だろ。
「まぁ俺もそんなIFの話をされたら、絶対にないって答えるだろうけど」
「もしや、ボスに誘われたのかの?」
「昔にな。危うくVTuberにさせられそうになった」
「クキキ。なんじゃ、ボスは節穴じゃな」
「俺にVTuberは向かないって?」
「向いてないのう。スペックはともかく精神的に無理じゃろうな」
「拒絶反応でも起こしそうか?」
「お主、自分のこと嫌いじゃろ」
「ナルシストでないな」
「それなら無理じゃな」
断言か。
エリカの意見は恐らく俺を否定的に見ているもののはずだが、特に憤りを感じることはなかった。
むしろ納得感すらある。
P.Sに関わってから、やたらとデビューしろとか言われてたからな。
こういう意見を聞くのは新鮮だ。
「自分大好きじゃないと務まらないのか」
「ライバーのほとんどは自己顕示欲で生きているからのう」
「全部ではないんだな」
「中にはビジネスとして割り切ってるやつもいるんじゃ」
「いるのか」
「そういう例外は除くとしての。どれだけ人気が出る要素を持ってても、本人がそれを望んでない時点で向いてないんじゃよ」
「確かに、人気者になろうとか俺は思わねぇな」
「ライバーにセルフプロデュースが必要なのは、企業でも個人でも変わらんからのう」
セルフプロデュースでここまで成り上がった人の言葉は説得力が違うな。
思いだけでも力だけでもダメらしい。
エリカの意見は理解できる。
おねじさんがその最たる例だろう。
あの人の個性とゲーム適性は、間違いなく配信者としてもやっていけるほどものがある。
一方で、大会で優勝を目指すような性格ではなく、名前を売ることにも興味がない。
人生経験も豊富なおねじさんのことだ。
そういう選択肢があることも、どれだけプラスになるかも理解しているだろう。
その上で表立った活動をしないのは、やはりその性格に理由があるのかもしれない。
ステージでは愚妹と音無が、謎の即興曲を披露している。
せっかく名作曲家がついてるのに、愚妹の作詞で迷曲になってんぞ。
音無に土下座で謝れ。
「そういや結局どうなんだ?ボスとの勝負は」
「あぁ、始まる前にボスと話したのう」
「へぇ。結果は?」
「儂の負けじゃ」
「このイベントってそんなにいいできなのか」
「始まる前と言ったじゃろ。最初から結論は出てたんじゃよ」
「どういうことだ?」
「儂がVTuberの世界に入った時点で、ボスの一人勝ちじゃ」
「最初からってそういうことかよ」
「してやられたのう。手の上で踊らされた気分じゃ」
やっぱりあの人は超人の域にいるな。
ボスからすれば、蛇王エリカが活躍できればなんでも良かったということだ。
それこそ、P.Sを離れて個人として有名人になってたとしても、当初の願いは叶っている。
さらに言うなら、エリカの離脱がきっかけで夜斗という新たな天才にも出会っている。
改めて考えるとボスにとってプラスしかないな。
「儂は、ある程度の知名度を得るまではP.Sライバーとは関わらないようにしてたんじゃ」
「天Vで何度か会ってないか?」
「あの時点で登録者は50万人を超えていたからのう。頭打ちを感じ始めた時期でもあるが、区切りとしては丁度良かったんじゃ」
「あくまでも個人で売れたってことか」
「儂の下らんプライドみたいなもんじゃがの」
「んで、ボスからすれば、エリカが勝負を受けた時点ですでに勝ってたと」
「のう?腹立つじゃろ?」
「もしかしてさっきの考察は半分八つ当たりか?」
「否定はできないのう」
フェスという半日以上のスケジュールがあったはずのイベントはあっという間に過ぎていく。
各学年ごとに雑談をしているだけだというのに、会場は笑い、叫び、熱気を生む。
最後尾に用意された歌枠もさぞ盛り上がることだろう。
裏では三期生以外の面々がラストに向けた準備をしている。
「兄者〜セトリ見た〜?」
「見ても分かんねぇよ。お前らのオリ曲ばっかだろ」
「アタシの曲は分かるでしょ〜」
「いやマジで知らん」
「勉強不足だ〜!」
「誰がそんな無駄知識を脳に入れるかよ」
「なんだと〜!」
実際びっくりはするけどな。
ざっくりと見た感じ、持ち歌を複数持っているメンバーもいるようだ。
愚妹もその一人ってのはどういうことだろう。
名前すら知らないってことは新曲なのかも知れん。
まぁこいつのこと全然詳しくないから分からんが。
「兄者さん!よかった、まだスタッフ側にいましたね!」
「八重咲か。こっちの方が見やすいし、今からあの人混みの中に入るとか考えたくねぇよ」
「まだスタッフなんやったら、無茶振りしてもええやろ」
「いや姉御よ、俺は肩書きだけの見学者なんだが」
「ライブん後、アンコールでドラム頼みたいねん」
「そもそもバンドやんのかよお前ら」
「当たり前じゃないですか!」
「兄者〜姉御〜なっしー連れて来たよ〜」
「あ、あの……あ、あぅ……」
「ダメだな、キャパオーバーしてるわ」
こんな関係者の多い空間でよく今日一日もったな。
ライバー補正のおかげか。
まぁ音無が来た時点で概ね要件は分かったんだがな。
しかしボスよ、話が違うぜ。
俺は今日こそ何もせず傍観者になるんじゃなかったのか?
「要は音無も歌いたいってことだろ?」
「あ……あ、は……う、うん……」
「普通に出て好きに歌ってくるじゃダメなのかよ」
「今アンズがちゃんと歌えるんは世界に一曲しかないねん」
「あぁ、そういう」
「お、お、おに……お兄、さ、ん……」
「おい音無が喋ったぞ」
「ク〇ラが立った時並みの衝撃はありますね」
「あの……あ、と……おね、がい……おねがい、します……」
「はぁ……わかった。けど名前とか出すなよ」
「おっけ〜!パイセンにも言ってくる〜!」
騒がしい馬鹿はすぐにどこかへ走っていった。
あの音無がここまで気合いを見せたわけだし、その気概には報いたくもなる。
それに朝っぱらから愚妹が多方面に迷惑をかけたからな。
最低限の穴埋めはしたが、プラマイゼロで終わるというのは謝礼としてどうだろうか。
「そういうところが、保護者枠なんじゃないかのう?」
「友人だよ」
「やっぱりお主、結構チョロいかものう」
「音無が集団の中で喋るのがどれだけレアか分かってねぇだろ」
「それは本当に知らんがの」
「……一応、肩書きだけでもスタッフだからな」
「お人好しじゃな」
ステージでは三期生のユニット曲が始まり、二期生が次の出番を待っている。
それぞれの個人曲が終わったタイミングでバンドメンバーに引き継がれるため、俺にはリハをするような時間はない。
楽譜と録音を頼りに、最低限の確認を済ませる。
過去にアホほど練習していたからな、思い出すのはそう難しくない。
瞬く間に一期生へとバトンは渡り、リアルイベントのライブはプリズムシフトのテーマ曲で締めくくられた。
溢れんばかりの拍手と声援は、アンコールへと変わり、暗転したステージに再び光が灯る。
センターを飾る愚妹と音無。
俺たちしか知らないはずの歌が、初めて観客を得る。
リハでどうだったかは分からないが、少なくとも俺を含めて合わせるのは数ヶ月ぶりだ。
ほとんどぶっつけ本番だな。
問題ないか。
それは、いつも通りのことだ。
後日になって分かったことだが、前に音無が家を訪ねたのは例のアンコール曲を依頼するためだった。
あのエリカの襲来がなければもしかしたら練習期間が取れたかもしれない。
少し恨むぞ。
まぁ本番も大きなミスはしなかったし、愚妹と音無の歌唱力でゴリ押したからな。
観客のリアクションからしても成功だろう。
ファンの間では、アンコールのドラムは兄者だの、新曲の情報が全くないだのと、イベント終了後も話題は尽きていない。
そのうち何かしら対応をした方がいい案件でもあるが、優先すべきことは他にある。
「起きろ愚妹、もう七時だ」
「なぁぁぁ〜!目が〜!」
「二度と遅刻しねぇように生活リズム直さすって言ったろ」
「眠い〜!寝かせろ兄者〜!」
「うるせぇさっさと起きて洗濯手伝え」
「い〜や〜だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




