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こぼれおちるもの 12

バスケットのゴールは入口の右側、野球のポジションで言うとちょうどライトの辺りに置いてある。

「よっしゃ、やるぞ!!」

この場所が、野球をやっている連中の邪魔になっているかどうかは分からない。

ただ、連中の中に監視するように大人がいるのを見つけ、文句を言ってこないのを見、取り合えず自分たちの今の行動が常識の範囲内であることを知る。


遠くから大声で、野球少年たちが何度も叫んでいた。

「オオー!」

「行くぞー!!」

嗅いだことのない、その知らない匂いは、しかし今日アオに何の感慨ももたらさない。


「ほらサクラ!」

アオが持っていたボールをサクラに投げる。

「点入れさせちゃるけぇ、投げェ!」

サクラはそのボールを受け取りはしたが、投げることをせず、そのまま隣のカクゲンに渡した。

「何だー?サクラ、投げねぇのか?」

カクゲンはそう言って、後ろのタダシを振り返る。

タダシは地面に足を下ろした瞬間から、カクゲンのシャツの袖口を握り締め、その影に隠れていた。

「そんなにくっついてたら、遊べねぇぞ?」

言いながら、タダシに袖を掴ませたまま、カクゲンはそこから一歩も動くことなく、パシュッ!とゴールを決める。

……朝のようには楽しくない。

サクラはアオを見ようともせず、何もしたくない態度で突っ立ったまま。

その時、

「おい!塩崎!塩崎!」

後ろから聞こえてきた声に、アオはくるりと振り返った。

アオたちが遊んでいる後方に位置するライトのポジションでは、4人の人間が1列に並んで順番にノックを受けていた。

その中の3人が、こちらを見ながらニタニタ笑っている。

表情から、好意的ではないということはアオにも分かった。

「おいサクラ、あいつら呼んでるぞ?」

カクゲンの言葉に、無言のサクラが小さく首を振る。

「おいアオ、言ってなかったけど、サクラって塩崎サクラっていうんだ」

それを聞きながら、3人のニヤついた顔がどうにも勘に障り、アオは顔を覚えるように一人ひとりを見回した。

……みんな、同じカオ。


バスケットをし始めてからも、カクゲンはずっとタダシの面倒を見ている。

自分の取ったボールは全てタダシに渡し、ボールの持ち方やシュートの打ち方などを教えていた。

「違うぞタダシ。左でボールのここを持って、右はここを持ってな。ほら、よく見ろよ。こうやって、あのカゴに向かってな」

サクラは相変わらず下を向いたまま、その場から動こうとしない。


朝とは全く違う時間が過ぎていた。

今朝、サクラは声を上げて笑っていた。

大声を上げていた。

走り回っていた。

それが、

「………」

こんなにまでサクラを変えてしまう、あの男子たち。

アオは『イジメ』という行為を確かに理解し始めていたが、それでも大半を占めるのはあまりにも不可解なその実態。


その内後方で一斉に何事かを大声で叫んだ後、野球少年たちがパラパラと減り始めた。

それに気付いたカクゲンが、

「おいサクラ、あいつらもう帰っちまうぞ?」

「……うん」

「だったらさ、元気出せよ。朝みてぇに勝負しようぜ」

「………」

笑顔のカクゲンを見ることなく、サクラは黙り込む。

アオは、あのニヤついた顔を見た直後から発生させていたイラつきが、自分の中で静かに煮え立つのを感じていた。

このままではサクラの不安は拭い去れない。

自分たちがいたというのに。

サクラはあの男子たちに話しかけられていたにも関わらず、仲間外れにされているように見えた。

あの見下したような、胡乱な目。

カクゲンが言うように、彼らがいなくなったからといって態度をころりと変えられるほど、問題は簡単ではない。

サクラの追い込まれ方を肌で感じた。

―――― 何も分かってない

先ほどのサクラの言葉。

力じゃないのか。

やはり、そういうことではないのか…?


「おーい塩崎!」

そこへ、先ほどと同じ服を着た4人の男子たちが近づいてきた。

右の2人が自転車を押し、左の二人は徒歩。

自分の名を呼ばれた瞬間、ビクッとサクラが反応したのを、アオとカクゲンは見逃さない。

相手はニタニタしていたあの3人、プラスもう1人。

同じようにイヤらしくニヤついた顔を、こちらに披露している。

「ああ?何だよ、タダシも連れて来てんのか。塩崎、こいつら誰だよ?」

「………」

サクラは彼らから目を逸らすようにして下を向き、タダシもその場に座り込んで膝を抱え、地面を見つめている。

カクゲンがサクラに近づき、話し掛けた。

「おいサクラ、お前を除けモンにしてイジメてるの、こいつらか?」

「………」

すると4人の男子たちは顔を見合わせ、

「除けモンにするって!」

そして一斉にゲラゲラと笑い出した。

カクゲンがもう一度問う。

「なぁサクラ、そうなのか?」

「………」

「返事しねぇなら、僕たち、こいつらが意地悪してるって決めつけるぞ?」

そこでまた4人から歓声に似た笑い声が響いた。

「アッハハハハハッ!イジワルって!!ナニ?イジワルって!!バカとその姉ちゃんだろ?気色悪いんだからしょうがねぇだろ!」


……あ。


それを聞いた瞬間、理解したアオとカクゲンが行動に移ったのは、ほぼ同時だった。

2人はザッと4人の正面に立ち塞がった。

「…な、何だよ」

怯みを見せた彼らを見下ろし、アオはゆっくりと口を開く。

「障害者を捕まえてバカってか。その姉ちゃんを気色悪いってか」

「ハア?何だよ!?」

「ほいじゃぁお前らは、理由ものうてあいつらに意地悪しよるんじゃのぅ」

その言葉が終わった直後、それはいきなりだった。

アオの左にいたカクゲンが、右から2番目の男子の腹目掛けて飛び蹴りを食らわした。


ドカッ!!

ガッシャーンッ!!


「うわッ!!」

「うわあッ!!」


ガシャーンッ!!


勢いで、右側の自転車の持ち主と自転車の2客は地面に縺れ込む。

そこに間髪入れず、今度はアオが左側に立つ1人に手を振り上げた。

―――― その瞬間脳裏に閃いたのは、あの時血まみれになって笑っていたカクゲンの顔。

しかしそれは一瞬のことで、アオは構わず相手の鼻辺りをバチンッ!と殴り付ける。

彼はたたらを踏んだが耐え切れず、砂埃を上げて尻もちをついた。

「…~~~ッ!!」

「……ッ!!」

倒れた3人は驚きと痛みで涙ぐみ、1人は固まったように動かず、突っ立ったまま。

両膝を分けてしゃがみ込み、その膝に伸ばした肘を置いた体勢で、カクゲンが4人を睨み付けた。

「お前らバカか?ケンカは先手必勝だぞ。ケンカ売ってんだろ?それとも僕たちのことナメてんのか?ナメてる間に張っ倒すぞ?」

「……ッ!」

およそ子供のものとは思えない、アオとカクゲン2人の目付き。

その時、後ろからずっと様子を見ていたサクラが2人に駆け寄り、アオの背中をパンッと一つ叩いた。

「ダメだよ!何やってんのよアンタたち!殴っちゃダメ!」

アオは自分の表情を操縦し、振り向きながらサクラに笑い掛ける。

「心配すんな、サクラ。今ええトコなんじゃ」

そして今にも泣き出しそうな3人を見下ろし、突っ立ったままの1人を横目で睨む。

「お前ら、大勢で寄ってたかってサクラとタダシ、イジメとるらしいのう。今日はちょうど4対4じゃ」

「……ッ!!」

2人の迫力は4人の言葉を奪う。

……やはり、自分たちはこれしか知らない。

「そういうことならのぅ、もしもサクラとタダシが悪いことしとっても、ワシらにゃ関係ないわい。あいつらはワシらの兄弟分じゃ!で?お前ら、ちゃんと命懸けとるんか?」

アオはあの場所に居たときのことを思い浮かべた。

あそこに居る大人たちは、自分たちにとって敵だった。

カクゲンはあの大人たちの手により、片目を奪われた。

少し間違えば、彼は命を落とすところだったのだ。

「………」

また右拳がぎゅっと音を立てる。

それから、あの母の顔も思い出した。

おばちゃんも大人の顔をしとった。

色が全然違うけどの。

……とっても白いわい。

「ワシが何言いよるんか分からんのかいッ!今度はワシらがお前らをイジメてもええんかって聞いとるんじゃ!命懸けて、それくらいの覚悟でお前らはこいつらをイジメとるんかって聞いとるんよ!!」

「……ッ!……ッ!!」

4人は怯え、返す言葉もない様子。

中にはしゃくりあげる男子もいる。

「ワシらは、サクラとタダシが今後無事ならそれでええんじゃ。お前らのことなんざどうでもええし、知ったこっちゃない。言うとくけど、ワシら命懸けてこいつら守るけぇのぅ。次やる時ゃちゃんと命懸ける覚悟してからやれや」

アオのドスの利いた、怒りの声。

「そうだよー。次やったらこれじゃあ済まさないよ?半殺しにするよ?」

カクゲンの感情のない、静かな声。

それは竦むような響きでもって迫って来る。

双方視線は交錯したまま、

「………ッ」

4人の男子たちは動くことも喋ることもできず、2人の声をただ聞いているだけ。

そして、最後にアオは鼻から大きく息を吸い、出来うる限りの大声で叫んだ。

「ほいで!そん次は!!お前ら全員殴り殺してやるけぇのう!!!」

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