こぼれおちるもの 25
人のいで立ちや流れは、なるべく遠退けとるよ。
相変わらず執着はしとるし、見たこともない夢を追いかけとるんじゃ、ワシらは。
選り好みだけはせんようにしとるよ。
好きじゃ嫌いじゃいうんは、聞く人の信念に関わるけぇのぅ。
その相手は、もしかしたら自分らよりも強く、豊潤な信念を持っとるかもしれんじゃろ?
お前には教えといてやるけぇ。
ワシらは、一度負けたらそこで終わりなんじゃ。
最後尾はまだまだ先にあるんじゃ。
のう?そうじゃろう?
12月22日 午前0時過ぎ
足元に大きな荷物を転がしたアオとカクゲンの前に、1台のバンが停まった。
「遅いわいや!1時間以上待ったで!」
ウイーンと運転席の窓が開き、そこから笑顔の男が会釈する。
「ヘヘッ!ど~も!暮れも近いと道が混んで、たまらんッスね~」
「嘘吐け!こがいな時間に道路が混むかッ!」
車からは3人の男が次々と降りて来た。
暗闇の中、声を潜めた男が開けっ放しの車内を指差してニゴッと笑う。
「こっちの袋はアメリカ製で、丈夫なんスけどね~。液体も外に漏れないし、丈夫な上に土にも還るんスよ~」
アオは車にも目を遣らず、
「あー、エエ、エエ!いらん!ワシらはそっちの方は専門外じゃ」
「じゃあ、こっちの洗剤はどうッスか~?おすすめッスよ~?蛋白質を一拭きで無駄なくキレイに落とす!業務用のこのボトルで6000円ッスけど~」
「…チッ!分かったわい。1本買うわい!」
「エヘヘ、ど~も!」
アオは男にお金を渡し、1本の大きなボトルを受け取った。
男はにこやかにお札をポケットに捻じ込むと、大きな目をぐるりと一回転させる。
「えーっとー、じゃあ今回はBコ~ス!海の方でよろしいッスね~?」
「おう。頼むわ」
「じゃあ、140頂戴しま~す」
アオはポケットから、今回持ってきた2つの束を取り出すと、その中から60枚を抜き取って男に手渡した。
3人の男たちはそれを適当に分け、それぞれが数え始める。
やがて確認を終えると、またぐるりと目玉を回した男がニゴッと笑った。
「じゃ、2時には船が出ますんで~。私ら急ぎますんで、この辺で~!」
「おう、よろしくの。…それとのぅ」
「ハイ?」
「お前ら、ワシらの顔は覚えんでエエぞ」
「ヘヘッ、まぁそう言わず、今後ともど~ぞ!お世話になりました~!」
3人はアオとカクゲンから大きな荷物を受け取ると、それを乱暴な仕草で車に積み込み、速やかにその場から去って行く。
やがてテールランプが見えなくなると、辺りにはまた音のない暗闇が戻ってきた。
傍から見ると、何の特徴もなく何の変哲もないただのバン。
それが何を運んでいるかなど、隣の人は想像もしないのだろう。
闇の中にも闇がある。
その闇が、また堂々と一般道を行脚しているというのだから、この世では迂闊に右往左往などできやしない。
自分たちですらあまり気分の良いものではないが、しかし同じ穴で蠢く者たちには違いないのだ。
アオの腕の先で、男から買い取った魔法の液体が、ボトルの中でちゃぷんと音を立てる。
「……それ、効くんだろうね?」
「さあのぅ」
車も人も通らない暗闇と静寂の中、2人は後ろのアパートにちらりと目を遣った。
常夜灯に照らされたそこには、何の変化もない。
……終わったで。
随分とイチガイだったじゃろう。
堪えてくれぇのぅ…。
冷たい空気をゆっくりと吸い込み、それから大きく息を吐いた。
懐かしい匂い。
あの頃は知らぬまま、飽くことなく吸い込んでいた匂い。
アオは左手を突っ込んでいたパンツのポケットから、ずっと指先に触れていたあたたかな、小さな欠片を取り出した。
「………」
それは、あの時貰った○ン○○。
ベージュだったそれは汚れで黒く変色し、腕も片方捥げてしまっている。
当時の面影をすっかり失くしてしまっているが、アオの中ではいつまでも鮮明なまま。
あの頃のまま。
それを一通り指で遊ぶと、今度はジャンパーの内ポケットから1冊の本を取り出す。
カクゲンがサングラスの向こうから、アオの左手をちらりと見遣った。
「……まだ持ってるの?」
「おう、持っとるよ。…ん?お前は?」
「……ん」
この10年。
体型も変わり、服も随分と変えてきたが、この○ン○○だけはずっと持っていた。
「……その本は?」
「おう、……借り物じゃ。……借りとるんじゃ」
それを聞き、何か思うところがあったのだろう。
カクゲンが体ごとアオの方へと向いた。
「……アオ」
「ん?」
「……人は、死ぬぞ」
「……ああ」
分かっている。
もうちゃんと、知っている。
これでも、いろんなことを学んできたんじゃけぇのぅ。
劣等感に苛まれると、他とは健全な付き合いができない。
雑駁な意見はこれからも変わらないし、空文は人には聞かせられない。
区画し、棲み分けて、その隙間で自分たちは穴倉を掘っている。
「あの車、ブッ潰してやりたいのぅ。あの赤いヤツ」
「……足がつくよ」
「タダシとおばちゃん、元気かのぅ」
「………」
―――― 寄って行くか?
思想の間に問うたが、それは声には出さない。
代わりにもう一度、聞いてみた。
「のう、カクゲン」
「………」
「おばちゃんは、サクラとタダシ、どっちに残ってほしかったんかのぅ?」
正面に立っていたカクゲンが、またアオの隣に並び、行く先に目を遣る。
「……そんなの……両方さ」
「……そうじゃの」
聳やかすように自分たちを誇示し、これからもやって行く。
下種な質問は、今のカクゲンが大人だから。
戸惑うほどに色抜けているのは、自分たちが悪だから。
普段忘れようとする、悪だから。
……知っとるよ。
ちゃんと、知っとる。
「ところでのぅ」
「……ん?」
「ワシ、お前より2歳年下なんじゃ」
「………」
「ワシ、今22歳。お前、24じゃろ?」
「……何でそんな嘘吐いてたの」
「さあのぅ」
「……そう」
環境や体調を嘆く健康優良児とは、ゆっくりと労るように自分の首を絞めつけるもの。
自分たちにそんな戯れは許されず、また世間がそんな自分たちに興味がないことも知っている。
風の中の紐は自分たちのものではなく、他の誰かのもの。
小から中へ、中から大へ、自動は受動、導きは結果。
それも、他の誰かのもの。
放棄した権利は随分と昔のことで、今はもうあまり記憶にはない。
これからも、あれを引き摺り、これと変わらず、そうやって生きていく ――――。




