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手に手を重ねて 9

帰りもタクシーで移動したが、何よりも驚いたのが今回の食事代。

4人で3万5千円。

……遠慮せんかったらいくらになったんじゃ……

メガネは公園まで3人を送り、1人だけタクシーに残った。

「今から寮に行くから」

「何や!?今日からか!?」

「おう。最後に挨拶に来たんや、今日は」

メガネは今日限りでこの公園を出て行く。

約1年、一緒に過ごした日々を思い出した。

「アオ!カク!俺のテントにあるものは自由に持って行ってくれよ」

「……ああ」

「まぁ、ちょいちょい遊びに来るからよ!」

メガネはそう言い残し、タクシーで去って行った。

残された3人は突っ立ったまま、その後ろ姿を見送っている。

「……――――」

「ん?」

上手く聞き取れなかったカミじいの声。

「……いや、……なぁ……」

カミじいはメガネが去って行った方向を見つめたまま、もう一度言った。

「公園を住処にしとる、目が片方ほとんど見えん奴を……」

「……ん?」

「いや……何でもないわ」

「………」

アオも口を閉じ、見えなくなったタクシーの姿を目で追う。

以前図書館で読んだ『ノアの方舟』を思い出した。

神が荒廃しきった地上を一掃するために大洪水を起こし、全てをゼロに戻した話。

神にとって正しい人であったノアとその家族、そして一種につき一組の動物の番たちだけが方舟に乗って生き残った、残酷な話だ。

……あいつは選ばれた番の片方なんか?

ワシらは今から大洪水に襲われるんか……?


2人は無言のまま、カミじいと別れ、テントに戻った。

入口を捲ると、アオは真っ先に空き缶の元へと走る。

……21、22、23……

枚数に変わりはない。

「……洪水に備えるべきなんかの?」

「………」

カクゲンに言ったつもりだが、勿論返事はない。

「金は大事じゃな…。いざとなりゃ空へも行けるんじゃけぇ」

「………」

鼻で大きく吸い込んだ空気は、便所の臭いが大きく割合を占める。

もう慣れた。

それはこのニオイのことじゃ……。

体に良いことは全て試してみたいが、金が掛かる。

今日の栄養も自分で金を出していないだけであって、大金が掛かっている。

顔を上げると、シートの隙間からメガネのテントが見えた。

あいつはここを脱出した。

働く前から10万円を手にできるメガネは、自分たちを誘わなかった。

カミじいは文句を言っていた。

ワシは……よう分からんよ。

しばらく晴れてほしいのぅ……ワシはこんなことしか考えられん。

ぎゅっと握る30枚のお金。

「………」

更に力が入った。



4月19日 晴れ 15時


犬が欠伸をしよる。

その欠伸はワシに移る。

退屈なんかしとる場合じゃないんじゃ。

行状はというと、人に迷惑を掛けんのが板についたかのぅ。

凶刃とは行かん。

咲かせるでもない。

振鈴がなくても目が覚める。

微動だにせんでも夜には寝る。

ワシらは贅沢を言うとるんかのぅ。

お前に比べりゃ、これでもマシなんか?

また新柳を拝めたらええのぅ…。

そんな風に考えとるんじゃ。


アオはあの日から毎日空き缶のチェックを怠らない。

増えもしなければ減りもしない金。

飽きるほど見たいのではなく、不安だから毎日凝視し続けている。

「……カクゲン」

「………」

無言の返事にはもう慣れてしまった。

「明日は何をするかのぅ。不燃ゴミの日じゃないしのぅ。大型は3日後じゃ」

「………」

「何かエエ案はないかの?」

「………」

会話ではない話も、2年もすれば慣れてしまう。

「「………」」

お互いに沈黙を始めたところで、テントの入口が音を立てて開いた。

顔を覗かせたのはリーダーの尾崎。

「おい、お前ら」

「……はい」

「マズイことになったで」

「………」

「この公園が無くなってしまうんや」

公園が無くなる……?

「何でじゃ?」

「国がな、ここにマンションを建てるらしい」

「………」

辛うじて人が暮らすこの地に、人が住む物が建つ。

勿論その枠に、自分たちは入っていない。

異形の場が真面目へと姿を変える。

普通のことだが、自分たちは……普通ではない。

「……で?ワシらはどうなるんじゃ?」

「………」

尾崎は2人の前にドカッと腰を下ろした。

「出て行かな……出て行かなしゃあないかもな……」

「「………」」

「まぁ、みんな流れ者でな、流れて流れてここへ来たモンばっかりや。こんなことは慣れてるんやけど……」

流れ者……ワシらは……ワシらとは違う。

「お前ら2人は当てとかないんか?」

「……ないわい、そんなもん」

「「「………」」」

泥縄に事を運んできた自分たち。

また人より鈍い感覚が寝所を奪ってしまう。

「……抗議しようや!」

「どこへ?」

「分からん!」

尾崎は2人に国・県・市の関係について説明を始めたが、こちらの耳にはあまり入っては来なかった。

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