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手に手を重ねて 21

ウマじいおすすめの店があるということだったので、そのゆっくりとした足取りの後を2人してついて行く。

「ここから歩いて10分くらいだ。その店はなぁ、餡子が格別に美味いんだよ」

「餡子かぁ…。わざわざ甘いもんを店で食べることってないのぅ……あ、こないだアイスクリーム食べたか」

10分ほどかかるという目的地への道すがら、2人はウマじいのいつもの自慢話を聞いていた。

アオはそれを耳に入れながら歩き、考える。

いつも自分は考え事ばかりをしているな、と。

カクゲンは……こいつは考え事とかせんのんかのぅ。

あの日以来ワシはこいつに嫌われとるのに…よくワシと一緒に行動ができるのぅ。

巻き添えにしてしもうた……あの金は、やっぱりカクゲンのものじゃ。

定数が2人って決めつけとるのは、ワシだけなんじゃ。

排気したつもりでおるんも、ワシだけなんじゃ。

左を歩くカクゲンの横顔を見てみた。

半歩先のウマじいを時折見つつ、頷きながら話を聞いている。

こいつはほんまに悩んだりせんのんかのぅ……?

カクゲンは何も喋らないから、分からない。

しかし考え事をしない、悩みのない人間なんていないだろうと思う。

同じところを旋回している自分は、弱弱しく見えないか。

陶酔しているだろう自分は、気詰まりではないか。

時折そんな自分の悩みなど、どんな下らないことよりも下らない気がすることがある。

ぼんやりと、前髪で大部分が隠れた横顔を見つめるアオの目の前で、カクゲンがふと左側に顔を向けた。

一度正面に正したが、またすぐに左に首を回し、……一歩、二歩と足を止める。

ウマじいは喋りながらゆっくりと進んでいる。

アオも何歩が進んだが、立ち止まったカクゲンに、自分も歩みを止めた。

「…ん?」

「………」

「何じゃ?どうした?」

カクゲンの視線の方向を見ようとすると、しかしそれを制するようにカクゲンはアオの袖をくいっと引っ張り、歩き出した。

「何じゃ?何かエエもんでも落ちとったんか?」

アオは不思議に思い、もう一度カクゲンの視線があった先を見遣る。

そこで、ほんの少し先を歩いていたウマじいも足を止め、カクゲンが見ていた方向にじっと視線を送った。

「………」

「何じゃ、2人して」

引っ張るカクゲンに抵抗するように、アオは興味を引かれる、何か変わったものはないかと辺りを探してみる。

そこは、通りに面した大きなパチンコ屋だった。

その店の前、入口のドアの前にメガネとカミじいの姿が見えた。

「…ん?メガネとカミじいじゃ」

メガネがカミじいに何かを手渡した。

目の良いアオは、それが何かすぐに分かった。

……お金。

お札。

「………」

2人はこちらに気付く様子はなく、自動ドアを潜って中に入り、入口にほど近い台に並んで座った。

曇りの混じった大きなガラスから、2人の頭だけが見えている。

「………」

あの街を出て2年。

あの公園の住人になって1年。

いろんなことを覚えたし、聞くだけではなく、見ることもしてきた。

パチンコ屋がどういう場所なのか、十分に知っている。

そして、メガネがカミじいに渡していたあのお金のことも、十分に知っていた。

「ホホッ!」

「………」

「………」

一言笑ったウマじいと、何故か気まずそうにしているカクゲン。

先ほど目にした一連は、アオにとって相当威力のある光景であった。

同時に、身の縮まるような光景でもあった。

「……こりゃあくまで憶測だけどよ」

「「………」」

「俺の予想を聞かせてやろう。まぁよく聞け。あのメガネの野郎のことさ。オメェらが貸した金、ありゃ本当に借金の返済に使われたんだろうよ。恐らくあの金で、1回借金も返した。ただなぁ、利息分しか返さなかったんだよ、あいつは。オメェらから借りた金、全部払っちまえば元金も返せただろうに、それをしなかった」

「「………」」

「どういうことかっつーとな、毎回毎回利息をこんなに取られちゃ話になんねーって思ったわけさ。この金を大きくして一括で全部返さなきゃ、あのメガネの野郎はそう考えたのさ。取り合えず利息を返して、オメェらから奪った、利息を差っ引いたあの金で賭をした。それが何とな、好転したんだよ。賭に勝っちまった。そこであいつぁ見ちゃいけねぇ夢を見る。ひょっとしたらコレ、次も勝てんじゃねぇか?ってな」

「「………」」

「あいつの夢はな、借金を全部返したその先にまで目が行っちまう。オメェらから奪った金で夢を見たんだよ。だがな、呑まれちまったんだ。あった勝ち分を呑まれちまった。ここで止めるかっていうと、そんな選択肢はねぇ。あいつの夢はその先にあるんだからよ。次から次へ勝ち分を呑まれ、母体だったオメェらから借りた分も呑み込まれ、返さなきゃいけねぇ金もつぎ込み、またオメェらから奪った。次々に呑まれて行く最中、あいつの夢は終わらねぇ。それで売却しちまったんだよ。あいつが売却したのは、テメェのトモダチ、オメェらだよ」

「「………」」

この光景に当て嵌める言葉が思い付かない。

アオはただ黙ったまま、あくまで憶測だと言うウマじいの話を聞いている。

「ホホホッ!まぁ大袈裟に言い過ぎちまったかな。こんなこたぁよくあることさ」

「「………」」

先に進むウマじいの後を、とぼとぼとついて行く。

続くウマじいの話も、もう耳には入って来ない。

カクゲンの横顔も見ることはない。

……一体どこからが嘘なんじゃ?

最近のワシらはめちゃめちゃ嘘が下手じゃ。

元々、人の言うた嘘を見分けるほどの嗅覚なんざ持っとらんし……

……ウマじいの言うた通りなんか?

メガネ……

カミじい……

お前らは知らんじゃろうが、あの金は汚い金なんで?

余裕で血がついとるような、そんな金なんで……?

アンタは……ワシが知っとるカミじいは、一体何だったんじゃ。

それとも、こんなこと1回くらいでどうこう言うちゃぁいけんのんか?

ワシが寝惚けとるんか?

1年も寝惚けとる、ワシが悪いんか……?


この後、アオは久し振りにぜんざいを食べた。

ぜんざいくらいはあの場所でも食べたことがあった。

ウマじいおすすめの店には、他に見たこともないようなメニューがたくさんあったのに、アオは久し振りにぜんざいが食べたくて、敢えてぜんざいを注文し、それを食べた。

アオは今の自分を紛わすために、妙に明るく振る舞っている。

「じいちゃん、ワシは将来、体を使った仕事をしようかのぅ。体力だけは自信があるんじゃ」

「お前くらい体がしっかりしてりゃ、何だってできるさ」

「そうかのぅ?へへッ!」

ウマじいはいつもと変わらない。

店を出た後、ウマじいに誘われて3人で映画を見た。

2人で800円の出費だった。

足りない分はウマじいが出してくれた。

映画の内容は、……あまり覚えていない。

せっかく初めて映画館に行って映画を見たのに、内容を覚えずに帰り道を歩いている。


……村時雨に襲われた

そんな風に考えようか。

パチンコ屋での光景が頭から離れない。

考えたいのに先に進まない思考を、早くどうにかしてしまわなければ。

消化不良を起こしすぎて一つも下りて行かない、目の細かいこの感情を……。


3人が公園に着く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

ウマじいが、昼と同じく空いていたコンクリートのベンチへ腰を下ろす。

「どうだ?映画面白かったか?」

先にカクゲンがこくっと頷いた。

「お、おう。面白かった」

自分でもカラカラの返事だと思った。

「……そうか。なら良かった」

アオは早く1人になりたかった。

嫌なことがあると、それを清算する1人の時間が必要になる。

ウマじいが帰って、カクゲンが寝ついて、……早く1人でいろいろと考えたい。

無筆とまではいかんが、ワシにだっていろいろとあるんじゃ…。

しかしそんなアオの考えを余所に、ウマじいが口を開く。

「で?……俺の分の布団もあるんだよな?」

「……んん?エ!?」

そういえば、今日は泊まるとか何とか言っていたような……。

「ふ…布団なんか、そんなもんないで」

「そうか」

「うん。ウマじい、風邪引いたらいけんけぇ今日は帰りんさい」

「いや、帰らん」

「ええ…!?マジで泊まるんか!?」

「おう。長生きしてぇからな」

「……ながいき……」

空転するように自愛が先走るのか、明らかに嫌な顔をしたであろう自分の表情を思い浮かべても、

何でよりによって今日なんじゃ!?

そう思ってしまう。

ウマじいはそんなアオの顔を気にも留めない、そんな感じに見えた。

が、

「……おい、デカ」

「……はい」

「昼間のこと、悩んでんのか?」

「………」

それについては、カクゲンにはあまり聞かれたくない。

今ワシは、こいつが喋らんのをエエことに、意見されんことを分かった上で、そんなことを考えとる。

「デカ、オメェ、さっき体使って将来金稼ぐって言ってたじゃねぇか。金はまた稼げばいいんじゃねぇか?」

「……いや、でも……何ちゅーたらエエんじゃろ……金というか、それよりも、ウマじいが言うたように……裏切られてしもうたんじゃのぅ思うて……じゃけぇ……」

「まぁ、さっきも言ったけどよ、こんなことはよくあることだぜ?当たり前のようによ。なぁ、デカ、マル」

「「………」」

「オメェらはこの世でよ、金で買えないものって何か知ってるか?」

これまでの経験上、アオは『心』だと思った。

「……知らん」

「マルはどうだ?」

「………」

『心』と答えるのが正解で、正解したら褒められたかな。

そんなことも考えてみる。

答えないつまらない自分たちに向かって、ウマじいは淡々と答えを言った。

「答えはな、『正しいこと』なんだよ」

「正しいこと?」

「ああ、そうだよ。オメェの今回のその悔しさは一体いくらなんだ?貸した金が全部返ってきて、それで気が晴れるか?人がな、正しいと思って信じて止まないものを、自尊心っていうんだよ。そしてその自尊心や意地はな、金じゃ買えねぇ」

「……自尊心?」

「そうだよ。ま、プライドとも言うなぁ」

プライド…

「100万円やるから、あそこに落ちてる犬の糞を食ってみろ。そんな話をしてんじゃねぇ。人はな、自尊心を傷付けられたときに、取り合えず金勘定の手を止めちまうんだよ」

「……自分の……自分が思う正義とか……そういうことか?」

「正義?馬鹿言ってんじゃねぇ。この世にそんなモンあんのか?」

……ないのか?

アオが思うに、大衆受けはしないであろうウマじいの持論に引き込まれる。

先ほどメガネとカミじいを見つけたとき、カクゲンのリアクションに決まりが悪い思いをした。

それを思い出した。

ウマじいは伸びをしながらベンチの背に凭れかかり、

「……見返すしかねぇなぁ」

見返す?

どうやって?

「どうやってやるかってーのは、自分で考えるしかねぇな。もうあいつらと関わんねぇってのも、一つの手なんじゃねぇか?」

「………」

その時、ウマじいがふと気付いたように顔を起こし、視線を変えた。

アオとカクゲンが立つ、その背後へと向けて。

「「……?」」

2人はその視線を追い掛けるように、振り返る。

その先にあるのは、2人のテント。

公衆便所からコンセントを引っ張り、電球をぶら下げている2人のテント。

誰もいない筈のそこに、灯りが点っていた。

ビニール製のその壁が、一カ所二カ所……時折内側からの衝撃で膨らんでいるのが見える。

「……ありゃぁオメェらのテントだろ?」

「え、おう……」

「誰かいるのか?」

「「………」」

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