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こぼれおちるもの 11

アオが先頭を歩き、5歩ほど遅れて3人が後をついて行く。

「どこにいくー?ねぇ、どこにいくー?」

「おう。今からバスケットすんだよ。タダシにも教えてやるよ」

タダシは今、どこへ向かっているのか分かっていない様子。

嬉しそうにゆらゆらと体を揺らしている。

そのうち車道と歩道を分けるブロックの上に足を掛けたのを見て、カクゲンがその手を掴んだ。

「上りてぇのか?」

「アハハー」

「ほら、上がっていいぞ。ちゃんと手ェ繋ごうな」

「んー」

カクゲンはとても面倒見が良かった。

時々車道にはみ出そうになるタダシに、

「車、危ねぇぞ」

そう言って、歩道の方に引き寄せる。

反して、何をもお構いなしにズンズン歩いて行くのはアオ。

後をついて行くサクラの足取りは特に重く、とぼとぼのテンポ。

その無言の憂鬱を背中に感じながら、アオは怒りとも戸惑いとも言える感情を思う。


学校っちゅーのは、普通の子供はみんな行く場所じゃろ?

平等にみんなが行ける場所なんじゃろ?普通なら。

何で、通えるモンが通えん?

何で普通に出来んのんじゃ?


「……ねぇ、ダイスケ」

後ろからサクラの細い声。

「何じゃ」

「今日はね、……今日はこの時間、学校のグラウンドで、少年野球の人たちが練習やってるんだよ」

アオは足を止め、振り返る。

3人もアオに追いつき、足を止めた。

「だから何じゃ」

「……そこにね……クラスメイトもいるんだ。だから私、ちょっと学校には行きたくないんだけど……」

「そりゃあ、お前らを除けモンにしとる張本人がおるいうことか」

「……うん」

ここでカクゲンが割り込んだ。

「だったらちょうどいいじゃねぇか。そいつらに教えてやるよ。そんで僕たちが、もうサクラを除けモンにすんなって言ってやるよ」

そんなことは当たり前。

その前に……

今度はそこへ、アオが割り込む。

「おいお前、ちょっと待て。……で?」

「…え?で?って何?」

サクラが少しオドついた目でアオを見た。

先ほどのあの、肩を落とした、一回り小さくなった寂しい母の顔を思い出す。

「……お前の母ちゃん、お前が除けモンにされとること、知らんかったぞ」

それを聞き、サクラの表情は非難し、驚き、そして悲しんだ。

「ちょっと……何で言うのよ」

「何で言うのよじゃねぇ。お前こそ何で言わんのんじゃ」

「……心配させるじゃん」

サクラはそう言って、視線を落とした。

アオは少し返事に間を置き、右耳の上先を掴んで引っ張り上げる。

自身で理解する範疇で、独り言が増えた。

そして自問自答の最中、この癖が身に付いていることに、最近気付いた。

……大人に対する遠慮?

自分の母親に対する情?

見えない心配より、見える心配の方がよっぽど楽ではないのか。

「………」

アオは一度口を開き掛け、もう一度自分に念押しする。

自分の見解が浅はかでも構わない。

現段階で、サクラが母親に心配させることに躊躇いがあるのを理解できないから。

見て聞いたことは、小皿に載るほどの小さなもの。

黄ばんだ記憶から現在まで、知り得たこと ―――― 自分たちは自分が思うよりも、遥かに小さい。

それでも、いい。

「……心配……心配させてやりゃええじゃんか」

「え?」

サクラが顔を上げる。

「大人じゃぞ!」

アオの声が大きく響いた。

「お前の母ちゃん、大人じゃぞ!お前は知らんかもしれんけどのぅ、ワシら子供にゃぁどがいに頑張ってもの、できんことが山のようにあるんじゃ。ワシら4人が揃うて相談したところで、できんことばっかりなんじゃ!」

「………」

アオの大声に、それまではしゃいでいたタダシも下を向いてしまう。

そして何故かカクゲンまで。

「………」

誰もが喋るのを止めた沈黙の中、サクラが重そうに口を開いた。

「……分かってないよ……ダイスケは何も分かってない」

「何がじゃ」

「今だから言うけどね、朝、学校で2人に会ったじゃん」

「おう」

「私、2人を見て、本当はすぐに余所の学校の子だって分かったんだよ。ウチの学校の子じゃないって」

「………」

4人の間を埋めるように、車が何台も傍を行き過ぎる。

サクラの声は鬱陶しいエンジン音に掻き消されそうなほど弱い声だった。

「……私、学校じゃ誰も喋ってくれないからさ、余所の学校の子なら話してくれるかなって……、白々しく気付かない振りして、思い切って話し掛けてみたんだよ。私、今、人と、……人に話し掛けるだけでも、これだけ勇気がいるような、そんな状況なんだよ」

「………」

アオはそれを聞き、再び前を向いて歩き出した。

それに倣い、3人も歩き出す。


またよく分からない心理を聞かされた。

人に話し掛けるのに勇気がいる?

イジメられとるっちゅーのは、……

何度想像しようとしても、アオの周りは無人で、人が現れない。

大勢の中で1人ぼっちという光景が描けない。

孤独は『1人ぼっちだから、1人ぼっち』なのだ。

ただサクラの言動、タダシの登校拒否、そしてサクラの母の言葉を聞く限り、外からも内からも容易には解決できない大きな問題なのだろうという推測はできた。

……しかし、そもそも人に話し掛けるのを躊躇するなんて、そんなもの、自分たちみたいな者だけで十分ではないのか。

何でこいつらが!

サクラの顔

母の顔

アオは繰り返し思う。

見えない心配より、見える心配の方がよっぽど楽だろうと。

現に、お前の母ちゃん、ありゃあ何ちゅー顔じゃ?

おばちゃんの負担は、ちょっとは減らしてやるべきじゃ。

力の入る両肩を抑えることができず、アオはまた耳を引っ張る仕草をする。

こうすれば耳の穴が広がるような気がした。

五感と六感の間の音が、聞こえるような気がした。

人の気持ちなんざ分からん。

本当のところなんざ、特に分からん。

普通、そうじゃろ?

サクラのそれは小さい悲鳴、アオはそう捉える。

……要するに力じゃろ。

負けが嫌なら、勝つまでやるんじゃ!

結論はそこへ辿りつく。

先ほど通った道を逆に、アオは最初から最後まで後ろの3人を誘導するように歩いた。


やがて、目的地の小学校の前。

フェンスの間から飛び出た校舎が見えると、今度はタダシが愚図り出す。

「ねーちゃーん、かえるー、かえるー」

タダシのその声に、俯くサクラ。

彼に対する学校でのイジメを知らないカクゲンが、不思議そうにタダシに問うた。

「何だー?何で帰るんだ?今から遊ぶんだぞ?」

そう言ってタダシに、持っていたバスケットボールを見せるが、

「がっこういやー、いやー」

タダシには通用しない。

変わらず半泣きの声で駄々を捏ね、ポカポカとカクゲンを叩く。

アオたちが立っているのは、正門ではなく直接グラウンドへ入ることのできる入口。

フェンスとフェンスの間に開いたその空間は、短い坂を上った突き当たり。

その坂の麓でイヤだイヤだと体を捩るタダシに、アオは黙って近づいた。

そして、

「タダシ、心配せんでええ。ワシらがおるけぇ」

「いやー、がっこういやー」

べそをかき始めたタダシの肩を、アオは片手でぐいっと抱き寄せた。

そのままもう片方の手をタダシの膝裏に突っ込み、ひょいッとその体を持ち上げる。

「ほらタダシ、抱っこじゃ!の?ワシと一緒じゃったら怖ぁないじゃろ?」

「………」

タダシは突然浮き上がった自分の体にびっくりしたようで、目をきょろきょろさせている。

アオは坂の上のグラウンドを見上げてみた。

フェンスを通したそこでは、みんなが同じ服を着、同じ帽子を被ってそこら中に散らばり、大人数で野球をやっていた。

少なくとも、アオには大勢に見えた。

「サクラ」

「……ん?」

「あいつらの中に、お前らを除けモンにしとる奴がおるんよの?」

「……うん」

「全員か」

「いや、全員じゃないよ」

「そうか。…じゃあ大したことないわい」

焔を作るのにも覚悟が要る。

アオはタダシを抱き上げたまま、少し体を屈めた。

「サクラ、お前はワシに負ぶされ」

「え?」

「ワシャぁの、第三小学校でも力が一番強いんじゃ。あいつらに見せびらかしてやりゃぁええ」

「………」

「お前に、力の強い仲間がおるって見せてやりゃええじゃん」

「い、いいよいいよ!恥ずかしい!」

「恥ずかしゅうないわい!ほら、早う乗れ」

「………」

迷うサクラにカクゲンが口を挟んだ。

「何だー?サクラ、負んぶしてもらわねぇのか?」

そう言って、カクゲンはボールをサクラに渡し、ぴょんとアオの背中に飛び乗る。

「ア、アホ!お前にゃ言うとらんわ!」

「何だー?一緒じゃねぇか。サクラ、お前は後からついて来い」

「う、うん…」

そこでカクゲンが空に向かって大声を張り上げた。

「バスケットやるぞー!!タダシ!!サクラ!!バスケットだ!!」

1人を背に、1人を腕に、アオはその短い坂道を上がる。


―――― 恥は知らぬ。

愚痴など知らない。


いきなり現れた部外者に、野球をやっている人間が一斉にこちらを見た。


―――― 自分がどう思われても構わない。

自分は、自分の限界で動く。


アオは堂々と敷地内へと入って行く。

サクラは後ろから小走りで3人に近づき、隠れるようにして一緒にグラウンドへと足を踏み入れた。

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