#DOESUHNOTE
我が同期の倉元がデスクに戻って来たのは十四時頃だった。
「えらく長い昼休みだったな」
「サボる時にPCを持って行くとなー、会議に出たと錯覚させれるんだぜー?」
「カスのライフハックどうも。んで、どこ行ってたんだよ」
「行方不明になった社内携帯を探し回ってたよ! 誰だよ持ち出したアホはー!」
何を考えているか分からない奴ってのは、どこにも必ず一定数存在する。
そういう奴がいても大丈夫なように、ルールを設けて秩序を保つのが会社には必要だ。
その結果、ギャグみたいな社内規約が広報に載ったりするんだよな。
つかったものはもとのばしょにもどしましょう、って幼稚園の張り紙だろ。
「あーもーさっさと終わらせて姫のアーカイブ見てぇよー」
「昼休みに見てたんじゃねぇのかよ」
「動画が何時間あると思ってんだよー」
「知らんがな。……そういや、蛇王エリカってVTuberいるよな?」
「ん? いるけど、どうしたー?」
「あれってP.Sの関係者なのか?」
「いや全然、個人勢だぜー。あ、夜斗とは仲良いなー。デビュー前から知り合いみたいな感じだったはず」
「へぇ」
こいつが言うなら、表向きP.Sとの関係は無いのだろう。
夜斗の0期生って発言の意味がますます分からなくなった。
まぁ普通に聞けば答えそうなもんだが。
「……なんだよ、そのニヤついた顔」
「ついにお前も他のVを見るようになったのかーってなー」
「ホームのおすすめ動画に名前があったんよ。ゲーム関係だろうな」
「でも気になったんだろー?」
「世間話のネタに名前を出しただけだ」
「素直じゃねーなー」
「話振ってんだから、うんちくの一つでも聞いてやるぞ」
「うんちくねー……あ、そういやP.Sにって程じゃねぇけど関係あった」
「ってーと?」
「エリカ様も、姫とか吹雪菫とかと同じ絵師さんが描いてるわー」
「油取り神、だったか」
「そーそー」
言われてみれば似ていた、か?
共通点といや、エリカの方は知らんが、油取り神が担当したメンバーは全員初期衣装が和風だな。
もしかしてあの人の趣味か。
だとしても、服装とかって演者側のオーダーに沿うのが普通だよな。
勝手に原案出してそのままキャラ化したのか。
もしくは和服キャラしか描かねぇってこだわりとか。
ないな。
愚妹もスミレさんも、二着目以降は全然和服じゃねぇし、そもそも『兄者』は最初から普通のTシャツだ。
まぁ、あの人も大概よく分からん奴だからな。
常人には理解できない何かがあるのかもしれん。
「今日も帰りはゲーセン寄るのかー?」
「いや、別で用事がある」
「お忙しいねー」
「これからわざわざB倉庫まで向かうお前程じゃねぇよ」
「え? ……なんで地下から目撃情報が出てくんだよー!」
なんでだろうな。絶対電波繋がんねぇのに。
なぜ週に二回もP.S事務所に行かねばならんのか。
しかも一応平日だぞ。
あの愚妹、迎えついでにスミレさんも送れとか勝手なメッセージ寄越しやがって。
普通に遠回りだし単純に遠いっての。
と、そんな悪態をついていたのがもう懐かしい。
「なんや部外者が入って来とるやんなぁ?」
「儂が古巣に顔を出すのがそんなに嫌かのう」
「どの面下げて帰って来てんねんいう話やろ」
「帰る気なんぞ無いわ」
「なら喧嘩でも売りに来たんか?」
「買うにはお主じゃ格が足らんぞ」
え、怖い。
なんで姉御とエリカがバチバチに睨み合ってんの?
身長差のせいでナメック星編の扉絵みたいになってるよ?
この場合エリカの方が強いのか。そして親友(夜斗)を殺されて姉御が覚醒するんだな。
そこまでの夜斗に向ける情があるだろうか。いやない。
などと現実逃避もしたくなる。
てか俺を呼び付けた張本人の愚妹はどこ行きやがった。
もう置いて帰っていいかしら。
視線を移すと、スミレさんが苦笑しながらも諦観したように二人を眺めている。
まぁ止めれる気はしないよな。
「あの二人、仲悪いのかよ」
「本当はそんなに悪いって訳じゃないと思うんだけど、前に色々あったから」
「前……そういや今、エリカが古巣とか言ってなかったか?」
「うん。エリちゃんは元々ね、P.Sの初期メンバーなんだよ」
「あー0期生ってそういう。じゃあ最初は4人だったのか」
「ううん。エリちゃんは、P.Sライバーとしてはデビューしてないから」
「あーうん?」
よく分からなくなったぞ。
デビューしてない初期メンバーって何?
思い出してみればP.Sライバーに卒業生はおらず、ヘビーリスナーの倉元ですらP.Sと蛇王エリカの関係性を知らない。
裏方かとも思ったが、だったら0期生なんて呼ばねぇよな。
混乱し始めた俺を見かねたのか、あるいは天性の世話焼きからか、姉御がため息混じりに語り出した。
「エリカは、デビュー前にP.Sを出てった。それも、ガワも名前も持ったまんまな」
「中々にアナーキーな事してんな」
「悪者みたいに言うでないわ。ボスには許可を貰ったじゃろ」
「やってることは泥棒と変わらんやん」
「代役も立てて、跡を濁さず去ったつもりなんじゃがの」
「感情論なんは分かっとる。やから腹立つんやろ」
「モモ。気持ちは分かるが、私は何とも思ってないよ」
「やけどなボス……」
ヒールを鳴らしながら現れたのは、P.S事務所の社長、通称ボスだった。
やべぇ、VTuber関係者で怖い女の上位三人が揃っちまった。
大丈夫? こっから殴り合い観戦とか始めたりしないよね?
ちなみに俺の知ってる中での話で、実はもっと怖い人がいる可能性は大いにある。
いやP.S関係者より怖い人って、それ人か?
「久しいのう、ボス」
「やあ、元気そうで何よりだよエリカ」
「姉御の言うような事件の割には、この二人は穏やかだな」
「ちゃんと話し合って、合意したみたいだからね」
「そうか。ところで俺は帰っていいの?」
「ダメに決まってるじゃろ」
「なんでエリカに止められるんだよ」
「儂の用があるのは主じゃからのう」
「もしかしてだけど愚妹のメッセージは?」
「有識者の意見を参考にしたんじゃ。兄者殿は騙して呼ぶもんなんじゃろ?」
「よし、愚妹と八重咲はあとでノートに名前を書いといてやる」
「兄者くん、そのノート、心臓麻痺とか起こさないよね?」
「やっぱりデスノートじゃったか」
八重咲式の教育を受けているスミレさんは予想していたが、エリカにも伝わるんだな。
まぁ今回に関しては、エリカが全ての元凶だし、愚妹の落ち度はそこまでない。
わざわざ人を使ってまで呼びつけた理由。
俺に用があるってことは十中八九、大会の話だろう。
しかし、それ以上に引っかかる部分がある。
「それはそうと、一つ気になってたんだが」
「あ、私も……」
「兄者殿にスミレもかい。二人して、なんじゃ?」
「エリカって素でその喋り方なのか?」
「…………」
あれ? 時止まった?
もしかしてこれ触れちゃダメなラインか?
どこにでも爆弾が埋まってる地雷系女子グループと言って差し支えないP.Sだし、全然踏み抜いた可能性がある。
そう思い周囲を見渡すが、ほぼ全員目が点だった。
スミレさんならいざ知らず、姉御までポッカーンと鳴りそうなくらい唖然とした表情をしている。
ボスは、顔逸らしてるけどあれ多分笑ってるだろ。
「そういえば、確かにエリちゃんの話し方って特徴的だよね」
「言われるまで気にしとらんかったけど、配信外でこの話し方てだいぶヤバいな」
「ゴリゴリ関西弁の主に言われたくないんじゃが」
いや方言の領域じゃねぇだろ。
語尾のじゃだぞ。
地雷でないなら在籍中にいじり倒した話と思ってたのに、今気付いたみたいな反応するのはおかしくないか。
姉御はツッコめよ。
あんたからツッコミ抜いたら、圧と暴言と人を強制的に妹にする異常思想しか残んねぇぞ。
残りものだけで十分やべぇ奴だった。
こんな化け物がツッコミに回ってるって何事?
「何年越しに……指摘されて……ぷっ……」
「おたくの社長さん、なんかウケてるぞ」
「あの人のツボ、結構あっさいねん。しょーもない事で笑うタイプや」
「意外だな」
「それはともかくや、どうなん? エリカ」
「……方言みたいなもんじゃ。子どもの頃からのクセで、直るものでもないんじゃよ」
「まぁキャラ作りじゃないなら別にいいが」
いいけど、方言とか敬語が抜けないってのは分かるが、のじゃが取れないってなんだ。
ガキの頃からのクセってそんな不治の病判定なの?
多額の請求をしてくる黒い闇医者でも無理そう?
「プライベートまでキャラ作りするやつ、いないじゃろ」
「これ一応プライベートなのか?」
「お主はそういうていの方が助かるんじゃろう?」
「……なんか、よく調べてんな」
「あのガキの情報が当てにならんかったからのう」
「夜斗か。まぁ愚妹と波長が合うくらいにはアホだしなあいつ」
俺はVTuberじゃないし、P.S社員でもない。
配信に出る、P.Sライバーと関わることは、俺にとって仕事になって欲しくない。
だから配信に混ざることやボスからの依頼を受けるのは、あくまでも俺が個人的にプライベートでやっていることにしている。
便宜上の対価として飯を奢ってもらうくらいはあるが、これは賄賂とかそういうものではなく、友人関係の延長として扱っている。
助けて貰ったから君にジュースを買ってあげるなんて言ったり、友人に勧めたゲームソフトが永遠に借りられているなんてよくある話だろう。
まぁ、俺はそんな経験ないんだが。
そんな俺のやり方を知っているのはP.S関係者だけであり、配信者としてのルートから俺にコラボを打診してくるVTuberは基本的に断っている。
受けてしまったら完全にライバー活動と変わらんからな。
逆を言えば、配信者としてではないのなら、俺には一考の余地がある。
そしてこの、仕事として依頼はしない、という裏道のような正規ルートを蛇王エリカは知っている。
「で、わざわざプライベートを使ってまで会いに来た用件はなんだ」
「大会出場へのお誘いじゃ。無論、VTuberとしてじゃなく、兄者としての出場じゃ」
「桃ちゃん、何か違うの?」
「多分やけど、兄者が大会に出ん理由は自分がVTuberやないから言うとるんやろ」
「あぁ、油取り神さんをママって呼ばないのと同じだね」
「そんな話あったんか」
「まぁそういう事なんだが、天下一V闘会ってタイトルなんだろそれ」
「募集要項なんぞ変更すればいいだけじゃ」
「すげぇナチュラルにかなり無茶苦茶なこと言ってるぞ」
大会ルールを独断で変えるってどうなんだよ。
しかも完全に個人的都合な上に、ほぼ一人を狙い撃ちするための処置って。
運営に関わってる奴ら全員が振り回されるし、最悪炎上も視野に入ってくるだろ。
エリカ自身も運営側とはいえ、かなりイカれた思想を持ってそうだ。
なるほど、ボスが声をかけるわけだ。
「可能なことしか言ってるつもりはないがのう」
「どんだけ強い権限持ってんだよこの人」
「天Vの創設者やしな」
「そりゃ強いわ」
「実際に作ったのは他のメンバーじゃが、言い出しっぺは儂じゃな」
「兄者くん、大会は出るの?」
「それに関してはちょっと考えさせてもらうが……そういやスミレさん」
「なに?」
「気になる事って結局なんだったんだ?」
エリカの口調に関する疑問が被ったと思っていたが、スミレさんの反応的に違うようだった。
なんなら数年前から口調に関しては全く気にしていなかったらしい。
天然ってか、この人も実はかなりアホ寄りなのではないかと疑ってしまう。
もう何度目だろう。
「それなんだけどね、兄者くん」
「え、俺?」
「いつの間にエリちゃんと仲良くなったのかな?」
「誰かースミレさんがどっかに落としたハイライト探して来てくれー」
「もう兄者くんがさん付けしてるのって私くらいじゃない?」
「スミレが人に詰めてるシーンとか初めて見たのう」
「かなりのレアケースやな」
「つか前にも似た詰め方された記憶があるんだが、なにこれデジャブ?」
「前って言えば、桃ちゃんとかアンちゃんの時も、私より仲良くなるの早かったよね?」
「人見知りのあんたが言うのかよ」
「アンちゃんもあんまり変わらないと思うんだけど?」
「だからなんで急にレスバの戦闘力上がんだよ」
「のうモモ。なんであの二人急にイチャつき出したんじゃ?」
「スミレ、友達の、しかも異性との距離感測るのヘタやからな」
「あれ友人関係のつもりなのかの。配信でやったら一発炎上じゃろ」
「リスナーはむしろ焚き付けてる方が多いらしいわ」
「大手企業は守られてるみたいで羨ましいのう」
いや、それ多分企業とか個人関係なく、この人とこの人のファンがおかしいだけです。
てか、さん付けしてるのまだ気にしてんのかよ。
まぁ言われてみれば友人関係でさん付けする相手の方が珍しい気もする。
けどそれはもう敬称を付ける気も起きないような相手ばっかだから仕方なくないか。
愚妹は抜くとして、重度のオタクに厨二ゲーマー、自称後輩サイコパスには無理だろ。
姉御とエリカは初対面が喧嘩腰だったものもあって、今更そういう呼び方をするのは違和感がある。
音無は、今思うと妹と同じ扱いしかしてねぇな。
まずい、このままだと俺も姉御と同じタイプのスタンド使いって事になってしまう。
嫌だ、そんな勝手に妹認定する常時発動型の変人になんてなりたくない。
俺は全然常識的な人間だ。
ただちょっと知り合いの多くがイカれてるだけだ。
類は友を呼ぶ、とか言った奴は顔と名前を教えろ。
死因まで選ばせてやるよ。老衰以外でな!
新技めんどくさい女ムーブを身につけたスミレさんをどうにかいなし、エリカとの件も持ち帰りにすることでひとまず解散まで漕ぎ着けた。
帰ろうとも思っだが、俺をここに呼びつけた形式上の張本人がいない。
「ボス、愚妹は結局どこだ?」
「ああ、見て行くかい? そろそろ終わる頃だろうし」
そう言われて案内されたエレベーター。
二人を乗せた箱は、ゆっくりと下降していく。
初めて足を踏み入れる地下一階は、駐車場と倉庫しかなかった。
まさか俺、ここで消される?
そんな事を思いながらボスの後を追うと、ある一室の扉を開けた。
「サインがひゃくいちま〜い、サインがひゃくにま〜い……」
「目標をセンターに入れてサイン……目標をセンターに入れてサイン……」
そこには、死んだ目でCDにサインし続ける紅桜コンビの姿があった。
てか八重咲もいたのかよ。
「え、なにこれ拷問?」
「二人が締切を放棄したから急いで書いて貰ってるだけだよ。この後そのまま郵送するんだから」
「企業Vって、大変だな」
「二ヶ月も放置されるとは思ってなかったよ。これからはそういうことが無いことを祈りたいものだね」
「いや、俺マネージャーじゃないんで」




