手に手を重ねて 8
足取りの重い2人を車が追い越して行く。
あの鉄の塊を見て、そして手元を見て……その差の大きさに、深さに、溜息が出た。
車などは自分たちには縁遠いもの。
車を買うには金が要る。
車が欲しいなら免許が要る。
免許を取るにも金が要る。
生まれが違えば、恐らく当然のように手に出来ていたもの。
生まれが違えば、恐らくそんなことすら気付かなかったこと。
二輪車を引く2人を、これ見よがしにまた車が追い抜いて行った。
テントに戻っても、アオは溜息を吐くことを止められない。
カクゲンの心境はよく分からない。
ワシに里心なんぞはないはずじゃが……何でこんなに落ち込んどる?
溜息の原因は、きっとお金のことだろう。
「………」
「………」
無言だらけの重い空気のその中へ、外から騒がしい声が聞こえてきた。
同時にバサッと音を立て、入口が捲られる。
「おい!アオ!カク!!」
大声を上げているのはメガネだ。
「……何じゃ、騒がしい」
すると今度は声を顰めて、メガネが話し出した。
「腹減ってないか?」
「……腹はいつでも減っとるよ」
「よっしゃ!今からメシ食いに行こう!俺が奢ったるから!」
「ハア?ハンバーガーか?」
それを聞き、鼻息の荒いメガネはいつものようにズイッと顔を近付けて、
「ちゃう!焼肉や!カミじいと4人で行こう!」
「焼肉!?」
「他の人に言うなよ!」
「「………」」
焼肉というものは看板の文字でしか知らない。
正直想像もつかない。
「用意せぇ!」
「用意って何よ!?」
「なるべくエエ服着て来いってことやんけ」
「……はあ……」
今までメガネが自分たちにご馳走してくれたことなどなかった。
奢りの喜びの前に、少し不安を覚える。
めかし込むほどの服など勿論持ってはいない。
2人は一応と、今着ている服を脱ぎ、違う服に着替えてテントの外に出た。
メガネとカミじいはすでに表で待っている。
声を出さずに手招きするメガネに無言で応え、4人一緒に公園を抜け出す。
道路まで出ると、メガネは何の躊躇いもなくタクシーを止め、それに乗り込んだ。
「………」
「………」
自分たちも戸惑っていたが、カミじいの顔も明らかに戸惑っている。
「……おい、アンタ、タクシーなんかに乗って平気なんか?ワシら、金ないで」
言いながら、アオはテントに隠してある拾った四角の缶を思い出す。
その中の、30枚のお札。
「おいおい、言うたやろ?奢りや!」
メガネが聞いたこともない行き先を告げ、車が走り出した。
「奢りや言うて、何でアンタに金があるんじゃ?」
それまで黙っていたカミじいも同意見のようで、
「そうや、ワシも金なんかないぞ。後で言われても何もないぞ」
その2人の言葉に、メガネは笑顔でズボンのポケットに手を突っ込み、何枚かのお札を取り出した。
「ほらぁ!見てみさらせ!」
「「………」」
アオはまたテントの四角い缶を思い出す。
「……お前、その金何じゃ」
缶の中のお札が明らかに減った様を思い浮かべてみる。
卑屈の極みはまず、どこにでもあるお金を自分のものではないかと疑った。
「実は!仕事が決まった!!」
「「……仕事?」」
アオとカミじいの声が見事に重なる。
「おう!そうや!住み込みでな!これは給料の前払い物や!」
「「………」」
就職などしたことがないので、よくは知らない。
メガネが就職先を決めてきた。
この話を聞き、今度疑ったのは自分のこと。
ワシも……ワシも就職ってのが出来るんかの……。
アオの思考の隣で、カミじいが口を開く。
「お前、前借りやろ?前払いなんて聞いたことないぞ」
カミじいの言葉にもピンと来ない。
世間のルールとはそうなのか。
するとメガネは、何をも意に介さない様子で、
「困ってる言うたらくれたよ。まぁ、就職の支度金やろ」
「「………」」
知らないとは罪だと思う。
2人の会話を聞き、何のことなのかも、何が正なのかも知らないアオ。
黙って様子を窺っていた。
15分ほど走ったタクシーを降りると、アオも見たことがある赤い看板の店の前だった。
いつも辺りに良い匂いを漂わせているこの店。
「10万円あるんや。食べてや!」
4人で入る店に、アオは少し緊張している。
店員に案内されてテーブルに着いたが、何をどうすれば良いのか分からず、周りを見渡してみた。
広い店内は、家族連れやカップルや女性のグループなどで結構賑わっている。
夕食。
知らない人との食事。
……海以来じゃのぅ。
「………」
「………」
どうやらメガネも勝手が分からない様子で、テーブルには4人のばつの悪い沈黙が流れた。
そこで手を挙げたのはカミじい。
「おい、メガネ。ほんまに注文してエエんやな?」
その声に、強張っていたメガネの表情が和らいだ。
「お、おう!エエよ!10万あるからな!」
元刑事のカミじい。
彼はやはりこういう場に慣れている。
「お前らは何が食べたい?」と聞かれたが、よく分からないのでカミじいに任せることにした。
カミじいの識見には、間違いがないのだろうから。
やがてテーブルの上に炭が置かれ、網が敷かれ、そしてそこへカミじいが次々と肉をのせて焼き始めた。
香ばしい良い匂い。
カミじいが銀色のハサミで肉を返すタイミングを見て、アオも真似をして引っ繰り返してみる。
メガネが就職までの経緯を話しているその間も、黙々と焼肉を食べ続けているアオとカクゲン。
肉をただ焼いて食べるだけなのに、この店のものはとんでもなく上等で美味しい気がした。
「お前、何の仕事するんや?」
「日によって変わるらしいで」
「……派遣か?」
「派遣?よう分からんけど、俺は会社員になるんや」
時折分厚い眼鏡を曇らせながら、メガネが喋る。
何回注文を繰り返しただろう。
アオはまだ入る胃袋を気にしながら、メガネに気を遣う。
「腹いっぱいじゃ!スマンのぅ!」
……帰ったら空き缶をチェックしなければ。
「エエよエエよ!これから毎月給料が入ってくるからなぁ!」
食事を終えると、最後にアイスクリームが出てきた。
それを食べていると、カミじいがふと気付いたように、
「メガネ……お前、住所はどうなるんや」
アオも手を止め、話に耳を傾ける。
「住所?…ああ、寮があるよ」
「……そうか」
何かしっくり来ないといったカミじいの表情は安易に見て取れた。
「アオ、カク!これから毎月メシを奢れるかもしれんぞ!」
「……ああ」
メガネの就職について何かあるのか?
カミじいに聞きたいことを噛み殺し、アオも一応相槌を打っておいた。




