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こぼれおちるもの 13

夜は去って行き、引き続きそこにはまた夜がある。

自分たちの時間が、またやってくる。

たくさんの人たちが眠って過ごす、この時間が。

蔓延(はびこ)るのが嵌り役で、点描であろうが妄想であろうが、自分たちは存在する。

天動説が暴かれたように自分たちの存在もまた、どこかで浅慮以外の何かを見るのかもしれない。――――



12月21日 午前2時頃


2人はタクシーで、とある場所へ移動していた。

ビルの間を抜け、ネオンの街を通り過ぎ、薄暗い通りのそのまた奥へ。

「メシ食うんだったら蕎麦なんか食うんじゃなかったよ。腹がパンパンだ」

「マルは……マルはどうした?」

「ああ、チケットは剥がしてあったからな、遅れて来るんじゃねぇの?」


あの大きな駅から、どれほど走っただろうか。

しばらくしてタクシーが停まったのは、街中でありながらとても薄暗く、寂れた場所。

バタンッ!

ドアが閉まり、タクシーはまた明るい喧騒の中へと戻って行く。


「寒ィなぁ…」

アオはいつものようにジャケットのポケットへ手を突っ込み、首を竦め、気持ちだけ風を避けてみた。

ここから真っ直ぐ先に、尖った屋根を持つ4つの倉庫の群生が見える。

用があるのは左から2番目。


ジャッジャッジャッ…

倉庫の前に広がる雑草の生えた砂利を、2人は磨り潰すように歩いて行く。


目的地、その鉄製の取っ手には何重にもチェーンが巻かれ、南京錠が嵌められている。

ウマじいがポケットから鍵を取り出してそれに手を掛けた時、後ろから聞き慣れた声がした。

「……おい、……おい」

振り返ると、建築資材だろうコンクリートの白いブロックの上に座った、カクゲン。

タイトな革のパンツに革のジャケット、先の尖った靴。

パンクなツンツン頭に、夜だというのにサングラスを掛け、ギターケースを背負っている。

暗闇の中でも分かる、見慣れた姿。


1カ月ぶりに会ったカクゲン、24歳。


「……遅いじゃないのか?」

「おう」

アオのその返事はウマじいの開ける、ギギギイイイィィ……という引き戸の音に掻き消された。

カクゲンはその音に紛れるようにブロックから飛び降り、小走りで向かってくる。


善隣などとは掛け離れた、小慣れた2人。

見る者が見れば、あの頃のまま。


「ずいぶん待ったど。あやまてよ」

「あ、メシ食ってたんだよ」

暗闇の中、先々歩くウマじいの後を、地を蹴る4つのブーツの音がついて行く。

単箱でありながら、用がないと近づかないこの場所。

しかしもちろん図譜など必要ない。


やがて行き着いた部屋のドアを、ウマじいがゆっくりと開けた。

そこは8畳ほどのスペースで光はなく、闇は更に深い。

その中で、ウマじいが慣れた様子で電灯のスイッチを入れる。

灯りが点くと、3人の立ち位置はいつもの三角形。

「おう、マル。よう来たの」

「……マルじゃないよ。カクだよ」

「オッホッホッホッ!……今回はなぁ、お前らなら多分簡単だ。1日で済むだろうよ」


その部屋には縦横7~8センチ、長さが3メートル程の空洞の角鉄が積んであった。

ウマじいはその間に手を突っ込んで、中を弄っている。


「おい、カクゲン。おめェ、そのギターケース、いんのかよ?」

「……長いの隠すのにうってつけね。怪しまれないように、こんなカッコまでしてるだよ」

「ミュージシャンか」

「……そう。この街、夜はおまわりさん、ウロウロしてるよ。メンドクセエだよ」


法律が悪いなどと、発言権を持たない我々。

今寝て過ごしている人間でさえ、国に直談判する力などないというのに。

何周回っても、我々に成功などあり得ない。


腰を屈めてごそごそしていたウマじいが、1枚の封筒を取り出し、アオに渡した。

「細けぇ内容はこれに書いてあんだよ。ま、いつもの通りだな」

それだけ言うとウマじいは2人から離れ、奥で作業をし始めた。


アオがその封筒から1枚の書類を抜き出す。

真っ先に見たのは、今度行かなければならない地名。

「………」

アオはしばらく黙ったまま、それを見つめていた。

「……アオ」

「ん?」

「……何センチだ」

「あー、……186」

アオのは生返事。

でも一応聞いてみる。

「お前は?」

「……176だね」

そこでアオは書類から目を上げた。

「大体、人間二十歳過ぎてから身長なんか伸びんのかよ?もういいっつーの。おめェの負けだわ」

「……そう」

アオはカクゲンから視線を逸らさないまま、その書類を目の前に広げて見せた。

彼も、やはり最初に目を向けるのは地名の欄。

「………」

それをじっと見つめ、カクゲンが小さく口を開く。

「……ついにだね」

アオも更に小さく、

「ああ、そうだ。確認するぞ。今回の仕事はついでだ。いいな?」

「……もちろんだね」

ウマじいは2人の遣り取りに気づくことなく、後方で黙々と作業をこなしている。


―――― 沈まぬ自分たちが、今やっていること。

全てを知ることが、全てではない。

全てを知ることが、全ての幸せではない。

証明が全てではない。

科学が全てではない。

人の知らないその夜は、2人にとっての毎日でもある。


その日の早朝、2人は車で出発した。

この車もウマじいが用意したもの。

「ま、今回は特別だからな。ウマじい、ビックリしてたな」

高速への道を走りながら会話している2人。

運転手はアオ、後部座席に座っているのはカクゲン。

「掃除屋頼んだの、今回初めてだったからなぁ。車借りたのも初めてだし。ウマじいに怪しまれちまったかなぁ…。束も2つ持って来たしよぅ」

「……いいよ。今回は特別なんだ」


素の自分たち、今回はそれをさて置くこともできず、目的地へと向かっている。

依頼とあらば何でも行うが、今回の仕事はついで。

大きな目的を果たすための、ついで。

旋毛(つむじ)曲りである必要はないが、砂埃を被り続け、何もしない人間などいない。

潮境を目指すのは、いつでもできること。


「おい、お前よ、助手席座ってくれよ」

「………」

「通行券取れねぇじゃねぇか」

「……ヤだね」

「何でだ」

「……無免許野郎の運転は信用できない。事故したら、まず死ぬのは助手席の人間だからだよ」

「免許は持ってきてるっちゅーの!」

「……それ、人ンだろ?」

「………」

アオは仕方なくシートベルトを外し、遠い右窓を開けて通行券を引っ張った。


2人が昼間のうちにとまず向かったのは、あの場所。

ささくれのようであれ、記憶に、思いに残っている、2人が育ったあの場所。

急斜面を見下ろし、川を横目に、曲がりくねった山道を進んで、頂上を目指す。

人とも車とも行き交うことがない、昔も今も変わらない静寂。


やがて、車が停まる。

久しぶりに訪れたあの場所で、やはり一番に目についたのはあの塀。

それは2人の思いそのままに、高く聳え立ったままだった。

「もうちょっと高かった気がしたけどな」

「……アオ、あれだね、共通語、上手になったね」

「まぁな」

山の頂上に建つその塀の周りをぐるりと見渡す。

そして変わらない、刑務所のような小さな入口の前に2人は立った。

ドアに手を掛けて引っ張ってみると、錆び付いて重たくはあったが、扉は開く。

「開いてるじゃん。何だ?どうしてだ?」

「………」

天井のある扉から、2人は屈むようにして中に入る。

途端目の前に広がった光景は、記憶とはがらりと変わっていた。

2人が育った建物は風化してしまったかのように、残骸を残し崩れてしまっている。

「「………」」

遊ばせておくにはもったいないほどの広さの土地には、その広さを持て余すように草が生え、葉が生い茂っていた。

詰まり切ったあの場所は、いっそ清々するほどに姿を変えて広がっている。

「……お前、知ってた?」

「……いや」

照らし合わせるでもなく、2人は左右に散り、草や葉を蹴りながら下を見て歩いて行く。


みんな、どこへ行ってしもうたんじゃ?

新入者がおらんで、潰れてしもうたんかのぅ…。


何を探すわけでもないが、下を向いて歩く2人。

しばらくして、敷地の左を歩いていたカクゲンが立ち止まった。

冷たい風が通り過ぎ、木々がザザア―――ッと音を立てる。

「……アオ」

葉音に紛れて聞こえてきたそれに振り返ると、カクゲンが手招きしている。

小走りで近づき、俯いたまま視線を外さないカクゲンのその先を、アオも覗いてみた。

そこには4つの盛られた土。

等間隔に、大きく盛られた土。

「何だよ?」

「……読んで。読んでみるといいね」

その土には木の板が刺さっていた。

そこに名前が書いてある。

一番右にカクゲンの名前。

次がアオ。

「………」


誰のためでもなく、都合良く、そこには自分たちの墓のようなものがあった。



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